三十九話・番外編4 ユユナの日常
「あいつの手...暖かったなぁ...」
私は、とある場所で出会った男に撫でられた頭を触り、その時の事を
ボンヤリ顔で思い出している。
「何をボーッとしているのです、ユユナ様?」
「あ、セーファ殿。済まない...ちょっと考え事をしていて...!」
「ほほ~考え事ですか...その艶のある表情、もしかして...恋とかですか?」
「恋?恋と一体、何ですか?」
「あらあら、意外ですね!ユユナ様でも知らない事があるんですね...♪
いいですか...恋とはですね――」
セーファがユユナに色恋沙汰の知恵を、語る様な口調で詳しく教えて
あげる。
「ななな、何で私があんな男に、そ、その恋なんぞをせねばいけないのです!」
セーファ殿から恋がどの様なモノかと説明され、その仕組みを理解した私は、
即座にその恋というモノを思い切り否定する。
「先程の艶っぽい表情や今の慌てかたを見て、その言い訳は流石にちょっと
苦しいですよ、ユユナ様!」
慌てた顔で言い訳を述べるユユナに対し、セーファがニガ笑いの様な表情を
浮かべている。
「艶っぽい!そ、そんな事はない!これはこの部屋が暑いからであって...」
「あらあら~それなら、私も暑く感じなきゃいけませんねぇ~♪」
「むむ...それは...!」
セーファ殿から意地悪さを含んだ正論を言われて、私は言葉が詰まる。
「こ、こんなどうでもいい話より、そちらの結果報告の話を聞かせて下さい!」
「え~!どうでもよくないですよ~!だって......」
「そちらの結果報告の話をき・か・せ・て・く・だ・さ・い・っ!!」
私はまだ恋というくだらない話をしようとするセーファ殿を窘める。
「やれやれ...仕方がないですね、ユユナ様は~♪」
「仕方がないのはそちらでしょうが...!」
「冗談なんですから、そんなにムキな顔をしないで下さいな!」
「...嘘つけ」
私は冗談と嘯くセーファ殿に対し、聞こえない程の小さな声で愚痴を
こぼす。
「これ以上からかうと冗談じゃすみそうにありませんし...
では、結果報告をしましょうか!コホン......」
セーファは咳払いをすると、結果報告を説明する為に口を開く......
「まず...あの二人の事ですが、間違いなくあの場所にいましたよ♪」
「やはり...そうですか」
「ですが、あの二人にちょっと面白い異変が起こりまして...」
「面白い異変が?」
「はい。あの二人、例の場所に行く前にどうやら仲違いをした様で...
今の所、バラバラに行動しているみたいなんですよ」
「仲違い...ですか?それで、その先はどうなったのです?」
「さあ...?」
「さあって、一体どういう事ですか!」
「だってその後、あの娘ったら気配察知魔法をかけちゃうんだもん...」
「気配察知魔法...さてはあなた、見張っていた事がバレましたね!」
「あはは...正解です♪」
「正解です♪...じゃ、ありません!全くあなたは...それでは、その後の
二人の行方はわからないって事ですか?」
あっさりと肯定の言葉を述べるセーファ殿に少し呆れた口調になるも、
私は次の問いを投げかける。
「いいえ...二人の内、一人は私の仕掛けた罠にやっと引っ掛かってくれ
ましてね、今現在...こっちへ引きあげる為の準備中...って所です♪」
「準備中...?何が準備中なんですか?」
「それは罠という時間の網を引き寄せる為の準備ですよ~♪」
「じ、時間の網...ですか、意味がよくわかりませんね...?もう少し優しい
説明をしてもらっていいでしょうか?」
「別によろしいですけど、この仕組みを優しく説明するなら、約10時間程
かかりますけど...それでも聞きたいですか、ユユナ様?」
「じゅっ!?え、遠慮しておきます...」
私は10時間もワケのわからない専門用語を聞く気は更々ないので、きっぱりと
お断りの言葉を述べる。
「でしょうね、私もそんなに長く話しなんてしたくありませんし、その方が
私的にも助かりますねぇ。取り敢えず...もうしばらくお待ち下さいと言う事で、
この辺で私は失礼しますね~♪」
そう言うが早く、セーファは翼を広げて部屋の窓から、あっという間に
空高く飛んで消えて行く。
「ハア...相変わらず、掴めない性格ですね、セーファ殿は...!」
私は空に消えていったセーファ殿を見つめながら溜め息が口から洩れる。
「しかし...やはりあの国...イヤ、正確には五大貴族でしたか...その連中が
いよいよ動き始めましたか...」
だけど残念ながら、今はこちらも力不足が否めないので、それをどうこうする事が
できないのが悔しい所ですね...。
ここは不本意ではありますが、他の城の連中やセーファ殿の力を頼るしか
ありませんか...。
「それより...この気持ちが恋だなんて、それじゃ、私はあの男の事をっ!?」
「イヤイヤ...!そんな事はない!だって、あんな頼りなさそうな...ううん、
少し...ううん、結構...頼りには...なるか...」
私は無銭飲食の件や屋台周りをした事をふと思い出し、頬を紅に染め照れた
表情でそう呟く。
トン、トン、トン...
