最低な別れ1
小さな商会の事務員として働いていたアリサには冒険者の恋人ミランがいる。
付き合って二年、そろそろ結婚を見据え同棲を始めるため、まだ朝晩は寒さが残る早春の午後、アリサが引っ越しの荷物を運びこんでいると、不意に玄関のドアが開いた。
「わ~、可愛いお部屋~。ミランってば結構センスいいのね~」
そう言いながら、いきなり部屋へ入ってきたミランの幼馴染エリカに、アリサの思考は停止する。
一瞬、自分が部屋を間違えたのかと思ったが、部屋の家具は新居に向けて自分が購入した物であるし、壁にはお気に入りのキーホルダーを付けた鍵が掛かっている。
つまりここは、間違いなくアリサとミランの新居であった。
「えっと、エリカさん? どうして貴女がうちに?」
戸惑いながらもそう聞いたアリサを、エリカはキョトンと見返してから、包帯の巻かれた自分の足を指差してニコリと笑った。
「あれ? ミランから聞いてないんですか? 私、怪我しちゃって~、冒険者業出来なくなっちゃったから暫くお世話になりますね」
「はい?」
意味がわからない。
アリサはそう思った。
そこへ少し焦ったような声がかかる。
「アリサ、いたんだ。ちょうど良かった」
背後から聞こえた声に振り返ると、ミランが気まずそうに琥珀色の頭を掻いていた。
その声と仕草にアリサは嫌な予感しかしない。
「あー、その……エリカ、今ちょっと怪我して働けないらしくて、家賃払えなくなって追い出されたんだって」
「……それで?」
「だからさ、ここに住まわせてやろうと思って。ほら、2LDKだしちょうど一部屋余ってるだろ?」
アリサはミランに何を言われているのか理解が追い付かなかった。
まだ引っ越し作業の途中ではあるが、今日からここはアリサとミラン、二人だけの新居となるはずだった。
結婚を見据えて二人で暮らすために、何件も吟味して価格交渉して、やっと決めた新居。
そんな大切な部屋に、どうして他人が含まれているのか。
「……私、了承してない」
絞り出すように訴えたアリサに、ミランが眉を寄せる。
「そう言うなよ。エリカは他に行く宛ないんだぞ? 可哀想だろ」
可哀想、その一言で片づけるつもりなんだ、とアリサは思った。
幼馴染だからと、同郷の誼だからと、一人で可哀想だからと、何かと幼馴染を優先してきたミラン。
それでも好きだから、彼は優しいから仕方がないと我慢してきた。
けれど、二人の新生活まで水を差されるとは思ってもみなかった。
「アリサさ~ん、お茶どこですか~? 私、喉渇いちゃって~」
勝手にキッチンにある棚の扉を開けながら、エリカが間延びした声を出す。
さっき来たばかりのはずなのに、エリカはまるでこの家の住人みたいだ。
アリサは了承していないのに、ミランとエリカの中では既に一緒に住むことが決定している事実に、胸の中で何かが削られてゆく。
思えば、いつもこうだった。
一度目はミランからのアプローチで付き合うようになってから少し経ったある日。
午前中で依頼が終わるからと言われて、ギルドまでお弁当を持って行った日のことだ。
アリサは当然二人で食べるつもりだったが「一緒に食べた~い」と言われて、気づけばエリカはミランの隣に座っていた。
唖然とするアリサの返事を待つことなく、エリカは遠慮もなくお弁当へ手を伸ばすと「ちょっと味つけ薄いかな? ま、お腹空いてるから美味しく感じるよね」なんて言いながら、あっという間にアリサの分を食べてしまった。
幼馴染の存在は聞いていたけど、図々しい態度にアリサはちょっと引きつつ、たまたま一緒になっただけだと思っていた。
二度目はデートの待ち合わせをしていた時。
「偶然だね~」と手を振りながら現れたエリカは、そのまま当然のようにミランの隣に並んだ。
きょとんとするアリサには目もくれず、結局その日は最後まで三人だった。
アリサの頭の中は疑問符でいっぱいだったが、偶然が続くこともあるよね、と思った。
でも……三度目からは偶然だとは思えなくなった。
約束の時間も場所も行先さえも、全部幼馴染に聞かれるまま答えてしまうミランのせいで、エリカは気づけば彼の隣にいて会話に入り込んで、平然と腕を組み寄りかかる。
恋人であるアリサが見ている目の前で、アリサよりも近い距離をとる幼馴染。
でも何より堪えたのは、まるで恋人のように振る舞うエリカを、ミランが一度もちゃんと止めてくれなかったことだ。
ミランの恋人は自分のはずなのに、まるでアリサが邪魔者のように扱われることに、一度だけ我慢できずに泣いて縋ったが、ミランは「エリカは昔からこうなんだよ」「悪気はないんだ」そう言って「困らせるなよ」と溜息を零した。
エリカの涙のお願いは手放しで叶えるくせに、アリサの涙と訴えには面倒そうにする仕草に、それ以上止めてほしいなんて言えなくなった。
言って「心が狭い」と思われるのが怖かった。
いい彼女でいたかった。
面倒な女だと嫌われたくなかった。
だから呑み込んだ。何度も、何度も。
その度に心が少しずつ削れていくような気がした。
それでもミランが好きだったからこそ、いつかは自分だけを見てくれると信じていた。
同棲すれば、変わるかもと期待した部分もある。
結婚を前提にした同棲が始まれば、ちゃんと線を引いてくれるって、アリサが隣にいることを選んでくれたんだって、そう信じていた。
それなのに目の前にいるのは、ずっと楽しみにしていた新居に土足で上がりこんできたエリカと、それを当たり前のように受け入れているミランで……。
ああ、もう無理だ。
これ以上は削られるものが残っていない。
俯いて黙ってしまったアリサに了承してくれたと思ったのか、ミランは茶葉の入った缶をエリカに渡しながら、軽い調子で手を叩く。
「あ、外にキャリーカー待たせてるんだった。アリサ、荷物運ぶの手伝ってよ」
「は?」
思わずアリサは顔をあげた。




