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アニマルメモリーズ  作者: syun
三章
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七話 剥奪

視界の端で、鮮血が床のカーペットを汚していくのが見えた。

背中に刺さった包丁の柄が、肺が収縮するたびに不規則に揺れる。あの、冷たく、そして鋭い金属の感触。ライオンに食い殺される時の圧殺とは違う、一点を深く抉られるような、心臓そのものが凍りつくような痛み。

(またか……)

怒りよりも先に、滑稽さすら感じた。

俺は三度目の生を、またしても母の手によって強制終了させられた。

視界が急速に狭まっていく。呼吸のたびに、口内が鉄錆の味で満たされる。意識の深淵へ引きずり込まれる直前、俺は自分の胸の中に渦巻く、どろりとした「執着」を確認した。

まだだ。まだ終われない。

闇が世界を塗りつぶし、次に目を開けたとき――そこはまた、あの白い病室だった。

「……ッ!」

背中を刺されたはずの箇所に、鋭い痛みが走る。幻痛だ。

荒い息を吐きながら身を起こすと、病室の椅子には母が座っていた。

以前と変わらぬ、冷淡な表情。だが、その瞳の奥には、前世(あるいは前々世)で見たはずの、あの「澄み切った狂気」の残滓が、ほんのりと灯っている。

「……また、生き返ったのね」

母は驚くでもなく、事務的に呟いた。彼女もまた、この地獄のようなループの中に一緒に引きずり込まれているのか、それとも俺だけがこの繰り返しを認識しているのか。問い詰める余裕もなかった。

「帰ってくれ」

俺は、絞り出すような声で言った。

事件のことなど聞く気力もなかった。突き落とされた理由? なぜ殺したのか? そんなことは、今の俺にはどうでもいい。ただ、この空間から彼女を排除しなければ、俺はまた「死ぬ」という結果に直面し続けることになる。

「帰って。もう、二度と俺の前に現れないでくれ」

「……勝手にしなさい」

母は、まるで最初からそうするつもりだったかのように、何の反論もせずに立ち上がった。ヒールが床を叩く乾いた音が、逃げ去るように遠ざかっていく。

病室に、静寂が訪れる。

だが、その静寂は、以前のような「次への準備」にはならなかった。

警察の介入を拒み、母を追い返した。計画通りだ。

それなのに、リハビリ室へ向かう俺の足取りは、鉛のように重かった。

義足の継ぎ手に体重をかける。本来なら、一度目の記憶をなぞるように滑らかに動くはずの四肢が、言うことを聞かない。

精神が、肉体についてこないのだ。

(また、殺されるのか)

義足で床を蹴った瞬間、ふらりと身体が大きく傾いた。

ガシャアッという音と共に、俺はリハビリ室の床に叩きつけられる。膝が床に激突し、鈍い痛みが走る。

周りの理学療法士が駆け寄ってくるが、俺は手を振り払った。

何度も転ぶ。

以前なら、獣のような生存本能で即座に立ち上がれたはずなのに、今は立ち上がるための「動機」が霧散している。

母と対話する? 理由を聞く?

そんなことを繰り返して、何になる。

どうせ最後には、包丁の冷たさが背中を貫き、俺はまたこの白い天井を見上げることになるのだ。

「涼太さん、どうしました? 足の調子が悪いのですか?」

理学療法士の心配そうな声が、遠くの波音のように聞こえる。

俺は返事をせず、床に這いつくばったまま、自分の義足を睨みつけた。

アルミの反射の中に、死に損なった情けない人間の顔が映っている。

(ああ、そうか。俺は、死ぬことへの恐怖を通り越して、生きることへの絶望に支配されているんだ)

何度も繰り返される、同じ痛み、同じ結末。

俺の魂は、器を変え、何度も死を反芻するうちに、少しずつ「人間としての何か」を削り落としていたのかもしれない。

もう、前へ進むのが怖い。

この義足で歩く先には、必ず彼女の包丁が待っている。

そんな確信が、俺の身体を鉛のように重くさせ、立ち上がる力を根こそぎ奪っていった。

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