第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その9)
「ん? 何か言った?」
孝は、聞こえていたのに、敢えてそう訊き返す。
そうすることで、彼女と会話が出来るかもしれないと淡い期待を持ったからだった。
「ううん、別に・・・。」
彼女はすぐさまそう返してくる。
自分から言ったのに、まるでそれを後悔しているような口ぶりだ。
「・・・・・・。」
そう言われてしまうと、もう次の言葉が出ない孝だった。
それ以来、そうした豆テストはそれぞれの科目ごとに頻繁に行われるようになった。
センター試験を意識してなのだろう。記述式の回答方法ではなく、マークシート形式の豆テストも行われるようになる。
生徒も必死なのだが、学習塾もそれなりに必死なのだ。
自分の塾から、どれだけ一流大学に合格させられるか。
それが、即、翌年の塾生の増減に関わってくる。
つまりは、塾の経営に直結するのだ。
実は、孝はその次の日が不安だった。
勉強のことではなく、彼女がそれからも真横の席に座るのかがだ。
初日は「そんなこと、知らなかったから」ということもあるだろう。
それまでは、どこに座っていようが、横の人間と関わりを持たないで済んだのだ。
つまりは、横に誰が座っていようと関係が無かった。
だが、「これからはほぼ毎日のようにやる」と言われた豆テストが始まったのだ。
おまけに、横同士が交換をして採点をすることになったのだ。
その相手が孝だと嫌だと思われたら、もう二度とこの横の席に彼女が座ることは無いだろう。
その意味もあって「面白い字を書くのね」と言われたような気がしたのだ。
で、その翌日。
孝は、またまた早くに教室に入った。何と、授業開始の30分も前だった。
いつものとおりに、仲間の人数分だけの席を確保して、自分は定位置に腰を下ろす。
そして、じっと彼女がやってくるのを待っていた。
と、それから10分ほどしてからだろう。
彼女が後からやってきて、前の日と同様に、孝の隣の席に鞄を置いたのだった。
で、またすぐに教室を出て行く。
(おおっっっ! や、やったね!)
孝は、内心でそう雄叫びを上げた。
もちろん、声には出せないが、自然とガッツポーズが出た。
(そ、そっか・・・、別に、あれには意味はなかったんだ・・・。)
孝は、気になっていた彼女の一言をそう理解した。
そうして何度かいろんな科目での豆テストを繰り返していくうちに、孝は彼女の学力が相当なものだということを実感するようになる。
一度たりとも間違った解答をしないのだ。
もちろん、豆テストだから基本的なことの繰り返しになっているのだろうが、それにしても・・・である。
一方の孝は、やや苦手としている英語で間違ったことが何度かあった。
単純なスペルの書き間違いだったが、そうしたことを彼女は素早く見つけ出す。
そして、まるで教師が採点したときのように、その間違ったスペルを赤字で修正して返してくるのだった。
最初から、「綺麗な字を書く子だなぁ~」とは思っていたが、英語を書かせると、その美しさが一段と際立つのだ。
まさに、日本人ではなく、外国人が書いたように思えるほどにだ。
どうやら、彼女は、英語が得意らしい。
だからと言って、彼女が何かを言ってくることは無かった。
そう、あの「面白い字を書くのね」以降、何ひとつ私語を交わしてはいない。
(く、くっそう~・・・、こんなところで間違ったりして・・・。)
孝は、間違った自分を悔しく思うようになる。いや、責める気持になってくる。
(つづく)




