23 それぞれの
━「…ここは?」━
「おはようございます。体はどうでしょうか。」
アウトロードの視界には白い天井と50代半ばほどの医師が映った。
━「…シンイチは?」━
「…あなたの体の中です。あなたたちは未だに魂装の状態ですよ。」
━「生きてるのか!?」━
「脈はあります。ですが…はっきり申し上げると、魂装を解除した瞬間、千速さんはお亡くなりになる可能性が高いです。」
医師はパソコンの画面をアウトロードに見せた。
「私にも理解できない、不思議な現象が起こっているのです。千速さんの体がまるで時間が止まっているかのような状態になっています。」
医師は頭を深く下げた。
「申し訳ありません。」
━そう1人で抱え込むんじゃないよ。━
医師から魂が出てきた。薬品のような頭部に帽子が被さっていて、身は様々な医療器具で構成されている。
━残念だけど、アタシの『治療』の力を持ってしても助けることはできない。不甲斐ないね。━
━「…そうか。」━
アウトロードは瞳孔の奥を見開いて、ただ床を見つめていた。
そのとき、ノックの音が響いた。
「失礼する。」
ドアが開くと、そこには千装が立っていた。目を見開いて息を漏らすと、アウトロードの方へ静かに歩み寄った。
「内本医院長。千速は?」
魂は医師の代わりに静かに首を振った。
━魂装を解いたらすぐに死ぬ。少しでも長くいたいのなら、ずっとこうしていないといけないね。━
「アウトロード…。」
アウトロードは立ち上がって病室を出て行こうとする。
━ちょっと、アンタ勝手に動くんじゃないよ。アンタの相棒の肉体がより傷つくかもしれない。━
千速の耳にはそんな言葉は届かなかった。
━「俺はあの女を殺す。それが俺の生きる意志だ。」━
「アウトロード!何も全てお前の責任というわけじゃ」
「あ、えーっと…入るタイミング間違えたかな。」
病室の外から新たな声。それは黒淵だった。
「黒淵さん!?」
「黒淵さん。いらしたんですね。」
「久しぶりだね、内本医院長。そちらのお嬢さんは?」
「京葉隊の千装リンと申します。」
「千装リン…聞いたことがあるね。なんでも養成校時代から今に至るまで素晴らしい成績を残していると。」
「お褒めいただき光栄です。それで、黒淵さんはなぜこちらに?」
「それはね、彼らをスカウトしに来たんだ。新しい隊を作るためにね。」
アウトロードは黒淵の首を掴み上げた。周囲の者たちは慌てたが、黒淵は動じなかった。
━「ざけてる場合かよ!事情も知らねえで勝手なことほざいてんじゃねえぞこのボケ!」━
「アンに復讐したいんだろう?」
━「……アンって言うのか。」━
予想と異なる反応が返ってきたアウトロードは、驚いて静かに黒淵を掴み上げていた手を下ろした。
「僕がこれから作るのは"特殊派遣部隊"。どこの地区にも属さない自由な部隊だよ。それ故に…どんな目的でも入っていい。」
━「…。」━
「おっと、大量殺人とか国家転覆とかそういうのは駄目だよ。争うことは罪じゃないけど、赤の他人を巻き込むのは大罪だ。」
黒淵は一枚の書類を差し出した。
「入隊する気になったなら、この紙を僕のところまで持ってくるんだよ。それじゃ、僕はこの辺で。」
黒淵はそう言って病室を後にした。
「相変わらずな人だ。」
━全くだ。悪につかなくて本当に良かったよ。━
「…。」
千装は黒淵を追いかけた。
「黒淵さん。」
「ん?どうしたのかな?あ、もしかして筆記用具がなかったとか」
「そうじゃなくって。その…失礼かもしれないんですけど」
「彼らを復讐鬼にするつもりか、ってことだろう?」
「…お見通しなんですね。」
「昔から人の本心を見抜くのが得意でね。
はっきり言っておこう。彼らは復讐鬼にはならない。生きとし生けるものは誰かと触れることで変わるんだ。それが悪の方であれ善の方であれ、目玉焼きにかける調味料から生き方であれ。」
黒淵は千装の肩に手を乗せた。
「…これからは若人たちが担う時代だ。老耄に頼ってちゃいけない。
彼らが羽化する手助けをし、未来に羽ばたかせること。特殊派遣部隊はそれを目的として作ることにしたんだ。」
黒淵は一歩下がってから頭を下げた。
「どうか僕に、彼らを任せてくれないだろうか。」
「い、いや!そんな頭を下げるだなんて!」
千装は慌てつつも、なんとか自身の感情を言葉に紡ぎ出そうとした。
「…彼らは私と3年間ほぼ毎日訓練した仲なんです。でも私はまだ未熟でした。それだけの月日を共にしても、彼らになんと言えば良いのか私には分かりません。」
千装も頭を下げた。
「いつか私が一人前になるまで、どうか彼らをよろしくお願いします。」
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「あれから5年だ。それだけの月日を、アイツはずっと苦しんできたんだ。すぐそばに欲しいものはあるのに手を伸ばせばそれは壊れる。こんな酷い話は見たことも聞いたこともねえ。」
行森エイイチはベッドの奥に置いてあった鞄に手を伸ばしたが、火傷が痛むのか傷口を抑えて低い声を上げた。すぐに行森兄妹が駆け寄って、介抱しながら目当てのものを取り出した。
「コイツは緊急加速装置。アウトロードのオーダーメイド品だ。これを使えば凄まじい速度まで加速して、相手1人は確実に持っていけるだろう。」
「そんな代物が…。」
━でも、それだけの力を手に入れるということは。━
「ああ。コイツを使えば今のアイツの脚は確実に壊れる。最悪死ぬかもな。」
行森エイイチは虚ろな目で手の中に煌めく部品を見た。そして、静かに八代に手渡した。
「これをお前らに預ける。」
「俺たちに?」
「ああ。特殊で救うって、黒淵のやつが言ったんだ。俺が持ってたって意味がねえ。」
行森エイイチは座りながら膝に手をついて頭を下げた。
「…俺には勇気がなかった。数時間前、お前らにキツくあっちまったのもそうさ。俺は他の奴らがアイツらみたいになるのが嫌なんだ。
今晩が転換点になる。アイツが死ぬか、生きるか。その重い舵をお前たちに託させてくれ…!」
八代は考えた。この手に握っているものがどれだけ重いのか。自身がアウトロードを正しい道へと導けるのか。
結論を出した。その結論に迷いなどなかった。
「やります。俺がその舵を握ってみせる。」
━ちょっと、私のこと忘れてませんか?ミツキがやるなら私だってやります。━
「怖くないのか?」
━全く。大火に襲われたときよりマシです。━
行森エイイチはもう一度深く頭を下げた。
「…ありがとう。」
これから彼らは運命の転換点へと差し掛かる。どの未来に進むのかは分からない。ただ1つ言えることは…2人は諦めない。




