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80話 威容誇りし湖上の朱楼

 エクセリアと別行動する。そう決めてから到着まではあっという間だった。

 橋を渡ったところには自治区への入り口よりもさらに大きな門が屹立していて、そこを抜けるといよいよ荘厳な建物が目に留まる。

 血の門(シュエメン)の拠点、紅血楼は純中華風の建築方式だそうで、北京の紫禁城のようにどっしりとしたピラミッド状の基壇の上に築かれている。

 引きで見ると完全な左右対象の形をしているのも中国建築の特徴の一つだそうだ。そして紅血楼のなにより目立つ点は、その全体が朱塗りにされているということ。

 やたら威圧的で、ひどく恐ろしげだ。


 車を降りた俺たちは、ドミニコが用意していた揃いの白仮面を被る。

 エクセリアが俺の方を見ながら、仮面の下でくすくすと笑った。


(アリヤお前〜真っ白でおばけみたいだぞ! フフッ)

(エクセリアも同じだろ。あれ思い出すな、八つ墓村のスケキヨ。頭をすっぽり覆ってるわけじゃないから形は違うけどさ)


 侵入者がお面で顔を隠すなんて怪しさ満点じゃないかと思うのだが、仮面をしているのは俺たちだけじゃない。

 血の門(シュエメン)の会合で顔を晒すことが許されているのは顔役と呼ばれる一部の幹部たちと、老大(ボス)直属の部下たちだけというルールがある。

 老大(ボス)であるマダム紅に顔を覚えてもらうことは出世の近道だからこそ、マダムへの顔見せは顔役たちの仲介でごくごく稀に行われるだけ。

 定例の会合で堂々と顔を晒すことが許されていることから、幹部たちは文字通りに“顔役”と呼ばれるのだ。


「皆さんどうぞ、こちらへ」


 カイ士安(シーアン)に招かれるままに奥へと進んでいく。

 うかつに言葉は発せない。既に数多くの血の門(シュエメン)傘下のマフィアたちが楼内に入っていて、見かけるたびに士安が挨拶を交わしている。

 俺たちはその挨拶に合わせて、事前に教えられていた通りに右手で拳を作って左手でそれを包む。

 握手やお辞儀代わりの拱手(きょうしゅ)は、血の門(シュエメン)でポピュラーに用いられている挨拶だ。

 ちょっとカンフー映画っぽくて格好いいな……なんてことを考えている場合じゃない。“その時”は唐突に訪れた。


「キミ、ちょっといいかな」

「何だ」


 楼内に入っていくつ目かの廊下を横切ったとき、リズムが不意に見張り番として立っている男に話しかけた。

 見張り番の彼も例外なく仮面を被っているが、身長2メートル近いんじゃないかってぐらいの屈強な大男だ。

 そんなのに話しかけて一体どうする気かと見ていると、リズムはチッチッと指を振りながら彼のえりに手を伸ばす。


「ワォ、スーツの襟がズレてるじゃない。直してあげよう」

「そ、そうか。悪いな」

「ンー……襟は直ったけど、なんだか着こなしがこなれてない。オシャじゃないね。ちょっと屈んでくれる?」


 応じて身を屈めた男の前で、リズムは懐からリネン生地の布を取り出す。

 それを慣れた手つきでくるくると畳むと、男の胸ポケットへスッと差し込んで整える。


「ほら、アジャストした。スーツのカラーリングが地味だったから、ペイズリー柄のポケットチーフで差し色を足してみたよ。いいんじゃないかな? うん、NICEオシャ」

「オシャ……? 服のことはよくわからないが、助かった」

「It's a piece of cake.お安い御用さ」


 パンドラの言語は自動で翻訳されているはずなのに、こいつの言葉はちょいちょい小賢しい発音の英語やらカタカナ語で聞こえてくる。なんなんだよ鬱陶しい。

 さておき、リズムはお安い御用と言いつつ手を差し出して握手を求める。男は特に疑う様子もなく、すんなりとその手を握り返した。瞬間、リズムの口が言葉を刻む。


「ンー、So bad. リスクヘッジが足りてないね。『知能攪拌(ブレインストーミング)』」


「なにを」と短く口走ったのを最後に、画面の隙間から覗く男の目がトロンととろけたようなものに変わった。

 ああ、リズムお得意の洗脳魔法か。確かあれは握手をトリガーにして発動させるんだったはず。

 虚ろになった男にリズムが小声で何かを言い含めて、男は封鎖していた階段の前から一歩横に退いた。


「OKエヴァン、行くなら今だ。ASAP(なるはや)でね。ここの挨拶は基本的に拱手(きょうしゅ)だから、握手を求める僕の魔法はそう多用はできないよ。怪しまれちゃう」


 いたずらっぽく肩をすくめながらそう告げるリズムに俺はハッとさせられる。

 エヴァンが行くってことは、エクセリアともここから別行動だ。

 大丈夫なのか? 本当に?

