第十章「風の勇者」2
タンは剣を受け取りつつ言った。
「いや・・・無理ですよ。あんな魔人の軍勢に勝てるわけないじゃないですか」
「おい、じゃあなんで受け取るんだよ。私はチカラのある者に剣を渡し勇者にするのが使命。今お前は勇者になったんだ。今更取り消すことはできない。お前みたいな愚鈍に剣を渡してしまったということは、私は人間の未来を犠牲にしてしまったことになる。だからせめて、自分の村ぐらいは救ってみせろよ」
タンは黙ったまま俯いた。
「剣を振り回して魔人の群れに突っ込むだけだ。これほど簡単なことはない。できるな?」
それでもタンは震えていた。
「心配しなくても私がついて行く。よくここに来る少女、ラムと言ったか。彼女も今ならまだ生きているぞ」
タンの頭に電撃が走った。
(今ならまだ、救えるのか?)
「時間がない。早く行け」
タンは風の精霊の言葉に深く頷くと、一気に山を駆け下りた。
尋常じゃない速度だった。
(身体が軽い!まるで宙に浮いているみたいだ)
まるで追い風が吹くように、強風が自分を押し流してくれている。
そのまま下るのに30分近くかかる山道を5分で駆け下りて、村を包囲していた漆黒の魔人達の前に出た。
疾風の勢いで向かってくるタンに、魔人達が驚きつつもすぐに敵と判断して、剣を構える。
タンには何故か自信があった。
(この風は信頼できる。そんな風がついている)
人格すら変えられそうな、強力な風の恩寵にタンは勝利を確信していた。
「風がついている!」
タンはそう叫び、燃え盛る村を確認しつつ、魔人の群れに斬り込んだ。
タンが剣で横に薙ぐと、剣は翠の輝きを増して、強風が発生し、魔人の身体を引き裂いていく。
そして、その風がタンの周囲で荒れ狂い、魔人達は容易に近づくことはできない。
しかし、飛び上がった魔人の1人が、空からタンに襲いかかる。
強風はまだ空には吹いていないからだ。
タンはその瞬間を見ていない。
目で捉えずとも風が全てを伝えてくれていた。
風を感じるタンの感度に関しては既に述べた通りで、風はタンの目それ以上に機能している。
タンが剣を振り上げると、風の刃が魔人を空中で両断する。
大好きな風に乗り、敵である魔人を圧倒する感覚は、タンにとって最高の快感だろう。
タンは自分が風の勇者であることを完全に自覚していた。
「世界の風は汝のために・・・」
囁くような風の声が聞こえてくる。
本当にそうだった。
どこに訪れてもその場の風がタンに味方する。
タンにとっての追い風は、相対する者にとって強烈な向かい風となって襲いかかるだろう。
魔人を次々と薙ぎ倒す中で、村の生き残りを連れ出そうとする一団と、おそらくこの魔人達を指揮している者の姿が見えた。
それは他の魔人以上に威厳ある漆黒の鎧に身を包み、氷のように透き通った美しい長剣を携えている。
「なんだ貴様は?どこから湧いて出た?」
指揮する者がタンに聞いた。
「お前に教える必要はない」
タンは剣を振り回し周りに旋風を起こしたが、指揮者は動じず、それどころか悠々と旋風の中に入ってくる。
「俺はコールド。貴様を倒さねばならんようだな」
コールドはそう言うとタンに向かって長剣を振り下ろし、タンもそれに対応して剣を交えた。
鍔迫り合いとなったが、当然タンの風がコールドに襲いかかる。
コールドもそれに険しい顔をしたが、タンの方がもっと辛そうな顔をしていた。
コールドの長剣から放たれる冷気をタンは受けて、まるで皮膚に突き刺さるかのように感じていたのだ。
「ぐぬう」
タンはたまらず悶えた。
「タンッ!」
聞き覚えのある声がする。
タンがその方を見ると、魔人達に連れ去られる家族とラムがいた。
「お前はタンというのか。そしてあの小娘はお前の知り合いと言ったところだろう。助けたければ俺を倒すことだ」
「貴様・・・」
タンは辛うじて、コールドの剣圧に耐えていた。
というよりも風が剣を押し返していたという方が正しいだろう。
一方、コールドはタンのステータスを見て驚いた。
勇者 レベル12
勇者という存在が魔人にとっての天敵だということは、魔人にとっても常識だった。
そして、その装備品についても驚かされる。
風の精霊剣
レア度:ユニーク
攻撃力:最大 風属性
(コイツはここで始末しなければ)
コールドは思った。
そして、タンはこの強敵に対抗する手段はないかと考えはじめた。
戦闘経験はないが、幸い風を操る感覚は既に最高峰のものになっている。
コールドを倒すためには、雑魚どもを蹴散らすための風と、強者に打ち勝つための風とを使いこなす必要があるというのが、タンの導き出した答えだった。
まず、タンはコールドと距離を取るために後ろに飛び退き、自分の剣に風を集め出した。
そして、その風を纏いコールドに向かって突進する。
その間、全ての風がタンに集中しているため、辺りは驚くほど無風だった。
勢いよくタンとコールドの剣がぶつかり、コールドが少し後退する。
(この重圧ッ・・・!)
コールドはその剣の重みに驚いたが、次の第二波でその思考も何もかもが消し飛ばされる。
「くらえッ!」
タンの剣から圧縮された風が、コールドに向けて解放された。
〜勇秘奥・ゲイルプレッシャー〜
タンが土壇場で編み出した必勝技だった。




