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エピローグ その後    10月 10日  午前10時

 事件が解決してから五日が過ぎた。

 私と法子の生活はほぼ平常通りに戻りつつあった。少しだけ、あの日のことを補足しておこう。


 DNA鑑定の結果、大崎五郎と道枝は高い確率で親子であるとの結果が出て光子と大崎五郎は親子ではないと結論づけられた。よってこの二つの結論から導きだされたのは、道枝は大崎五郎と光子の子供だということだった。

 光子は吉美さんと抱き合って泣いた後、借りて来た猫のように大人しくなり、喜多島警視に促されるまま、到着したパトカーに乗せられて大崎邸を離れた。

 幸江と圭子は法子に非礼を詫び、感謝の意を表した。吉美さんはただ黙って一礼すると、自分の部屋に戻って行った。栄子さんは法子と私に挨拶して、涙を拭いながら吉美さんを追いかけた。八重子はしばらく何も言えないほど脅えていたが、ようやく犯人が捕まったことを理解し、法子に抱きついて感謝し、大声で泣き始めた。法子はしばらく八重子を慰め、彼女の部屋まで送り届けてから、私を促して大崎邸を出た。


 法子の家に戻る途中、私は何度も法子に事件のことを尋ねようとしたが、法子のあまりに沈痛そうな顔を見て、何も言い出せないまま彼女の家に到着してしまった。


 その後しばらくして私は中津家をお暇することとなり、法子に祖師谷大蔵駅まで見送ってもらった。私達は事件の事など全く気に止めていないかのように

「じゃ、明日大学でね」

とだけ言い合い、別れた。


 私はとうとう我慢しきれず、というか、やっとの思いで法子に尋ねた。

「ねえ、法子、法子はいつ光子さんが犯人だと気づいたの?」

 法子は私の唐突な問いに全く動じることなくさらりと答えた。

「道枝さんが殺された時よ」

「ええっ!? そんなに早く? だったら……」

 私は言いかけて口をつぐんだ。だったらもっと早く事件は解決していたのではと言いそうになったのだ。しかし、それは禁句だ。結果論なのだ。どんなに怪しくても、どんなに自分自身が確信していようとも、証拠がなければどうにもならないのだ。

「だったら、もっと早く事件は解決してたわよね。そのとおりなの」

「いえ、別に私は……」

 私は自分の頭の中を法子に見透かされたようで、とても気まずかった。法子はニコニコしながら続けた。

「律子がそんなつもりで言いかけたんじゃないことはわかってるわ。でもね、私自身、酷く迷っていたのよ。途中で事件に関わるのをやめようと思うくらいになったし、実際のところ、犯人が光子さんなのか自信がなくなりかけたのよ。繁夫さんが毒殺されたと聞いて、やっぱりそうだと確信したの」

「泉さんがおかしなことをしなければ、あの事件はもっとわかりやすい事件だったのよね」

 私が言うと、法子は私を見て、

「結果から言うとそうだけど、泉さんは決して事件を複雑にしようと思ってあんなことをしたわけじゃないわ。逆に、光子さんに思いとどまってほしかったんだと思う。でも、光子さんは自分自身が作り出したお母さんの亡霊と、嶋村さんのマインドコントロールのような話によって、正常な判断ができなくなっていたのね。だから、泉さんは協力するのをやめて、屋敷を出るしかないと判断したのよ。でも、嶋村さんからの連絡だけは、律儀に光子さんにしていたようね。ま、だからこそ、私とおじ様の一世一代の大芝居が成功したんだけど」

