第15話 アイナの半生(アイナ視点)
――――アイナ視点――――
私の名前はアイナ。
本当の名前はアイナ・クレバスティ。
この名前は過去のものだ。
奴隷として売られた私は、もう家名を名乗ることを許されていない。
この家名に思い入れなどない私は、そもそも許されずとも名乗るつもりはないけれど。
家名も、家族も。
私はいい思い出などない。
私は王国の貴族であるクレバスティ家に生まれた。
生まれつき嫌悪の呪いにかかっていた私は、実の両親からも嫌われていた。
私を嫌悪していた両親は、定期的に私を罵倒していた。
彼らは私を地下室に閉じ込め、食事の用意や教育は使用人に行わせ、ストレス発散のために私を罵るときだけ地下室に来た。
その使用人すらも私を嫌悪し、嫌がらせのために食事をぬかれることもしばしばだった。
なぜ自分が嫌われるのか。
なぜ皆から罵られるのか。
その答えが分かったのは、ある程度の読み書きができるようになり、ステータスの文章を理解できるようになった時だ。
嫌悪の呪いによって嫌われているとわかったとき、しかし私はある希望を抱いた。
呪いのせいで嫌われているのなら、その呪いを解けばいい。
呪いさえなくなれば、もう誰にも嫌われずに済む。
そう希望を抱き、私は呪いを解く方法を必死に調べた。
地下室には、過去のクレバスティ家の人間が無造作に置いていった本がたくさんあった。
見栄を張るために本を買ったはいいものの、しかし彼らは本を読むのを嫌がったのだ。
そんな本たちを読んで私は色々なものを勉強した。
ある程度字が読めるようになったくらいから使用人が私と接するのを嫌がって教育を行わなくなったため、時間だけはたくさんあった。
そうして調べていくうちに、治癒魔法の中には呪いが解けるものがあるということを知った。
解呪は教会に行けば受けられることもわかった。
それに希望を抱いた私は、食事を用意しに来た使用人に、教会で解呪を受けさせてもらうよう頼み込んだ。
「何を言ってんだ? 解呪にはお金がかかるんだぞ? お前なんかのために誰が金を出すんだよ」
私の言葉を聞いた使用人の返答がそれだった。
その後、「呪い子の癖に夢見てんじゃねえ」と食事のパンを投げ(私の毎日の食事は1日1個のパンだ。それすらも抜かれることが多かった)、使用人は去っていった。
考えてみればそうだ。
私を嫌悪し、地下室に閉じ込めている両親が、私のためにお金を出すことなんてするはずがない。
たくさんのお金を持っている貴族である両親ですらそうなのだから、他の人間が私のためにお金をだすことはもっとありえない。
そんな彼らが私を捨てずに育てていたのは、かろうじて愛が残っていた――というわけではない。
ひとえに後継者問題のためだ。
両親は私の後になかなか子供ができなかった(これは私への罵倒の中で両親が言っていたことだ)。
彼らは何年も何年も子供ができなかった。
それは貴族としては歓迎すべきものではない。
貴族は家をつぐ後継者を残さなくてはいけない。
もし私がいなくなった後に子供ができなければ、家を継ぐものがおらずにこの家は取り潰しとなる。
養子を迎えたとしても、それは血を継いでいない子供だ。
それは周囲から侮られ、また攻撃材料にもなり得る事実だった。
だから嫌いな私を家に留め置いた。
子供ができなかった時の保険だ。
もちろん両親としては、いくら子供ができずとも私を当主とするつもりはなかった。
私に無理やり男と番わせ、産まれた子供を次の当主とするために私を育てていた。
これは使用人から聞いたことだった。
そうして私は殺されることも捨てられることもなく、地下室でずっと育てられた。
転機が来たのは13歳のとき。
私に弟が生まれたらしい。
会ったことはないから、伝聞の情報だけど。
私以外の子供が生まれれば、後継者問題は解決した。
そうすれば私はもう用済みだ。
弟が生まれた次の日、私は奴隷商に売られた。
殺されなかったのはひとえに私の容姿がよかったからだ。
殺すよりも売る方が金になる。
実際それなりの値段で売れたらしく、ごく潰しが初めて役に立ったと両親は笑っていた。
こうして売られた先が、私の最初の奴隷商だ。
その奴隷商は、私の呪いに気づくとすぐに憤慨した。
大金を使って私を買ったのに、出てきたのは最悪の呪いを持った女だ。
私の呪いは私に近づくと効果を発揮する。
両親は私を売る時に決して奴隷商を近くに寄らせなかったから、その奴隷商は気づくことはなかったのだ。
