謎の少女
「……まじゅう、いない」
ぽつりと、少女は呟いた。
きょろきょろと周囲を見渡しながら、濡れた髪を揺らす。その視線は砂浜と岩場を行き来していて、その言葉から魔獣の姿を探しているようだった。
「フィル!ジェイク!」
船のあった場所から戻ってきたシオンとルーンは、フィルたちのもとへ駆け寄り、目の前に立つ少女を見つめる。
「あっ、シオン!あの子、いきなり海から出てきたんだよ!」
フィルが驚いたまま言うと、シオンは頷く。
ジェイクは腕を組み、少女の姿をまじまじと観察した。
「………、」
少女は全身びしょ濡れで、髪も服も水を滴らせているのに寒そうな素振りひとつない。濡れていても気にしていない、という様子だった。
海から現れた。という事実が、ジェイクの中でもっとも引っかかり、彼の中で疑問が膨らみ続ける。
「(これは、もしかしすると…?)」
あるひとつの答えに辿り着き、ジェイクは眉をひそめた。
「シオン。あいつは――おそらく人魚だ」
シオンの方に顔を向けて言うと、彼はジェイクの方を見て、同じく眉をひそめる。
「人魚って?」
ルーンが首を傾げた。
「半分人間で、半分魚の“ローレライ”って呼ばれてる種族だ。海底深くに住んでて、滅多に地上に出てこない珍しい連中さ」
ジェイクは口元を緩ませながら続ける。
「人魚にはな、“幸運を与える力”があるって噂もある。その姿を見たやつには、もれなく幸運が授かるって話だ。――俺は信じてないけど」
「幸運…」
説明を聞き、ルーンは顎に手を添える。
眉唾ものね。と、心の中で思った。
「……まじゅう、あなたたち、やった?」
少女が首を傾げながら、たどたどしく尋ねてくる。
その問いに、シオンは短く答えた。
「ああ」
それを聞いた瞬間、少女は目を見開き――、ぱっと表情を明るくする。
「いなくなった…!…よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
「ここ、わたし……おきにいり、ところ。ずっと、まじゅう、いた、から……こまってた」
そう言って、少女は四人のそばまで歩み寄り、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう」
髪に留められた髪飾りが、きらりと光る。
「わたし……おれい、したい。まじゅう、たおした……おれい」
屈託なく笑いながら言う少女に、ルーンたちは顔を見合わせる。
「俺たちは別に助けたわけじゃない」
シオンがそう言うと、少女は彼の方を見て、きょとんと首を傾げた。
「まじゅう、いなくなった。あなたたち、おかげ。わたし、こまってた。だから……おれい、する。したい」
言葉を探すように、顎に手を添えながら必死に伝えてくる。
それでも、シオンは首を振った。
「礼はしなくていい」
だが、少女は聞く耳を持たなかった。
しばらくシオンと少女の会話は続いたが、一向に進まないそれにしびれを切らし、ジェイクが口を挟む。
「まぁ、いいんじゃねぇの?」
「ジェイク」
「減るもんじゃねぇしよ。したいって言うなら、させてやれよ」
「おれい、したい。わたし……なんでも、する」
少女はにっこりと笑った。
その屈託のない笑顔に、シオンは深く息を吐く。
「……オレ、人魚って初めて見たよ」
フィルが、ぽつりとルーンに言った。
シオンとの会話が終わったあと、ジェイクはフィルの肩に手を回し、ニヤニヤと笑う。
「人魚には美人が多いらしいぜ。運が良けりゃ、ひとりくらい紹介してくれるかもな」
その顔は、すっかり緩みきっていた。
「び、美人……」
フィルは呟き、頬を赤く染める。
一体、何を想像しているのか。
「……………」
その様子を見て、ルーンは無意識に眉をひそめた。




