87話 共有するビジョン
「おう突っ込めアリヤ! 雑魚は散らしてやる!」
「助かる!」
アブラの両腕から炎が放たれて、俺の両脇に炎のラインを形成する。
これで余計な横槍は入らない。マダム紅を真正面に見据えて、血の斧を片手に距離を詰めていく。
大勢の増援が来てから様子見に徹していたマダムだが、近付いてくる俺を見て再び瞳に好戦の色を宿した。
彼女は右腕を前に伸ばし、「『死亡工厂』」と静かな声を張った。
すると奇妙なことに、彼女の五指が黒い筒へと姿を変える。掌や前腕部の皮膚が黒く変色して剥がれて裏返り、骨と血管が鉄軸とケーブルへと変貌を遂げて、それらが組み合わさった彼女の腕はガトリング砲の姿を成す!
「避けるか防ぐか、ハチの巣で死ぬか。どう対応するか見ものだねえ」
「物騒な魔法を使う……!」
もちろん見掛け倒しのハッタリじゃない。キュルルと回転し始めた砲身の腕から、怒涛の勢いで弾丸が吐き出された。
指から変化した砲口がタパパパパパパと火を噴いて、口紅ほどのサイズの弾丸が掠めた俺の左腕が一瞬でもぎ取られる!
「痛――ッッ!!!?」
「御大層な血液の鎧も、これで削げる程度なら大した意味はないようだね。ほら、そのまま全身弾けてしまうといい」
痛い痛い痛い!! 斬られる撃たれる焼かれる折られる、この世界に来てから結構色々なダメージを経験してきたけど、どのダメージもギリギリ個人が携行できる火力の範疇だったと思う。
だがこれはまずい、兵器の域だ! あのガトリング砲に弾切れの概念があるのかはわからないが、仮に三分間撃ち続けられるとすればそれはもうちょっとした軍の部隊だ。
激痛と動揺で無軌道に散らばりかける思考。いや焦るな、慌てればそれこそ死ぬぞ。
左腕をもがれたと同時、瞬間の思考を巡らせた俺は弾丸の勢いに乗じて大きく後ろへ飛ぶ。
「右後ろに思いきり転げろ!」
「ああ!」
俺の意図を察したアブラが怒鳴る。言葉に甘えてその方向へ身を転げさせると、アブラが三体造った炎上無機兵のうち一体がドスドス足音を立てながら俺を弾丸から守る位置取りへと移動してきた。歩く壁役ってわけだ、助かることこの上ない。
と言ってもゴーレムだって無敵じゃない。コールタールと諸々で形成された高温の体にマダム紅の弾丸が続々と突き刺さっていて、ギョオオとうめくような声を漏らしながらゴーレムが揺らぐ。
もってあと10秒か? 急いで立て直せ。
俺は揺らぐゴーレムの背後から顔を覗かせて、今の自分の位置とマダムまでの距離を目測で測る。
まったく正確じゃないけど、おおよそ20メートルってとこだろうか。直線的に突っ込めばすぐのように見えて、その実走ってみると見た目より遠く感じる、そんな距離だ。特にガトリング砲で狙われながらでは。
だったらどうする? 回り道をしようにも俺の両脇はアブラの炎魔法が塞いでいる。遮蔽物らしいものもこれといって見当たらない。
じゃあ素直にあの弾丸を浴びながら近寄るか? やせ我慢をしながら? 無理だね。いくら俺の再生力が高いからって、あんな弾幕を真っ向から浴びたんじゃ再生が追い付かずに死にかねない。漫画で再生力キャラがなあなあで倒されるときの定番じゃないか、そんなのごめんだ。
それなら。
俺は再生した左腕をグ、パと開け閉めして動作を確かめつつ、今にも倒れそうな炎上ゴーレムの右手側から前へ出た。
ここまでずっと撃ちっぱなしのマダムは、俺が姿を見せたことに慌てる様子もなく砲身をこっちへと向けてくる。
俺は動じず、ゴーレムの裏に隠れていた間に血で生成した弓で矢を放つ。さらに背中の血茨のうち二本を螺旋させるように絡めてマダムへと伸ばした。
さっきは先を取られてしまったが、向こうがバカスカ撃ち始める前にこっちから仕掛けてしまえばどうだ? 向こうが遠距離ならこっちも遠距離、タイミングをずらした波状攻撃だ。
しかしマダムも動じず、付近に控えていた部下たちをあごでしゃくる。すると部下のうち数人が続々と立ち塞がり、マダムへと身を挺する肉壁となった。
放たれた矢と血茨の槍に貫かれたのは彼らだ。ダメだ、これじゃ意味がない!
「糞の役にも立たない部下連中にも、肉壁としてなら使い道があるものさ」
そう嘯いたマダムは、再び俺を狙って弾丸を放ち始める。
二度同じ轍を踏んでたまるか。俺は背中にさらなるイメージを増築していく。
人体の背骨、そのうち胸椎は12個のパーツが連なっている。その一つ一つに突起状の部分があって、俺の背の血茨はその部位から生やしているイメージだ。
12個あるなら12本までは増やせる! 俺は背中の肉を有刺鉄線が食い破る痛みに歯を噛みながら、血茨の本数を増やして、ガトリング砲の弾丸を防ぐべく体の前面で即席のシェルターを編んだ。
恐ろしい威力の弾丸が血の鉄線を削って噛みちぎっていくが、それでも鉄血のシェルターは即座には破られない。
何秒持つ? 五秒……いや三秒? 俺は弓を撃つために足元に置いていた斧を再び手に取り、稼いだわずかな時間で距離を詰める。この距離からなら!
