第1章 爺さんの店は何屋さん? (その19)
しかも、商店街の地図を手にしていたと言う。
(う~ん・・・、な、何をしてたんだろう?)
小池のおっさんは、どうしてか背筋が寒くなる。
大手の会社が新規出店をする際、徹底した周辺調査をするという話は聞いている。
この商店街にも、全国チェーンを張るコーヒーショップやカレー専門店、ハンバーガーショップが店を出している。
いや、そうした飲食店だけではない。
レンタルビデオ店、コンビニ、果てはフラワーショップまである。
この高橋の店のようにフランチャイズ契約で出店する場合もあれば、その企業自らが出店する所謂直営店の場合もある。
とりわけ、直営店を出店する場合は、その事前調査も数ヶ月に及ぶほどに徹底してやるらしい。
カウンターを手にしたアルバイトを雇って、商店街での人出や時間帯別の買い物客の動き、年代・性別の構成、駅から降りてくる人数と、そこからの流れ・・・などなど、それはまさに「そこまでやるのか!」と驚くほどの市場調査を実施する。
そして、そうした人の流れなどを徹底的に分析をして、どこに出店すれば一番効率的に集客が図れるかを導き出すのだそうだ。
(ま、まさか、あの爺さんがそんなマネをしてたとは思えないが・・・。)
小池のおっさん、そうした大企業ではないのだからと思いはするのだが、それでも、半月も前に、この商店街を地図を手にして歩いていたという事実には、何やら空恐ろしいものを感じるのだ。
そう、それこそ、「やはり只者ではない?」との思いがだ・・・。
「そ、それにしても、変な名前だなぁ~・・・。“がきだな”だなんて・・・。」
高橋が言う。ポチ袋の中に入っていた例の挨拶文を読んでのことだ。
「だ、だろ? 俺も、そう思う。でも、どうやら、大阪の方で同じ名前の店を出していたらしい。」
小池のおっさん、つい、聞きかじりの情報を口にする。
「ああ・・・、有名ですよね。その店。」
そう口を挟んだのは、その店のスタッフだった。
出来上がったピザを箱に入れながらである。
これから配達に出るようだ。
「ん? な、なんだ? 野口、知ってるのか?」
高橋がそのスタッフに言う。
「あ、はい・・・、俺は行ったことありませんが・・・。関西じゃあ、結構有名っすよ。
じゃあ、配達、行って来ます。」
野口と呼ばれた若いスタッフは、そう言い残して店の表へと駆け出して行った。
「そ、そうなのか?」
高橋が小池のおっさんに訊く。
「うっ、う~ん・・・、ど、どうなんだろう・・・。」
おっさんも、そこまで言われると自信はない。
「だ、だったら、一度は行ってみなくっちゃな・・・。第一、タダで茶菓子を呉れるんだろ?」
やはり高橋もその点に関心があるらしい。
タダで客を寄せて、それからどうするのか。それが気になるのだろう。
ましてや、大阪ではそこそこ有名だと聞けば、なおさらである。
やはり根っからの商売人である。
その時、奥の事務所で電話が鳴った。
「おっと、仕事仕事・・・。」
高橋は、転げるようにして奥へと駆け込んでいく。
「じゃあ、またな・・・。」
小池のおっさん、その後姿にそう声を掛ける。
次の店に急がなくっては・・・、との思いがあったからだ。
(つづく)