 私はその言葉であることを思い出した。

「ああ、それそれ。私、ホントにびっくりしたわ。法子が真犯人だったらどうしようと思って。そんなことあり得ないのにね」

 すると法子はニコッとして、

「そんなことあり得なくないから、光子さんはあの話に乗ってくれたのよ。もし、私の母親が藤崎綾子さんだったら、私が犯人だったかも知れないわ」

「それはそうだけど」

 私は口を尖らせた。法子はそんな私の仕種をクスクス笑って見ていたが、

「どちらにしても、もうあんな事件は嫌ね。二度と関わりたくないわ。と言うか、もう事件に関わり合いたくないわ」

 急に真顔になって言った。すると、

「そんなことを言ってもらっては困るよ、名探偵中津法子さん」

 後ろから声がした。私達はびっくりして振り返った。そこには予想通り、喜多島警視が立っていた。

「おじ様、どうしてここに?」

 さすがの法子も酷く驚いた様子で尋ねた。喜多島さんはニッとして、

「大崎家がその後どうなったのか知りたいと思わないか?」

 手に持っていた分厚い茶封筒を掲げてみせた。しかし法子は、

「知りたくないです」

 そっぽを向いて歩き出した。喜多島さんは小さく肩をすくめて彼女を追いかけて前に回り込み、

「いや、知っといてもらわないと困るよ。君が思い違いしているらしいからね」

「えっ? どういうこと?」

 法子は喜多島さんを見上げた。私も二人に追いついて、喜多島さんを見た。喜多島さんは近くにあったベンチを指して、

「まっ、かけて話そうか」

 私達はベンチに並んで腰を下ろした。

「まず、大崎家は全員、あの屋敷を出た」

「そうですか」

 法子はまだ素っ気ない。喜多島さんはそれでも続けた。

「生き残った大崎家の人達は皆、持ち株を手放した。光子の持ち株は元々一株もなかったそうだ」

 意外だった。光子は本当に大崎グループを牛耳ってはいなかったのか。喜多島さんは茶封筒から資料のようなものを取り出して、

「つまり、大崎家は大崎グループから完全に手を引いたことになる。つまり、創業者一族が企業と一切関係を持たなくなったということだ。株式市場は大荒れだよ。大変な騒ぎになっている。それだけじゃない。食品業界の勢力図まで塗りかわりそうな勢いだ。大崎家の人達が持っていた株の大半を買ったのが、業界第二位の企業なんだ。大崎物産始め大崎グループは、その企業に影響力を行使されることにもなる」

「……」

 法子は無言のままだ。喜多島さんはさらに続けた。

「ある意味で、光子の復讐は完全に成功したと言える。もう大崎五郎の創始した大崎グループはなくなったも同然だ。それに、跡継ぎもいなくなってしまったから、どちらにしても創業者一族はいなくなる運命だしね」

「何が言いたいの、おじ様?」

 法子は喜多島さんがわざと持って回った言い方をしていることに気づいているようだ。喜多島さんは法子を見据えて、

「この責任をどう取る気だ、法ちゃん?」

 えっ? それ、どういう意味? 

「責任?」

 意外な問いかけに、法子はキョトンとした。喜多島さんはニコニコしながら、

「そう、責任。君が光子の犯罪を暴いたせいで、こんなことになってしまった。その責任の取り方を聞いているんだよ」

 私は思わず、

「そんな、酷いです、喜多島さん。法子は何の責任もありません!」

 しかし喜多島さんは尚も何かを言おうとした私を右手で制して、

「責任はあるよ。捜査に関わった者は、皆責任があるんだ。結果に対してね。その結果が自分にとって不都合だろうが好都合だろうが、関係ない。もう関わるつもりはないから、責任なんて取らないというのなら、それは身勝手というものだ」

 真顔になって法子に言った。法子は喜多島さんを見つめて、

「どう責任を取ればいいの?」

 喜多島さんは、

「もう関わらないなんて言うな。それだけでいい」

「えっ?」

 法子はまたキョトンとした。喜多島さんはニッコリして、

「法ちゃん、関わらなければそれですむのか? 君は高校生の時からいろいろな事件に関与して、犯人を見つけ出した。そして、捕まった犯人は裁かれ、刑務所に入れられている。そのことを忘れないでほしい。君の一時の感情で、関わるか関わらないかを決めていいほど、この世界は甘くはないんだよ」

「あっ……」

 法子は喜多島さんの真意を読み取ったらしい。久しぶりに見る法子スマイルだ。

「本音を言えば、中津探偵のご意見は、警視庁にとってとても貴重だということさ」

「ありがとう、おじ様」

 法子はとても嬉しそうに笑った。喜多島さんは空を見上げて、

「警察官の仕事は容疑者を見つけ出し、確保し、裁判で真実を明らかにしてもらうために証拠を集めることだ。容疑者を有罪にするために証拠を集めるんじゃない。そこのところを勘違いしている人間が多いがね」

