予想外
港町に戻ってくると、シオンとジェイクはギルドへ依頼の報告に向かい、ルーンとフィルは少女を連れて宿屋へ。
階段を上がって二階へ行く途中、カウンターにいた男性が、びしょ濡れの少女の姿を見て目を丸くしながら吃驚していた。
「(……そりゃ驚くわよね)」
ルーンは内心でそう思いながら、少女の後ろを歩き、部屋へ。
中に入ると、少女はルーンたちに振り返り、改めて口を開いた。
「……わたし、なまえ……ふい……ふい……」
少女は口をもごもごと動かしながら、必死に言葉を探す。
「……ふい、らあら……ふいらあら……ふいらあら」
「ふいらあら?」
フィルが首を傾げる。
「……“フィラーラ”って言いたいんじゃないかしら?」
ルーンがそう言うと、少女は目を輝かせて、こくこくと何度も頷いた。
「ふい、ふぃらあら!ふいらあら!」
「フィラーラ……それがあなたの名前なのね」
ルーンが言うと、少女――フィラーラは嬉しそうに笑った。
「あなたたち、なまえ、しりたい」
二人は自分の名前を順番に伝える。
「ルーンよ」
「オレはフィル」
それを聞いたフィラーラは、きょとんとして口を開いた。
「……るうん……ふ、ふい……ふいる……?」
必死に口を動かすが、どうしても少し違ってしまう。
フィルは思わず笑って、もう一度自分の名前を言った。
「フィルだよ」
「ふ、ふい……、ふぉ、ふい…」
けれど、やっぱりうまく言えず、フィラーラは眉尻を下げる。
「にんげん、ことば……む……むごかしい……」
「むごかしい」
「“難しい”、ね」
ルーンがそう教えると、フィラーラはハッとして、今度は流暢に、ルーンたちの知らない言葉を喋り出した。
「────」
「……?」
今度はルーンとフィルの番だった。
「あー、…な、何て言ったの?」
ぽかんとしたフィルに、フィラーラは首を傾げながら言う。
「あ。これ、わたしたち、ことば。にんげん、ことば……むごかしい。わたしたち、ことば、にんげん、むごかしい」
どうやら、フィラーラに人間の言葉が難しいように、フィラーラたち人魚の言葉も人間には難しい。という事が言いたいらしい。お互い様だという事だ。
「…ちがう、ふたり、なまえ、…しりたい」
「違う二人?…シオンとジェイクさんの事?」
そしてルーンたちはシオンとジェイクの名前も伝えたが、ジェイクの名前にも彼女は苦戦していた。
「……じぇ……じゃ……ぐい……」
「……ジェイクの名前も言えないみたいね」
そのやりとりをしていると、扉が開き、シオンとジェイクが戻ってくる。
入ってくるなり、ジェイクの苛立った声が響いた。
「くそっ、あの野郎、舐め腐ってやがる!」
悪態をつきながら、ジェイクはベッドにどかりと腰を下ろし、腕を組む。
「どうかしたの?」
ルーンが聞くと、シオンが答えた。
「明日出航予定だったラ=パープル行きの船が、急遽、出航中止になった」
「……は?」
ルーンとフィルは目を見開く。
「船、出ないの!?」
フィルの声に、ジェイクは舌打ちする。
「理由を聞いても?」
「…ダリアン絡みだよ。あいつが清掃作業をわざと遅らせてるらしい」
新しい“汚れ”が見つかったから、それが完全に綺麗になるまでは船着き場の作業は中止。
その間、船は一切出航しない。
「『僕はね、汚れを見つけたら完璧に綺麗にしたい主義なんですよ。だから、この汚れが片付くまでは船は出航しません』……ってな」
ダリアンの口調を真似て言い、ジェイクは仰向けに倒れた。
「ふざけんじゃねぇ……!」
船が出ない。
それはつまり、西の大陸へも、ブルーのもとへも行けないということだ。
「どうする?」
シオンはルーンを見た。
ルーンは眉をひそめ、静かに息を吐く。
そこへ、フィラーラが不思議そうに口を挟んできた。
「……ふね?」
「オレたちは、明日、船に乗って、ここを離れるつもりだったんだよ。だけど、無理になったみたい」
簡単に事情を説明すると、フィラーラはきょとんとして首を傾げた。
「…………、」
そして、少し考えたあと、ぽつりと言う。
「……ふね、あるよ」
「どういう意味だ?」
シオンが聞くと、フィラーラはにっこりして答えた。
「わたし、いた、ふね……まだ、うごく」
フィラーラが口にした船とは、西の海岸にあったあの船のことだろう。
「残念だけど、あの船じゃラ=パープルへは行けないわ」
ルーンがそう言うと、フィラーラは首を振った。
「ふね……なおす。わたし、できる」
その言葉に、部屋の空気が、ぴたりと止まった。