そんな考えを思考中、ドアをノックする音が部屋に響く。
「ユユナ様、ここにいますでしょうか?」
「ハイ...いますよ。どうぞ、お入りなさい!」
ドアの向こうにいる者の気配をキャッチして、敵じゃないと認識すると
部屋への入室を許可する。
「ハッ!それでは...失礼します!」
ドアの外にいる人物がユユナの許可をもらうと、ゆっくり部屋の中に
入ってくる。
「それでクーイ、私に何用ですか?」
「ユユナに頼まれていた、竜の国の調査結果をお知らせにきました!」
「竜の国...確かに調べる様に頼んでいましたね。それでは結果を
聞かせて下さい!」
クーイと呼ばれる人物に調査を頼んでいたのをユユナは思い出し、
その結果に耳を傾ける。
「ハイ...調べた結果、竜の国はユユナ様の考え通りの展開になっていました!」
やはり...私の考え通り、内乱が起こっていましたか...。
竜の国が想像通りの結果になっており、私は少し困惑な表情を浮かべる。
「ユユナ様は何故そうなるとおわかりになられたのですか?」
「だって、私と同じですから...」
「ユユナ様と...ですか?」
「ええ...つまり国のトップに女性を置くというやつですよ!」
そして恐らく、それを良く思わない連中...特に男の嫉妬が原因の内乱
でしょうね...。
当時、私がこの座につく時にかなりのいざこざがあったのを思い出して
思わずニガ笑いが浮かんでくる。
「ではユユナ様、私はこれで失礼します!」
「クーイ、ご苦労様でした!」
クーイは調査結果を知らせると、早急にこの部屋から出ていった。
「さて、どうしましょうか...。ここで竜の王女様に手を貸して恩を
売っておくのが得策かしら...?」
私がそんな思案を思い浮かべていると、再びドアをノックする音が
この部屋に響く。
「この気配はキジュですね...どうぞ、お入りなさい!」
「ハッ!失礼します!」
「ユユナ様に頼まれていた品...買ってきました!」
そう言うとキジュは、ユユナの前のテーブルに買ってきた物を
そっと置く。
「おお、それはご苦労様です!」
「では、私はこれで失礼します!」
そう言うとユユナに一礼して、部屋から去って行った。
それを確認したユユナは、早速買ってきてもらった物が入った紙袋を
開ける。
「あちち...まだ熱さが残ってるな、このフルーツ揚げパン!フゥ...フゥ...
これでよし!それじゃ...早速、いただきま~す...パクッ!」
私は熱々のフルーツ揚げパンを冷ます様に息を吹きかけて、ゆっくりと
口の中へと放り込む。
「.........」
あれ?このフルーツ揚げパンって、こんな味だったっけ?
美味しい事は、美味しいんだけど...何かこの前、食べた時と違う感じがする...?
あいつと食べたフルーツ揚げパンは、こう...パッと感じる美味しさが
あった様な...?
私は何故、こんなに味が違うのか不思議に思うが結局、結論は出ずに
心がモヤモヤする。
「あいつとまた食べたら、その理由がわかるのかな...?」
私はふとそう思うと、あいつにいつ会えるかと考えてしまうのであった...。




