第20話 ドラゴンは解放してほしい
「我を解放してくれ」
ラティカさんの発した短いその台詞は、洞窟の中でよく響いた。
その言葉は切実なものを感じる。
「解放してくれ、とはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味でもあるし、殺してくれという意味でもある。我は元は自由なドラゴンだった。大空を飛び、海を渡り、大地をかけ、思うままに暮らしていた。しかし今はこの洞窟の中に封印されている。何百年も前からな。こんな場所で自由を封じられたまま、誰とも会えずに孤独に暮らすのは、辛くて苦しくてたまらぬのだ。わが身を封じる結界を解いて我を解放してくれ。さもなければ、我を殺し、この苦しみだけの生から解放してくれ。頼む……」
俺はラティカさんのことをよく見てみる。
その体の下にある魔法陣を媒介とした結界によって封印が掛けられていた。
これは恐らく、洞窟に結界をかけたのと同じ者が作った結界だろう。
「なぜ封印をかけられているのですか?」
「我がドラゴンだからだよ。今の時代はしらんが、我が封印される前の時代には、ドラゴンが猛威を振るっていてな。それが人間からの反感を買っていた。大抵の人間はドラゴンには勝てぬが、ときおりこの世に現れるSランクのスキルを持った人間によってドラゴンは倒されていったのだ。そういった悪さをするドラゴンと同じだと思われて、我は封印された」
「その口ぶりからして、ラティカさんは悪さはしていなかったということですか?」
「もちろんだ。我は人を苦しめて楽しむ趣味はないし、そもそも人間など襲っても何にもならん。食うならば魔物が美味いしな」
「ということは、他のドラゴンの巻き添えで封印されたということですか」
「ああ。我は人間には何もしていない。ドラゴンである我の言葉は信じられないかもしれないが、そこは信用してほしい。いや、もう信じなくとも構わぬ。悪しきドラゴンと思うならば、いっそひと思いに殺してくれ……」
弱弱しくラティカは主張していた。
ラティカは嘘は言っていない。
これはなにも根拠ないわけじゃない。
何百年も封印されたような存在の言葉を根拠なくそのまま信じるほどお人好しではない。
ではなぜ信じるのかというと、俺は新しく手に入れた『真贋判定』というスキルを使っていたからだ。
このスキルは相手の言っていることが嘘か本当かわかるというもの。
嘘をついていたならばどんな嘘なのか内容もわかる。
裁判や捜査にでも使えれば最高のスキルなんだろうな、これ。
発動のタイミングは任意だから、相手の言葉が嘘か真か疑ってかからなければ確かめることができないのが難点と言えば難点だが。
そのスキルに照らし合わせてみると、ラティカの言葉に嘘偽りがないことがわかった。
「ご主人様。私からもお願いします。ラティカさんを助けて頂けないでしょうか?」
手を握ったまま、アイナがそう俺に言ってきた。
「ラティカさんは、ずっと、この暗い地下で孤独に過ごしていたんです。殺してくれとラティカさんは言っていました。殺してほしいと思うくらい苦しいって、すごく辛いです。それなのに死ぬこともできないならもっと辛いです。この世が地獄で、生きるだけでも苦しくて、早く楽になりたいと思うのってすごくすごく辛いことだと思います。そんなラティカさんを助けてほしいと思っています」
「…………アイナ」
俺はアイナの事情を知っている。
嫌悪の呪いを生まれつき持っていた彼女は、誰からも、実の親からも嫌われていた。
その時のことを、アイナは地獄だと言っているのだろう。
アイナは、同じように苦しい状況にあるラティカに共感し、同情しているのだ。
「す、すみません。奴隷の分際でご主人様に頼み事など――」
「いや、謝る必要はないよ。これからも頼みごとがあればどんどん言ってくれ。俺はアイナの頼み事ならなんでも叶えたいと思っているから。それに、アイナに頼まれなくても、俺はラティカさんを助けたいと思っている」
「ご、ご主人様……!」
うるうるとアイナは涙ぐんでこちらを見る。
「ありがとうございます、ご主人様」
「かまわないよ。さて、ラティカさん」
俺はラティカに話しかける。
「一応聞いておきます。貴方は人間のことを恨んでいますか? 俺が貴方を解放した後に人間を襲わないと誓えますか?」
「誓う。人間を襲わない。我を何百年も封印した人間に思うところがないわけでもないが……、ここで我を救ってくれるというのであれば、全てを水に流して忘れる。我の父と母と、始祖龍アルビオンにかけて誓おう」
そのアルビオンというのはよく知らないが、その言葉からはラティカが本気でそれを言っていることがわかる。
そのくらいのことは、スキルを使わずとも理解できた。
「ではあなたを解放します」
『結界神』のスキルの効果は、多種多様な結界を張れることと既にある結界をいじれるということだ。
後者は自分の結界だけでなく、他人が張った結界にも適用できる。
つまり、他人の結界を修正したり、あるいは解除することもできるのだ。
ラティカさんを封印している結界を解き、その身を解放した。
結界が解けると「パリン」という音と共にラティカさんの体の下にあった魔法陣の光が消える。
「おお。おお……! 体が軽い……! 足が動く……! 立ち上がれる!」
ラティカはその四つ足で体を持ち上げ、その場を歩き始めた。
「本当に、本当に……! 封印が解けた……! おお、おお! 我は自由だ。自由なのだ……!」
ラティカはその龍の眼から涙を流している。
それは数百年の拘束から解き放たれた、喜びの涙だった。




