50話
マリアナはシグルに横抱きされながら慌てていた。
降ろしてくださいと言っても彼は我関せずだ。仕方なくベッドまでは好きにさせる事にした。ベッドにたどり着くとマリアナはそっと降ろされる。
「……ありがとうございます」
「礼はいいよ。俺がしたかっただけだから」
シグルは飄々とした調子で返答した。マリアナは顔が未だに熱いのでうつむく。すると頭にぽんと何かが乗せられた。温かいのと剣だこの固い感触からシグルの手だとわかる。優しく撫でられた。
「……マリアナ。今日は一緒に寝よう」
「わかりました。ではこちらにどうぞ」
マリアナはそう言って自分の隣にと手で指した。シグルは頷くとベッドに上がる。すぐに彼女の隣にやってきた。二人して布団の中に入る。シグルはマリアナの体を引き寄せた。そっと抱き寝の状態で額に再びキスをされる。
「おやすみ。マリアナ」
「おやすみなさいませ。シグル様」
互いに挨拶をし合って目を閉じたのだった。
翌朝、マリアナは微睡みの中で心地よい温もりに包まれていた。それに鼻腔に届くのは爽やかなシトラスの香りだ。恐る恐る目を開けるとそこには秀麗な顔立ちがすぐ側にあった。驚いたがすぐに思い出す。昨日、シグルと同衾した事をだ。何もなかったが。それでも了承したのは自分だ。こんな所をカリンに見られたらお説教は決定である。どうしようと思っていたらシグルが目を覚ました。ぱちりと紫の瞳が開かれる。いつ見ても吸い込まれそうだ。
「……おはよう。マリアナ」
掠れた声で言われてどきりとした。でも挨拶をしないと失礼だし。逡巡しながらもマリアナはか細い声で返答する。
「おはようございます。シグル様」
「顔が赤いよ。熱でもある?」
「……いえ。熱はありません。ちょっとその。緊張していて」
はっきり言うとシグルはくすりと笑った。
「ごめん。俺と一緒だとマリアナが緊張してしまうようだね。身支度をしたら部屋にすぐに戻るよ」
「え。あの。緊張するといっても嫌ではないんです。ただ、シグル様が悪く言われないかと気になってしまって」
「それは気にしなくてもいいよ。むしろ、俺にとっては好都合だ」
マリアナは昨日に教えてもらった事を思い出す。確か、シグルはルーデンスに夜這い未遂をされた事があった。彼にしてみれば、軽くトラウマものなのだろう。そう考えて起き上がった。
「……シグル様。まだ、結婚式までには二ヶ月ありますけど。早めにできないか大公陛下に聞いていただけないでしょうか?」
「……ううむ。聞くのはいいけど。いきなりどうしたんだ?」
「だって。ルーデンス様がまたいつ夜這いをかけてくるかわからないでしょう。だったら既成事実を作って彼が入り込めないようにするのも一つの手だと思ったんです」
そう言うとシグルは驚いたらしく目を見開いた。しばらく黙り込んでいたが。マリアナをじっと見つめながら言った。
「わかった。父上に掛け合ってみるよ」
「……シグル様。私も妃殿下に聞いてみます」
「頼むよ。母上が頷いてくれたら父上の説得もやりやすくなるからね」
そうですねと言うとシグルは笑った。マリアナはよしっと気合を入れたのだった。