Act・4
【Act・4】
『では、勝者は敗者の持っているロボットの中から、好きなものを一つ、自分の物にできます。どうぞお選びください!』
試合が終り、リングの上には対戦相手カジの所有物であるロボットが並べられ、ヒナは機嫌よくリングの上へと向かった。
「実はもう決めてるの。えっと……? ちょっと、何、アキツ」
「あれを貰おう」
ヒナを押しのけるようにしてアキツが指差したのは、リングの端に追いやられたバトラー号だった。
「冗談じゃないわ! あんな壊れかけの戦闘ロボットなんていらないわよっ」
ヒナは驚きアキツに怒鳴るが、アキツはいつもの無表情。
「勝ったのは俺だ」
「そんな」
納得いかない様子のヒナに、クナイが肩をすくめて言った。
「なんなら、あんたもアキツと戦えば?」
どう考えてもヒナがアキツに勝てるわけがない。アキツに勝てるロボットももはや手持ちにない。
「……う……分かったわよ! 好きにすればいいでしょ!!」
ヒナは投げ捨てるように言うと膨れてそっぽを向く。するとアキツはココを見た。
「ココ」
「何?」
「あれを直せないか」
「え?」
「メインのコンピューターは壊れていないはずなんだが」
そのために肩や足を狙って攻撃をしていたのか。
アキツの行動の理由を知り、ココはパッと顔を明るくした。
「もちろん! 直せるよ!!」
「そうか」
「任せて!」
ココは腕を捲くると自分の仕事道具を取り出した。ゴミ捨て場から、別の試合で壊れたロボットの部品をあれこれ見繕ってくると、その場でバトラー号の修理を始める。
壁に縫い付けられたままになっていた腕も、アキツに取り外してもらい再びバトラー号に取り付けた。バトラー号が自ら引きちぎった配線を一本一本しっかりと繋ぎ合わせる。
やがて全ての作業を終えたココは、仕上げに布でバトラー号を拭いてやると腰に手を当て全体を眺めた。
そこにはすっかり綺麗になったバトラー号がいた。
皆がバトラー号の周りに集まる。ヒナも見られる姿になったバトラー号に、眉間の皺を少し緩めたようだ。
「直ったの?」
「うん、もうバッチリ!」
「へえ、やるじゃんか。前のと、なんかちょっと違うけど」
これまで、ココの機械技師としての仕事を見たことがなかったクナイは、その腕前に少し感心してバトラー号を見た。
「では、スイッチオン!」
ニコニコとしながらココがスイッチを入れると、バトラー号から何か間の抜けた音楽が流れ始めた。それに合わせ、大きな体をしたバトラー号が、軽快な足取りで奇妙な踊りを踊り出す。
皆が唖然としてそれを眺める。
「何よこれ!」
『アソボ、アソボ、イッショニ、アソボ♪』
リズミカルにそんなことを言い出したバトラー号に、クナイが大きな溜息をついた。
「やったな……」
すると、会場に笑い声が漏れ出した。試合の結果に不満気に帰って行った客も多かったが、事の成り行きを見ようと残っていた人たちだ。
その声に応えるように、さらに可笑しな踊りを踊るバトラー号。巨大な鉄の固まりが見せる意外にも見事なステップに、会場の笑いが大きくなる。
ヒナはそれでも頬を赤く染め抗議の声を上げた。
「もう、勝手なことばっかり! 言っときますけどね、これじゃあ、あの約束は――」
言いかけたときだ。辺りにサイレンの音が鳴り響いた。
「……閉鎖命令が解かれたみたいだな」
「嘘!」
「よし、じゃあ早いとこ行こうぜ」
逃げるように走り出すクナイに、アキツとココも続く。
「うん。じゃあね、ヒナ!」
「ちょ、ちょっと待って! どうすんのよ、これ!」
慌てるヒナをバトラー号がひょいと抱き上げ、肩の上に乗せた。
『アソボ、アソボ、イッショニ、アソボ』
「ちょっとー!!」
ヒナの抗議の声は会場の笑いに掻き消され、バトラー号はヒナと一緒に踊りを続けた。
◆◆◆◆◆
しばらくして閉鎖命令の解かれた街から出発する列車に、ココたちはなんとか乗ることが出来た。二人ずつ向き合わせの席の一つに、クナイは二人分の座席を陣取って仰向けに転がった。
「やれやれだな」
そして大きな欠伸をする。ココはアキツとその前に座った。
「眠いの? クナイ」
「あ? ああ、昨日よく眠れなかったんだ」
「アキツが心配で?」
「んなわけねぇだろ!」
咄嗟に体を起こして言い返す。目の前にあるのはあの無表情。
「心配だったのか」
「違う!」
自分はロボットが大嫌いなのだ。だいたいロボットに心配なんていらないだろうが。
アキツを睨むクナイをココはまあまあとなだめる。
「寝てていいよ。駅についたら起こしてあげるから」
「言われなくたって……寝てやる!」
クナイは小柄な体を椅子の上に丸めるようにして、アキツとココに背を向けた。
やがて列車が静かに動き出し、ココは鞄を何やらごそごそやり始めた。
「じゃあ、アキツの“修理”もしなきゃね」
「どこも壊れていないが」
視線を巡らし自分の体を見るアキツにココは苦笑い。
「そこ、ほっぺた」
「……ああ、そういえば」
「痛みがないから忘れちゃうんだね」
「たいしたことはない。オイルも止まっている」
「うん。でも一応、絆創膏貼らせて。なんか、見てるこっちが痛いから」
