93話 劣勢
「いやあ……暗殺を目論んでいたのが、まさかこんな大事になってしまうとは。殺せたとしても成功とは言い難いな、はっはっは……」
フッコとブリークハイドと近接戦を繰り広げるマダム紅へと歩み寄りながら、凱士安はそう言って口元を笑わせる。
銃弾を受けた腹部には彼の部下たちが血止めを施していたが、それでも立って歩けば血が滲む。致命傷に見えるのだが、凱は意に介する様子がない。
マダムはもう死にかけている彼にはさはど興味がないようで、一瞥を向けると共に銃口を向けた。
「人間でもないお前が、この街に人種だ差別だとややこしい感覚を持ち込んでくれたものだ。目的は街の分断と支配かね?」
「自己と他者の差異への嫌悪。我々星の意思は人間のその感性を好ましく捉えている」
マダムの銃口が火を吹いた。ドドドドドドと弾丸の雨が連なって凱を襲う。
凱の両脇に立つ側近二人が同時に魔法を唱えて斥力の力場を形成したが、全ては防ぎきれずに凱の胸元の脇腹を銃弾が貫いた。
ダメだ、あれは死んだ! 俺たちの誰も彼を守る余裕がない。弾切れもなく続く弾幕を前に、自分たちの身を守るだけで精一杯だ。
だが凱は倒れず、マダムへとさらに問いを重ねる。
「……人間の不合理や矛盾が、好ましいと言うのかね。わからんなあ……相違への不寛容、違うことへの恐怖、全てが争いの種だ。人間の抱える厄介なサガにしか思えないが……」
「だからこそだ。仮想敵を作ってやれば大局が見えなくなり、猿のように声を上げて争い続けるのがお前たち人間だ。御し易いよ」
「ははは……否定は、できないが……」
そう告げるマダム紅へ、凱士安は一歩、また一歩と近寄っていく。
両隣で彼を守っていた部下も、魔法の力場を破られて撃たれて倒れた。
あと五歩、あと三歩。ボロボロの士安は、血染めのシャツの前身頃をバッと開く。そこにはくくりつけられた大量のダイナマイト。士安は自爆するべく起爆ピンに指をかけた。
が、寸前……白刃が凱の手首をヒュンとすりぬける。
「いやいや、自爆はなしでしょ。父さん」
「秀英」
横入りしてきた息子の剣に手首を斬り落とされて、士安は呆気に取られたように目を丸くする。
次の瞬間、士安の体が大量の銃弾に食い破られる。ボロ切れのように床に転がった彼は、暗殺計画を成就させることなく二度と動かなくなった。
一度刺しただけで飽き足らず、二度父親を手に!
「秀英、お前!!!
思わず叫んだ俺に、彼は父親を実質的に殺したばかりとは思えないような表情を見せる。
お説教をされそうになった子供のように、面倒臭いなぁとばかり肩をすくめて見せたのだ。
「はいはい、なんですか〜。父親殺しはよくないぞ〜とか言っちゃいます? いやいや、笑わせないでくださいよ。関係ないですよね? ポッと出の部外者で、おまけに転移者でこの街の事情もほとんど把握できてないアリヤさんには」
「俺が関係あろうがなかろうが関係ないだろ! 酷い真似を……!」
「勝ち馬に乗りたいんですよ、僕。父さんもあなたたちもマダムを殺せないんだから勝ち目ないでしょ? じゃあほら、こっちに着くしかないじゃないですか。殺せない相手に挑むなんて自殺行為ですよ。父さんなんてダイナマイトで自爆攻撃する気だったみたいですし、それに巻き込まれたんじゃ心中だ。はあ、やだやだ。物騒ったらないですよねえ」
ヘラヘラと言い放つ秀英に、俺はたまらず血茨を槍のように伸ばす。
エクセリアも俺と同じように憤りを感じたのか、同じタイミングで掌から雷撃を放った。だが秀英は判断も素早く後退して、俺たちの攻撃から間合いを取って逃げる。
マダム紅が秀英へ「下がっていろ」と声をかけるのが聞こえた。
下がっていろ?
