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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
159/168

たった数日





「ほお。ここがサクラ村か」


 夕暮れ色に染まり始めた空の下、ターナは村の入り口に立ちながら目を細めた。風に乗って桜の花びらが舞い、石畳の道を淡い色で埋めていく。


「……して、その清龍とかいう奴の家はどこにあるんだ?」

「こっちです」


 フィルは小さく返事をし、村の奥へと歩き出した。

 北の大陸を出発してから数日。二人はようやく東の大陸へ辿り着いた。


 港町へ到着した船がゆっくりと停泊し、他の乗船客たちとともにタラップを降りる。

 潮の香りと、人々の賑わい。北とはまた違う空気に、フィルはどこか懐かしさを覚えていた。


 港で休憩を挟んだあとにサクラ村へやって来たため、到着した頃にはすでに日が傾き始めていた。

 道の両脇に並ぶ桜の木々から、花びらが絶え間なく降り注ぐ。その中を歩きながら、ターナは周囲を興味深そうに見渡していた。


 やがて、一軒の家の前でフィルは足を止める。


「ここです」


 ターナは家全体を眺め、率直に口を開いた。


「随分と小さな家だな」

「この大陸の家は、だいたいこんな感じらしいですよ」


 そう答えながら、フィルは引き戸の脇に取り付けられた呼び鈴を押した。

 ピンポン、と軽やかな音が家の奥へ響き、少しの沈黙のあと。


「きゅうっ!」


 という鳴き声が聞こえてくる。

 続いて、カリカリと何かを引っかくような音。ガラス戸の向こうに、ぼんやりと青い影が揺れていた。


 そして、ガラリと戸が開く。


「!」

「……来たか」


 姿を現したのはシオンだった。


 まさか彼が出てくるとは思わず、フィルは目を丸くする。しかしシオンは特に気にした様子もなく、いつもの無表情のまま立っていた。

 同時に、足元から青い影が飛び出してくる。


「きゅうっ!」


 ブルーテイルが勢いよくフィルの胸へ飛び込んだ。


「うわっ、と……」


 小さな体を受け止めると、ブルーテイルは嬉しそうに尻尾を揺らす。


「フィル。いらっしゃい」


 その背後から清龍が歩いてきた。

 穏やかな笑みを浮かべながら、自然な様子で二人を家へ招き入れる。


「長旅だっただろう。とりあえず上がってくれ」


 案内された客間には、ホワイトとグリーンの姿があった。

 二人とも特に何かしているわけではない。ただ静かに座り、時間そのものを眺めているような空気を漂わせている。


 ルーンとフィラーラの姿はないようだ。


「戻ってきたか、金色の子」

「随分と遅かったな」


 動かないまま、顔だけをフィルへ向けて二人が言う。


「……何してるんだ、二人とも」

「見て分からないか。何もすることがないからボーッとしている」


 フィルが呆れたように聞くと、ホワイトが真顔で答えた。あまりにも堂々とした返答に、フィルは口元を引きつらせる。

 そのとき、グリーンの視線がターナへ向いた。


「フィル、そこにいるのは誰だ?」

「あっ」


 完全に紹介を忘れていたことに気づき、フィルは慌ててターナの方を見る。

 彼女を皆へ紹介しながら客間へ入ると、グリーンはじっとターナを見つめ、細く目を細めた。


「……ほお。おぬし、狩る者か。こんな場所にいるとは珍しいな」

「今は此奴の護衛としてここにいる」


 ターナは腕を組み、淡々と答える。


「そうそう死ぬようなタマではないと思うが、一応、此奴はもう王なのでな。死ぬ気で守れと言われた」

「王?」


 グリーンの眉がわずかに動く。


「……なるほど。フィルは王になったか。ということは、前王は……」


 その先を聞かれ、フィルはほんの少し視線を落とした。


「……次の世界に旅立ったよ」


 静かな声だった。


「そうか……」


 グリーンも静かに呟いて、頷く。

 周囲にしんみりとした空気が流れるが、その空気を切り裂くようにブルーテイルが突然ぴくりと耳を動かした。


 瞬間、玄関へ向かって一目散に駆け出す。

 ブルーテイルが足を止めると同時に、ガラリ、と引き戸が開いた。


「ただいまー」


 帰ってきたのは桃華と依千蔵だった。そして、その後ろにはルーンの姿もある。


「きゅうっ、きゅうっ!」


 ブルーテイルは飛び跳ねながらルーンの足元へ駆け寄った。


「ただいま」


 ルーンは自然に口元を緩め、その頭を優しく撫でる。

 その姿を見つめた瞬間、フィルの胸がどくりと跳ねた。


 ほんの数日しか離れていないはずなのに、雰囲気が以前とまるで違う。

 柔らかな黒を基調とした衣服。整えられた紫の髪。そして、どこか学生らしい空気を纏った姿。


 知らない一面を突然見せられたようで、視線が離せなくなる。


「あ、フィルさん!」


 靴を脱ぎながら、桃華が声を上げた。

 その声につられ、ルーンもフィルの方を見る。


「おかえり、三人とも」

「兄ちゃん、腹減った」

「夕飯までもう少しかかる。着替えて待ってろ」

「はーい」


 依千蔵は返事をすると、廊下を駆けていった。


 一方で、ルーンはじっとこちらを見たまま動かないフィルに気づき、小さく首を傾げる。


「フィル?」


 靴を脱ぎ終え、彼の近くまで歩み寄る。

 フィルは顔を赤くし、慌てたように視線を逸らした。


「ん?」


 さらに首を傾げるルーン。

 その様子を見て、桃華がくすりと笑った。


「ふふっ。フィルさん、今の貴女を見て驚いてるのね」

「え?」


 ルーンは自分の髪に触れる。


「何か、おかしいかしら?」

「いや、おかしくはない」


 答えたのはフィルではなくホワイトだった。


「私のルーン。金色の子は、ただ心拍が上昇しているだけだ」

「ちょっ、!」


 フィルの目が勢いよく見開かれる。

 しかしホワイトは涼しい顔のままだ。


「……そう」


 ルーンは納得したような、していないような曖昧な返事を漏らす。

 そこへ、ターナが彼女の着ている衣服を見て静かに口を開いた。


「その格好は学び舎の制服だな。ここへ来る途中、同じ服を着た者たちを何人か見かけた」


 初めて聞く声に、ルーンの眉がぴくりと動く。

 彼女はようやくターナの存在へ意識を向けた。


「……誰?」

「あ、えっと……」


 フィルが説明しようとするより早く、ターナが口を開く。


「私はターナ。此奴の護衛だ」


 そう言って、彼女は親指でフィルを指した。


「ええと……成り行きで、ついてくることになっちゃって……」


 フィルは困ったように眉尻を下げる。


 ルーンは黙ったまま、ターナとフィルの顔を交互に見つめた。

 そして無意識のうちに、腕に抱えていた本を少し強く握りしめる。


 その指先に、かすかな力がこもっていた。



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