第1章 爺さんの店は何屋さん? (その21)
「い、いや・・・、特に用事ってことじゃあないんで・・・。じゃあ、お大事に・・・。」
小池のおっさん、早々に引き上げようとする。
少なくとも最悪の状態となることだけは避けられた。
それだけで十分のような気がした。
「ああ・・・、そうそう・・・。」
婆さんが見送りに出てきながら言う。
「ん? な、なんです?」
「来週から、住み込みの店員さんが来ることになってまして・・・。」
「ええっ! そ、そうなんですか?」
小池のおっさんは耳を疑った。
この不景気である。
この老夫婦の洋服屋も殆ど売上らしい売上は出ていないだろう。
客の大半を、郊外の大型ショップに持っていかれている。
そ、それなのに、住み込みで店員を雇うと言っているのだ。
そ、そんな馬鹿な・・・、そう思ったのだ。
仕事もないのに、店員を入れてどうするつもりなのだと。
「ご挨拶に連れて行こうって思ってるんですが、いつがよろしいでしょうか?」
「そ、そんなことは必要ありませんが・・・。それより、本当なんですか?」
おっさんは、聞き違いであって欲しいとさえ思った。
こんな店で働きたいという人間が信じられないこともある。
「な、何がです?」
婆さんが問い返す。
「いや、その住み込みの店員さんを置くって話ですよ。
失礼だが、経済的な余裕もあまり無いでしょう?
それなのに・・・って思って・・・。」
「ああ・・・、そういうことですか。それだったら、大丈夫なんですよ。ご心配くださってありがとうございます。」
婆さんはおっさんの心配を気に留めない。
「で、でも・・・。」
おっさん、そうは言いかけたものの、どうしてか嬉しそうに話す婆さんの顔を見ると、もう何も言えなかった。
「じゃあ、くれぐれも、お爺さん、お大事に・・・。」
それだけを言い残しておっさんは店を離れた。
(おいおい、本当に大丈夫なんだろうか?)
まさに、他人ごとながらも、おっさんはそう思う。
確かに、この商店街でも、昔からの店では高齢化が進んでいる。
後継者がいないという理由で、店を閉じたところもある。
今の洋服屋の夫婦も高齢だ。
確か、息子と娘がひとりずついた筈だが、都会の大学に進学してからは店に戻っていない。
後継者がいないという理由で店を閉じるのもそう遠いことでは無いように思われていた。
そんな状況なのに、来週から店員を入れると言う。
アルバイトだとしても、時給800円は最低限だ。
日に5時間としても4000円の賃金が必要となる。
それが月20日だとしても8万円だ。
それを新たに出せるほどの売上があるとはとても思えない。
(ま、まさか・・・、ボケた?)
信じたくはないが、まさにそれしかないとでも思えるような話だ。
(いやいや、そうではなくって、新手の詐欺なのかも知れん。)
高齢者を狙った詐欺の話は、毎日テレビでも見ない日はないほどだから、そうしたことも頭をよぎった。
「と、兎も角、こ、こいつは、会長にも報告しておかなくっちゃ・・・。」
おっさんは、そう呟いて次の店へと向かう。
(つづく)