奴隷商は私を売ることを諦めて、もう一つの役割を私に持たせた。
それは奴隷たちのストレス発散だ。
奴隷たちは日々ストレスがたまる。
奴隷商の下で過ごす日々は、お世辞にも良いとは言い難い。
売られた先でどのような境遇を受けるのかわからないという不安もある。
そんな奴隷たちがストレスを発散するための道具として、嫌悪の呪いを持つ私は最適だった。
くしくも両親がストレス発散として私を罵倒していたように、奴隷たちも私でストレスの発散をしていた。
幸か不幸か嫌悪の呪いのため男の奴隷も私を嫌っていたため、私を抱こうとする者はいなかった。
だから私は主に女の奴隷たちからストレス発散の道具となっていた。
彼女らは私に対して罵倒を行い、暴力を振るい、他にも様々な精神的・肉体的な苦痛を私に与えて己のストレスを解消していった。
私は『剣姫』という戦闘用のスキルのおかげで肉体は強かったため、暴力に屈することはなかったが、精神的なダメージはある。
心は日々追い詰められていった。
そうして彼女たちにいじめられていく日々を過ごしていたが、ある程度の年月それを行っていくと人は飽きていく。
私へのいじめもストレス発散には大した効果は及ぼさなくなった。
メリットのなくなった奴隷商は私を二束三文で別の奴隷商に売り、その奴隷商も同じように他の奴隷のストレス発散の道具として私を使った。
客に売れない私は奴隷たちからストレス発散の道具となり、それが効果なくなればまた他の奴隷商に売られ、そしてまたストレス発散の道具となる。
そうした日々が何年も繰り返されていった。
ある時、とある奴隷商が私の見た目を気に入って、近くでよく確認もせずに大金を支払って私を買った。
時々あるパターンだ。
こういう時、私の呪いに気づいて客に売れないとわかったあとは、私に当たり散らした後に奴隷たちのストレス発散の道具になる。
今回もそうだろうと思っていた。
傷つけられてきた私の心は限界だった。
いつまでこれが続くのだろう。
誰からも嫌われ、罵倒され、暴力を振るわれ。
いつまでこの地獄のような日々が続くのだろう。
わかっている。
一生続くのだ。
一生終わらないのだ。
生きている以上、この地獄から抜け出すことなんてできない。
早く死にたい。
今すぐ死にたい。
誰か私を殺して……。
全てに絶望していた、そんな時だった。
私のご主人様となる、レースケ様に出会ったのは。
あの人は、暴力を振るわれていた私を買ってくれた。
そればかりか、優しく接してくれた。
そして、あの忌まわしい嫌悪の呪いまで解いてくれた。
それが私にとってどれほどの幸福で。
どれほどの喜びだったことか。
言葉で言い表すことなんてできない。
「ご主人様。ありがとうございます。ありがとうございます……!」
私を買ってくれた初めての人。
近づいても私を嫌わなかった初めての人。
私をこの地獄から救ってくれた人。
私の呪いを解いてくれた人。
私と一緒に寝てくれた初めての人。
感謝してもしきれない。
人生全てを捧げて恩を返していきたい。
彼のために生きたい。
奴隷だからというだけではない。
人生丸ごと救ってくれた、私の救世主。
好き。
好き。
好き。
大好き。
ご主人様が望むならば、どんな扱いを受けても満足だと思う。
例えどんな粗末な扱いをされても私は喜んで受け入れただろう。
でもご主人様は私に酷いことはしない。
ご主人様は、奴隷である私でも優しく扱ってくれた。
好き。
大好き。
そして、ついにご主人様に対してご奉仕をするときが来た。
待ちに待った時だった。
大好きなご主人様を癒したかった。
私の体で。
私の全てを使って。
そう思っていたのに、実際には私の方が攻められてばかりだった。
ご主人様から与えられる快楽に、私はただただ気持ち良くなるのみだった。
気持ち良くて気絶して。
気持ち良すぎて目が覚めた。
快楽と幸せの無限天国だ。
私がその晩にできたのは、ただ嬌声を上げて身を震わせて気持ち良くなることだけだ。
本当は私がご主人様を気持ち良くしなければいけないのに。
これでは奴隷として失格だ。
でも私はただただ幸せで。
それにご主人様は気持ち良かったと言ってくれて。
そのこともまた幸せだった。
「ご主人様。好きです。好きです。大好きです。奴隷の身でありながら、ご主人様を愛してしまう私をお許しください……!」
小さくつぶやいた言葉は、私の本心を表していた。




