Act・1
【Act・1】
赤い砂の砂漠地帯。木々のないそこでは常に風が流れ、地面に波のような模様を描いては消し、また描いていく。
この国では戦争によって住める場所が少なくなったが、この地はまた事情が別だった。元々あった砂地がどんどん広がり、とうとう人が住んでいた場所まで飲み込んだのだ。
そんな人の住むには適さない場所にもまだ、小さな町が一つ残っていた。砂地でも根を張ることのできるいくつかの植物と、大きな八つの風車に囲まれたその町は貧しく、立地の関係から他所から訪ねて来る者もほとんど居ない。しかし、そのぶん町の人々は穏やかだったし、互いを支え合う生活は平和であった。
「どうだぁーハルヒーそっちは。直ったかぁー?」
「あー……もうちょーい」
ハルヒと呼ばれた少年は自分を呼んだ男の姿を、自分からやや下の方に確認して答えた。
町の一番北に位置する風車。ハルヒはその鉄塔を修理していた。腰に修理用の道具の入った工具袋を結びつけ、地上から二十メートルはあるであろう場所に梯子を掛け登っている。
まともな足場もないそこで、器用に体を捻っては必要な道具を袋から手に取り、緩んだボルトは締めなおし、剥がれ落ちそうな金属板は打ち付け直す。ハルヒにとってはもう慣れた仕事だった。
ハルヒより下で作業をしていた男も同じで、自分の仕事を終えると梯子を降り始める。
「俺、先にあがるぞー」
「りょうかーい」
「落ちるんじゃねぇぞ、ハルヒ。その高さから落ちたら、痛いどころじゃすまねぇからなぁ」
「分かってるー平気だよ」
ハルヒは最後のボルトを締めなおすと、深く被っていた帽子を脱いで、汗ばんだ額を作業着の袖口で拭った。乾いた砂地と同じような薄茶けた髪が風になびく。十七になる歳の割には子供っぽさの残る顔の、同じく茶色い瞳を風車から外へと向ける。
目の前に広がるのは広大な砂地だ。遥か遠くの地平線に、こことは別の街の影が見えるが、もしかしたら蜃気楼なのではないかとハルヒには思えた。
ハルヒはこの町から出たことがほとんどない。以前、町に必要な物資を揃える買出しに着いて行ったことはあったが、それもずいぶん前のことだ。
線路と鉄塔が細い線のように街へと伸びている。あれを辿れば確かに辿り着くのだろう。
ハルヒはこの町を出たかった。
この町のことが好きではあったが、少年に夢や希望を語らせるには、この町には足りない物が多すぎた。しかしハルヒがこの町を出ようと踏み出すには、理由と決定力が足りなかった。
「さてと……」
帽子を被り直したハルヒが梯子を降りようとしたときだ。
突然、強い風が吹いた。風車がギシギシと音をたてて羽を動かす。
「わ、とと……うわっ」
すぐに止むと思われた風はさらに勢いを増し、ハルヒと風車に吹き付けた。
「わ、わ……」
ハルヒにとってこの鉄塔の修理は慣れた仕事だった。初めの頃は欠かさずにつけていた命綱なんて、作業の邪魔になる不要なものだと思うほどに。
梯子が大きくぐらつき鉄塔からフッと離れたのを、ハルヒは愕然とした表情で見た。
「うわあああああぁっ!!」
梯子はそこにしがみつくハルヒと共に、地面へと向かって倒れていった。