その一言が、俺に強い違和感を覚えさせる。
ここまでマダム紅は、まるで味方や部下を顧みない戦いを繰り広げてきた。俺たちを撃つためなら仲間を巻き込んでも構わないというスタンスだ。
だが秀英に限って、気遣うような声をかけた? いや、優しい口調や声色では決してないが、それにしても下がっていろだって? 秀英は確かにマダムの部下の中じゃダントツで働いているが、まだ戦闘が終わったわけじゃないし労う段階じゃない。おかしくないか?
抱いた疑問が俺の視野を広げさせた。マダムの攻撃からどう身を守るか、どう攻勢に転じるかばかりに目が行っていたが、炎上して弾丸が乱れ飛ぶ大広間の中に、何をするでもなくマダムの部下が数人残っているのが目に留まる。
8、9、10……秀英や雷とは別に12人、マダムの部下が離れず留まっているのだ。
マダムを見捨てて逃げるわけには行かずに待機している? いや、棒立ちで眺めている方がよっぽど不義理だ。
残るならせめて武器の一つでも構えているべきだろうに、手ぶらで突っ立っている奴すらいる。
「ぬおあああッ!!!!」
怒気と共に、フッコの剣がマダムを肩の位置で横に裂いた。連携して動いたブリークハイドのメイスが彼女の頭部を叩き潰す。
あれは俺でも死ぬ。自動再生の類もこの世界のルールである魔法の範囲内で動いているわけで、想像の余地なく頭を叩き潰されて即死してしまえば死ぬはずなのだ。
だが、マダムは即座に再生を果たす! 10歳ほど刻みに若返っていっていたのでさらに殺せば若返りすぎて赤子になるんじゃないか? そんな希望的観測も頭の片隅にあったのだが、再生を果たしたマダムの年齢は20代のまま固定されている。
「ありゃあ再生じゃねえな。最適化だ」
俺の疑問を読んだかのように声をかけてきたのはアブラだ。俺とエクセリアが盾にしている炎上ゴーレムの影に入り込んできた。
アブラは炎を帯びた衣服を纏っていて、炎上ゴーレムと彼とで挟まれる形になって異様に熱い。
そもそもアブラの放った炎が楼を燃え上がらせているせいで、大広間の空気はサウナほどに熱されてきている。
熱だけじゃなく黒煙が充満していて、吸う息が苦しくて視界がぼやける。
不快げに汗をダラダラと流すエクセリアが「熱いぞ!」とアブラに文句を言うと、彼はガスマスクの下でゲタゲタと笑う。
「テレビゲームじゃねェんだよ、火には煙が付いてくる。煙を吸えば苦しい。当然だろうが? だから俺はガスマスクをするんだ、賢いからなァ」
「ずるいぞ! 私にもマスクよこせ!」
「用意してるわけねえだろ。これでもお前らのとこにできるだけ炎と熱と煙がいかないよう細やか〜に調整かけてんだぜ? でなけりゃとっくに蒸し焼きか一酸化炭素中毒だ。ガハハハ!」
「ええい、雑なのか繊細なのかわからん真似を!」
エクセリアの文句もまあわかる。熱さでどうにも考えがまとまらない。
「アブラ、再生と最適化ってなんか違うのか」
「ああ? 言葉通りだよ。復活するたびに能力がアップデートされてんだ。体が武器化する箇所が増えて変形スピードも火力も上がって身体能力も上がってやがる。見ろよ、さっきまでイイ線いってた深層六騎二人が今の再生で奴についていけなくなってきてやがる」
アブラが指した方向へ目をやると、ブリークハイドとフッコが劣勢になりつつある。
二人の動きが悪くなったわけではなく、マダムの身体能力がさらに向上したのだ。
砲身を象った腕を振り回せばフッコの大剣が弾かれて、放たれた砲撃でブリークハイドの盾が大きくブレる。
時間がない。あの二人はまだ辛うじて対応できているが、あと二度、いや次に最適化されてしまえば誰の手にも負えなくなるかもしれない。その前に決着を付けなくては。
細かく考えを練っている余裕はなさそうだ。俺はとっさの閃きを口にする。
「アブラ、俺に考えがある。手を貸してくれないか」