「はい」

 喜多島さんは再び法子と、そして私も見て、

「君達には警察にはできないことができる。そして、我々は君達にはできないことができる。世の中の犯罪を全て警察が解決することは物理的にも心情的にも不可能だ。だからこそ、一般人である君達の協力は貴重なんだよ。いや、君達だけではない。他の人々もね。みんな、誤解しているようだが、事件の捜査は警察官だけがしているのではない。聞き込み、証拠品の押収、回収。どれも一般の人達が協力してくれて、初めてできることなんだ。だから法ちゃん、君がしていることは、決して特別なことではないんだよ。この日本に暮らしている人達全ての権利であり、ある意味義務でもある」

 私にも喜多島さんの言いたいことがよくわかった。

「だから、犯人がその後どうなったかについて、いろいろ考えを巡らせてみなくてもいい。犯人が刑務所にいるのは、そいつのせいだ。君が真実を解き明かしたからじゃない。もしそんなことで命を狙われるのなら、そいつは逆恨みもいいところだ」

「はい、おじ様」

 法子は晴れやかな顔で答えた。喜多島さんは大きく頷いて立ち上がり、

「私が言いたかったのは、それだけだ。法ちゃん、事件を解決することとその事件の犯人に思いを致すことは、別個の問題だ。あまり深刻に考えなくていいんだよ」

「よくわかりました。ありがとう、おじ様」

 法子は立ち上がり、喜多島さんに抱きついた。喜多島さんはちょっと面喰らったが、それでも嬉しそうに、

「いえいえ、どう致しまして」

 法子の頭を撫でた。何だか、この二人、本当の親子のように見える。


 しばらくして、喜多島さんはキャンパスを去った。私達も講義のある教室に足を向けた。

「私、思い違いをしていたわ。事件が起こって、一番気の毒なのは被害者なのよ。何をおいても、被害者のことを最優先に考えなければいけなかった。犯人の境遇や立場にばかり気を取られて被害者のことを考えていなかった。今回の事件でも、そのことを忘れていた。いくら光子さんに同情できるとしても、殺された道枝さんや和美さん、繁夫さん以上に光子さんを可哀想だなんて思うのは片寄った考えなのよ。どんな事情があろうとも、犯人に同情して、真実に目を瞑ってはいけない。そのことをおじ様に教えてもらったわ」

 確かにそうだ。日本は加害者の更生や社会復帰には力を入れているが、犯罪被害者にはあまり目を向けていない。殺された人は殺され損ということがほとんどだ。私自身、そのことに思い至ることはなかった。犯人が捕まったらそれで事件解決と考えていた。そうじゃないのだ。そこからまた、様々なことが始まるのだ。いやむしろ、そこからが本当に大変な道のりなのである。犯人が裁判で有罪になったとしても、被害者が生き返るわけではない。一家を養っていた人が被害者の場合、その収入は断たれたままだ。何も解決していない。そして、犯人の遺族にその意志がなければ、損害賠償もしてもらえない。

 最近になって犯罪被害者を法が支援するようになったが、まだまだ完全なものではない。これからもっとそういう面で改善が進められないといけない。

「私は少なくとも、自分の知りうるところで起こった犯罪に対して、逃げることはしたくない。できるだけのことはしたい」

と法子は言った。私は頷いて、

「私も、法子と一緒に立ち向かうわ。私達にできることはしないと」

「そうね」

 私は清々しい気持ちでいっぱいだった。大崎家の事件は、ややもすれば押し潰されそうなくらい嫌な思いのする事件だった。でも今はそれも乗り切った。法子となら、大丈夫。私の気持ちはとても高揚していた。事件に出会いたいわけではないが、次に何か事件が起こった時、私達は前よりずっと高い志で、その事件に対処することができるだろう。いや、事件に限らず、あらゆることに対して、強い心で臨める気がした。


 ありがとう、喜多島さん。そして、ありがとう、法子。


   

                                                               END.

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

それから、設定の都合上、相続法をねじ曲げた部分があるのはわかっています。指摘して非難しないでくださいね(汗)。

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