97 全力
俺が剣を抜くとカムイは言う。
「そんな武器でいいのか?」
その辺で買った安い武器は耐久が低い。壊れる事を指摘したのだろう。
「ああ、問題ない」
その言葉を発した瞬間、カムイは側面にいた。すでに刀を振るっていた。剣でそれを受け止める。魔力を帯びた剣で力を分散する事で衝撃を和らげる。
「ッ……」
カムイは一度大きく離れ、刀を収めた。そして、彼は初めて笑った。
「正直侮っていた。非礼を詫びよう。いざ、尋常に勝負」
カムイは深く構える。鋭い眼が向けられた。
「黒霧一刀流・漆式<夜霧>」
(居合……)
不思議な感覚であった。速度を感じさせない。しかし、彼は既に目の前にいた。刀を抜く速度も凄まじいもので、その部分が見えない。常人なら気が付かずに終わっていただろう。
僅かに後退し、刀をかわした。刀との距離は1センチほどしかなかった。彼は驚いた表情を見せながらも次の攻撃に自然に移った。
「陸式<霧散>」
(飛ばす技か……)
その一閃は避け、飛んでくる衝撃波を風の魔法で相殺する。
「玖式<瘴霧>」
刀を連続で振るう。先ほどより少し速度は遅い。しかし、それをかわしていくうちに、辺りに黒い霧が漂い始めた。
(視覚妨害、索敵妨害、弱体化、特殊な毒か……)
しかし、特にそれに対応する必要はない。
「弐式<雨霧>」
(単純に速度を重視した連撃ってところか……ん。速度が上がった……そうか。戦いの中で成長している……)
そこで俺が反撃の一撃を放つ。すると即座に反応し、彼は後ろに跳んだ。服が一枚切れた。
「起こりが見えたか。良い眼をしてる」
「……ッ……お前には……なにが視えている?」
「黒霧神威だよ。もっと試したいんだろ? その先に行きたいんだろ? もっと戦おう」
「……」
カムイは一度目を閉じる。そして、力強くカッと見開いた。そこからさらに速度が増す。凄まじい猛攻。にも関わらず、一つ一つの動作がより精密になっていく。
甘い攻撃を出すと反撃をする。だが先ほどと同じ速度の攻撃はもう掠らない。少しずつ速度を上げていく。さらにもっと速く。
ギルドマスターは驚愕する。カムイを凌駕するその力に。
「いや~。予想以上だね、彼」
「あのカムイの攻撃が一撃も……異世界人とは皆ああなのか……」
「さてね……果たしてあれが本気だったのか。少なくとも僕に測る事は出来なかった」
「なんだ……カムイ……上手く言えないが、動きが良くなってないか?」
「……恐らく彼から学んでるね……まるで導いているようだ……」
「この状況で教えているというのか? 黒霧相手に不可能だ……」
カムイが再び距離を取った。
「これ以上体力を失う事に意味がない」
「……」
「最大で行かせてもらう……」
「ああ……」
俺は剣を鞘に収める。そして、空間を割り黒い剣を取り出す。大気が震えることにカムイたちは驚く。
「空間魔法だとッ……なんだこの力はッ……」
「良い剣だろ?」
俺の持つ最強の剣ではない。しかし、長くを共にした剣の一つだ。
「何故今になって武器を?」
「今の俺には、これでしか敬意を示す事が出来ない」
「……そうか」
ギルドマスターはうろたえる。体の芯が震えていた。気を強く持たないと意識を持っていかれるだろうと感じていた。
「あの剣……まずいぞ……」
「嫌だね~。おっちゃん、体が心配だよ」
「それにカムイ……なにか秘策があるのか?」
「あれじゃない? 一子相伝の~」
「ここで使うのか!!?」
「まあ、出したところでその技は理解出来ないからね。誰にも伝わらないよ」
カムイの雰囲気が変わる。そして、彼はスローモーションで前進しながらそれを使った。
「零式<霧消>」
彼はカタツムリのように殆ど動いていない。否、そう見えるだけだ。彼の周囲の床に亀裂が入る。その現象と彼の動きを含めて一切を認識できず、あらゆるものを一瞬で塵に変える。
(居合である夜霧を基点に霧散、瘴霧、雨霧を刹那の間に繰り出す離れ業。体に異様な負担がかかっている……複雑な動作の融合。凄まじい剣技だ)
「ここだ」
剣を振ると刀が金属音と共に折れた。
「……ッ……なんだと……」
「その特性から実戦で殆ど使っていない……」
そして、カムイは全身から流血した。俺はなにもしていない。ただ体への異常な負荷が彼を傷つけた。<修復>の魔法で一瞬にして刀を復元する。そして、彼も回復魔法で治癒する。
「刀……折れたと思ったが……」
「実際には折れてはない。そうだろう?」
「…………俺の負けだ」
「もし気が向けばここに行くと良い。流派は違うだろうが、新たな発見があるはずだ。ひっそりと暮らしたい人だから他の人には内緒にしてほしい」
俺はフランたちを治した爺さんの所の地図を渡す。ただし紙は白紙。触れると脳内にその位置が入ってくる。彼にしか反応しない魔法。
「頭に直接……なるほど。お前がそう言うのなら……訪ねてみるとしよう」
そして、カムイはそれ以上はなにも言わずに再び武者修行へと行くのであった。
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