「ッうおおおおおっ!!!!」
思いきり腕を引いて、カタパルトめいた勢いで大斧を投げた。
重量のある刃が回転しながら飛ぶ。うまく投げられた。マダムの胴体を両断するコースだ!
だが、マダムは飛来する斧を見てさえまるで動じない。彼女が再び死亡工厂とつぶやくと、ついさっきの右腕と同じように左腕がみるみる黒い砲身へと姿を変えていく。
どちらもが重量感のある砲身へと変形した両腕で、マダムは飛んできた大斧を撃ち落とすべく銃口を構えた。再生で若返った彼女は、どこか無機質な気品を滲ませて乾いた笑みを浮かべる。
「有刺鉄線の触腕に血の武器……藤間或也、お前の状態を図りたかったが、その程度の力なら特に気に掛ける必要もなさそうだ」
その瞬間、観戦ムードを醸していたリズムが指を鳴らす。
「ジャストアイディア。アリヤ、君は僕とビジョンを共有できるかな?」
「ああ共有させてもらう! 今だけな!」
「……!?」
マダムの銃口が天井を向いた。付近に控えていた部下たちのうち二人が突然マダムへと組みつき、連射で焼け付いた砲身の熱に怯みもせずに、力任せで銃身を逸らしたのだ。
この紅血楼へと乗り込んでくる直前、俺はリズムから一つだけ情報を聞かされていた。
マダム紅の部下たちの中に何人か、リズムが事前に洗脳を施した連中が混ざっていると。
ただそれが何人いるのか、どんな顔のやつなのかをリズムは一切教えてくれなかった。知らせてしまうとそこから露見しかねないからと、アブラにも教えていないのだと。
俺が愚直にマダム紅に突っ込む戦術をとったのは、リズムの仕込みがそこに潜んでいることを期待してのことだ。
ビジョンの共有。そんなリズムの意識高い語で言ってしまえばなんだか腹が立つが、要はうまく連携できたってことだ。
飛んだ大斧にマダムの部下たちが数人その身を晒したが、二人、三人とぶった切っても斧は止まらず、マダムの肩口へと突き刺さった!
十分だ。斧の一撃にマダムが揺らいだ間隙に、俺は彼女の懐にまで距離を詰めている。
シェルター状から一挙に展開した血の茨で彼女の肩と足を突いて引き寄せて固定。盤石の間合いでみぞおちへと拳を叩き込む。から、撃ち込んだ血の塊を血茨に変えて体内で解放する。
「ッッぎぐががガガあッッッ!!!?」
「マダム紅、アンタが何者なのか聞きたかったけど……そんな余裕はなさそうだった。悪いけど死んでくれ!」
体内で鋭いトゲの付いた有刺鉄線がたっぷり20本暴れ回ったのだ、生きていられるはずもない。
心臓や重要な臓器、大きめの血管がある位置は暇だった日にしっかり勉強してある。それをズタズタに傷つけることを意識したエグめの一撃。ちょっとグロいが必殺だろう!
「Good」とリズムが呟くのが聞こえた。グッドじゃねえよ。
破れた水風船みたいにドクドクと血を流れさせてひしゃげたマダムを見て、俺は荒く息を吐きながら肩から力を抜いた。
……勝った、か?
「ああ……今のは、悪くなかったんじゃないかしら?」
「!!?」
マダムの死体を中心とする爆発が起きて、それをまともに浴びた俺は勢いよく後ろに吹き飛ばされた。
とぐろをまく爆炎の中から現れたのは、アカデミー賞を取った女優のように豪奢な赤いドレスで着飾ったマダム紅だ。
いや、違う。さらに若返っている。40代ほどの姿から、今度は30代くらいに見える若い姿で……いや、若く美しい姿で俺たちを冷徹に眺めている。
「なんだコイツは……今度は凝視してたが魔法を使ったようには見えなかった。マジモンの不死身かよ?」
アブラが呆れを交えた笑い声を漏らす。
魔法の専門家のアブラが見てわからないなら俺にわかるはずもない。今のは相当いい一発だったはずなのに、これはどうすりゃいいんだ?
俺が溜息を吐いたその時、突然の轟音!!!!!
「なんだ!!?」
紅血楼の壁が崩れて、飛来した何かが大広間へと突っ込んできたのだ。
もうもうと立ち込める砂埃の中、俺は広間に突入してきたそれの姿を見る。
竜だ。ファンタジー作品の表紙を飾るような、巨大で恐ろしげな威容を誇る金色の西洋竜!
もうなにがなんだか。めまいのしそうな状況に眉をしかめた俺をにらみつけて、巨竜は一声咆哮を上げた。
「貴様!!! なぜここにいる!!!」
なんだこいつ。知るかよ。なんで竜が顔見知りのスタンスでキレてくるんだ、意味が分からん。
思考のキャパを超えて半ギレになりかけた俺の脳裏に、ふと閃きが宿る。そういえば声がなんか聞き覚えあるな。こいつ、もしかして。
「あんた、ブリークハイドか?」
「解りきったことを訊くな、愚かな奴め!!!」
台風みたいな暴風を伴う大声に顔をしかめながら、俺は内心で悪態をつく。
竜の亜人種ってことか? まるっきり竜じゃないか。わかるわけないだろふざけんな。
ともあれ彼の登場を皮切りに、状況はより深い混沌へともつれ込んでいく。