オイルはすっかり乾いているが、アキツの右の頬にできた傷は、ぱくりと開いたままだ。それが目の前に晒されているだけで、ココは自分が怪我をしたわけでもないのに背中がざわざわする。
「見ているだけでも痛いのか」
「えへへ、なんとなくね」
「そういうものなのか。大変だな人間は」
ロボットに言葉の上だけの同情を受けて、さらに苦笑しながらココはアキツ専用の修理道具である医療用テープで、その破損箇所を塞いだ。アキツは貼られた箇所を指先で確認する。
「ココ、俺が作られた理由は、本当はなんだろうか」
「え?」
クナイはアキツを戦闘用と言った。今回のこともあり、アキツが確かに戦いに向いているということがよく分かったが――。
「俺を作った者は、なぜ俺をこの形にしたのだろうか」
「それは……」
「何か理由が――」
「別にいいじゃん、理由なんかなくたって」
「しかし」
「実際、そんな理由なんかなくたって、こうしてアキツは存在してるんだから」
ココが言うとクナイが体を起こした。
「簡単に言うなよ」
「クナイ起きてたの」
「寝られないの! お前らがうるさくて! ……理由なんかなくたっていいなんて、簡単に言うな。存在に理由が必要なんてのは、人間だっておんなじだろ?」
「あたし、ないよ?」
ココの答えにクナイは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……ああ、そうかよ」
そんなクナイにアキツが尋ねる。
「クナイにはあるのか」
「今の俺は、姉ちゃんを殺したロボットを探すために存在してる」
「それが理由か」
「それがなきゃ、からっぽだもん。俺」
「なら、いずれクナイの存在理由はなくなるのか」
続けられた質問にクナイは目を丸くしてアキツの無表情を見た。
「……それは……」
「ロボットが見つかってしまったら、その存在理由はなくなってしまうんじゃないのか」
「だから……俺は……」
クナイが返答に困ってしまっていると、ココが口を挟んだ。
「クナイ、クナイのそれって理由じゃないよ」
「なんでだよ。俺はそのために――」
「クナイのそれは目的じゃん」
言われた言葉にクナイの頭上に大きなハテナマークが浮かぶ。
「……何が違うんだよ」
「え? えっと……存在するためにあるのが理由なら、存在するからあるのが、目的?」
「同じじゃねえ? それ」
「違うでしょ? ロボットを探すっていうのは、誰に決められたわけでもなくて、クナイが自分で決めたことなんだから」
それを聞いてアキツは頷いた。
「目的なら、俺にもある。“ココロ”を見つけ、人間になることだ」
「うん、あたしもだよ。今はアキツの“ココロ”を作ること」
「その目的がなくなってしまったら……」
「そんときは、また新しい目的を作ればいいんだよ。“ココロ”ができたらきっとアキツ、もっといろんなことがしたくなるはずだよ?」
「お前は?」
クナイはココに聞いた。
「え?」
「ココはアキツの“ココロ”を作り終えたら、何かあんのかよ」
「そういえば、夢を叶えるために働いていると言っていたな」
初めて【歯車】で会った時に言った言葉を、しっかりと覚えているアキツはメモリーも優秀だ。
「うん。あー……でも、アキツの“ココロ”が作れたら、あたしの夢、叶ったことになる……のかな?」
言葉の最後の方を曖昧に濁しながら、独り言のように言うココにアキツは首を傾げた。
「ココ?」
「ああ、でもほら、あたし、まだ全然、造り屋としてはいまいちだし。やることならいっぱいだよ」
能天気な笑顔に戻るココにクナイは、やる気なさそうに椅子の背もたれに体を預ける。
「あそ。そりゃあ、よかったな」
「クナイは――」
「俺にはねえよ。その後なんて」
「あたしが決めてあげるよ! クナイの次の目的は――」
「……いいよ、そんなの」
「身長、百五十センチになること!」
「悪かったな!! チビで!」
提案された目的のくだらなさに、再び声を荒げる。
「大丈夫だ、クナイ。お前ならまだ伸びるはずだ」
続けて掛けられた抑揚のない声は、クナイの怒りを煽るだけ。
「別に心配なんかしてねえよ! というか、なんだそれは。同情か!」
「同情という感情も俺にはまだない。俺はただ、クナイの年齢は人間ではまだ成長期にあたり、その年齢だと一年に十センチ以上伸びるということもあると――」
「余計なお世話なんだよ! 第一、それは目的か!?」
「目的というより目標か……」
「頑張りましょう、みたく言うなっ!!」
大声で抗議するクナイと、それに淡々と返すアキツを笑いながら見ていたココは、ふと窓の外に目をやった。
次の街へ向かい流れて行く景色。結局今回も“ココロ”を見つけることはできなかったが、次の街では見つかるだろうか。そして、自分はアキツの“ココロ”を作れるのだろうか。
「“ココロ”を作り終えたら……か。楽しみ……だな」
呟いたココの表情はどこか複雑だった。
ROBOT HEART・4
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