 と、そこでくるりと振り返ったエクセリアは、不安に揺らぐ俺の顔を覗き込んで目元を笑ませる。


「それじゃあアリヤ、軽ーくこなしてエヴァンとイリスと一緒に帰ってくるぞ」

「エクセリア……無理だけはするなよ」

「大丈夫だ! 私は強いからな!」


 彼女は自慢げに胸を張るが、じゃあ大丈夫だね! と安易に言えるもんじゃない。

 なにせ敵地のど真ん中だ。行かせてしまっていいんだろうか。

 そんな俺へ、階段を登ろうとしていたエヴァンが声をかけてきた。


「エクセリアを借りるぜ。正直助かる。人手は一人でも多い方がいい」

「……エヴァン、その」

「わかってる。お前らの関係性は聞いてもいまいちピンと来ねえが、俺がイリスを大事に思ってるのと同じように、お前にとってのエクセリアも大事なんだろうよ。気持ちはわかるからな、力を借りる以上、エクセリアのことも責任持って守る気だぜ」

「ありがたい……頼むよ、本当に」


 あまりグズグズしてもいられない。あまり長く留まっていては他の誰かに感づかれてしまいそうだ。

 エクセリアに対して過保護すぎるだろうか? かもしれないが、エクセリアを危険に晒そうとすると否が応でも姉さんのことを思い出してしまうのだ。俺は二度と家族を失いたくない。

 だがお互いもう行かなければ。そんな別れ際、エクセリアは低い背丈で俺のことをギュッと抱きしめてきた。


「心配いらないぞ、アリヤ。私は死なん。お前も死ぬな。それと……信じて任せてくれて嬉しかったぞ!」


 そう言って、エクセリアはエヴァンと二人の凱の部下と連れ立って二階へと上がっていった。

 妙な包容力を出さないでくれよ。いつもは子供っぽいくせに、こんな時に限ってまるで姉さんみたいなことを……

 洗脳を受けた男は何事もなかったかのような態度に戻っていて、エクセリアたちを二階に通したことに何の疑問も抱いていない。

 まだ未練がましく二階に目を向けてしまう俺へ、リズムが招くように片手を差し出してきた。


「行こう、アリヤ氏。僕らが作戦を成功させることもセパレートした彼女たちの助けになるさ」

「……ああ、そうだな。っと、手は握らないからな!? しれっと洗脳しようとしないでくれ!」

「ンー、人的資源(マンパワー)の確保に失敗だ(笑)」

「殴るぞ」


 リズムへの苛立ちでいい具合に気持ちを切り替えた俺は、凱士安に先導されてさらに歩く。

 嫌になるぐらい長い廊下を抜けたところで、俺たちはついに会合の場、大勢の血の門(シュエメン)マフィアたちが集う大広間へと辿り着いた。

 朱塗りの壁と金の装飾、極彩色の大絨毯が敷かれた、毒々しいほどに派手な大ホールだ。中国の歴史もので論功行賞が行われてそうな部屋、といえばそれっぽいだろうか。

 そこに大勢の仮面の人と、十数人の素顔を晒した男たちが居並んでいる。顔を晒している彼らがおそらく顔役だ。

 そして広間の深奥、豪奢な装飾に飾り立てられた一段高い場所に、きらびやかな質感のすだれのようなものが掛けられている。

 それを指して、ドミニコが口元をニヤつかせた。

 

「ありゃレンってヤツだ。日本の時代劇とかで天皇がすだれで顔を隠してるだろうが。あれと同じだ」

「なるほど」

「あの奥にマダムホンが鎮座なさってるってわけだぜ。ブッ殺し甲斐があるな?」

「あんたらほど好戦的じゃないんだよ、俺は。……けど、やるしかないよな」


 エクセリアたちのためにもだ。

 もし早期に決着を付けられたなら、向こうの援護に行く余裕が生まれるかもしれない。

 簾の奥にうっすらと見える人影を睨んで、深呼吸で意識を整えていく。

 カァン、と鳴り響く銅鑼。会合が始まろうとしている。

 

 


・現在の好感度


エクセリア 40+5

燃 40

シエナ 30

ユーリカ 15

エヴァン 15+5

イリス 5

バーガンディ 10

キョウノ(ドクロ) 15

ドミニコ(アブラ)10

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