53話 巨悪の末裔
まただ。シュラとアブラの時と同じ、七面會の二人組。
前回は各個撃破できたから良かったけど、今回もそう上手くいくかはわからない。
教えてあげようか、なんて言いながら、カラスは手にしたステッキでカンカンと地面を叩いた。それに応えるように、新手の瘴気モンスターが俺たちを囲んで襲いかかってきた。
カラスが連れてきたのか、研究所で見た装甲鬼も混ざっている。あれは硬くて厄介そうだった覚えがある。
俺は片手の血武器を新しく造形しなおして敵を斬り払いながら、横で炎刀を振るう燃へと問いかける。
「こっちに燃さんと同じぐらい強い仲間はいないんですか。フッコとかいう人と同行してたはずじゃ?」
「あー……もしかしたらドクロが勘付いて逃げるかなーって思ってたんよ。だから道路封鎖の方に回しちゃってて」
「ええ、戦術眼ないなあ……」
「は? 結果論ならなんとでも言えます〜。まあアリヤくんが二、三人分頑張ってくれるやろ。ガンバ!」
「まーた無茶言って」
そんな会話を交わしつつもカラスとドクロから視線を切らずにいるのだが、彼ら自身は仕掛けてくる様子はない。
それどころかカラスはペストマスクのクチバシを少し傾けて、俺につらつらと語りかけてくる。
「まず始めに問題だ。亜人種はどこから来たと思う?」
「……また研究所の時みたいにペラペラ喋って気を引いて、毒ガスを撒くつもりじゃないのか」
「いいや? その意図はない。君にはそろそろ情報を与える時期だと思ってね。……答えを言おう。亜人種もまた礎世界から来た存在だ」
まともに取り合わない。内心でそう決めていたのに、今の言葉にはついつい興味を惹かれてしまう。
電柱がねじ曲がって変形した前衛的な彫像兵の拳をかい潜って斧で足を切断しながら、俺はカラスの言葉を内心で復唱する。
礎世界? 地球から?
そんな俺の反応を興味ありと踏んだか、カラスはそのまま語りを続ける。
「君が見慣れていない彼ら彼女ら亜人種たちも、別にこのパンドラ産の生命体というわけじゃない。向こうからこちらへ来たんだ」
「妖狐だの人狼だのが向こうにいるってことか?」
「そうとも。怪異、妖怪、民間伝承や都市伝説。不貞をそそのかす夢魔、船乗りを惑わすローレライ、子供を拐かすブギーマン……新旧問わず、その手の与太話を聞いたことはいくらでもあるだろう? その全てが創作や寓話だとは限らない。少なからず実話も混ざっていたんだよ」
横目に燃さんの顔を見るが、「おしゃべりクチバシ野郎……」と忌々しげにつぶやいてこそいるが、カラスの言葉を訂正する様子はない。
ドクロにしていたように言葉を遮ろうとするのは諦めたみたいだ。雑魚相手とはいえ戦いながらじゃその余裕もない。
それをいいことに、カラスはさらに言葉を重ねる。
「それを前提として、燃の本性を教えておこう。彼女は“九尾の狐”だ」
九尾の狐!
別にその手の話に詳しいわけじゃない俺だって何度でも聞いたことがあるビッグネームだ。
驚く俺のリアクションを見て、カラスとドクロが交互に口を開く。
「妲己、華陽夫人、玉藻前……どれかの異名も聞いたことがあるんじゃないか? 男を誑かして多くを殺し、一国を滅亡に導いた大化生」
「稀代の大悪女ってやつだな。世界史レベルのクソ女だぜ。なーアリヤ、本気でそんなもんと仲良しごっこやるつもりか?」
「待った待った。待って? 情報開示に悪意があるんやけど! 異議を唱えさせて!?」
「どうぞご自由に」
カラスは片方の掌を上向けて、悠然と燃に発言を促す。
彼女はそれを苦々しげに睨みながら、なんだか必死な様子で俺に向けて語り始める。
「聞いてアリヤくん。まず言っとくけど私は九尾の狐本人やないから! いや確かにその家系ではあるんやけど、あれは私の遠〜いご先祖の話やから! それをなんやのあいつら、私が九尾の狐そのものみたいな口ぶりで! 詐欺や詐欺!」
「あ、でもその血筋なのは本当なんだ」
「待って!! 違うから!! 血筋はそうでも燃さんはあんな悪玉と違うからね!?」
声高にそう主張すると、彼女はバーナー刀の出力を上げて斬、劫! と装甲鬼を斬り燃やす。
そしてまるで悪事が露見した人が何かを必死に誤魔化そうとする時のように、早口でペラペラペラと俺に長台詞で語り始める。
「時系列的に古い部分ははしょるけど、関西らへんでブイブイ言わしてたご先祖様がなんや陰陽師かなんかに追っ払われて栃木あたりでお侍に退治されかけて、その時パーッと目の前が光ったらしいんよ。不思議な力に巻き込まれてこの世界に転移してきたんやって。又聞きやから細かいことは知らんけど。でも退治された時点で力の大半削られてたからもうと〜っくの昔に寿命でお亡くなり。世代的にはひいひいひいひいひいひいひいひいおばあちゃんとか多分そんぐらいやから。知らんけど。私なんてあくまで家系図の隅っこに引っかかってる出がらしよ。末も末も末〜の末裔。分家やし! だからアリヤくん、あんま悪い印象持たんといて、お願い! 一生〜のお願いっ! はい九尾の狐についてどんな印象!?」
「NARUTOかな」
「ん〜めっちゃ現物離れしたとこ来た。封神演義とかFGOとかの方がまだそれっぽいっていうか……いや、でもあれやろか、もしかしてアリヤくん、九尾の狐って聞いてもあんま悪い印象ない?」
「まあ遠い先祖だってなら別に……有名すぎてキャラクター化されまくってるし。あ、キュウコンとか可愛くて好きですよ」
「ポケモンと同列で語らんといて?」
あんまりポップすぎる捉えられ方もそれはそれで嫌なのか、燃は複雑そうに眉をしかめた。
そんな俺の対応を不満に思ってか、ドクロが口を挟んでくる。
「おいおい正気かよアリヤ……あ、そうか。こっち来てから日も浅いしピンと来ねえよな」
「ピンと来ないって何がだよ」
「いやさ、パンドラで生活してると騎士団に限らずメジャーなバケモノの子孫に会う機会がたまにあるわけよ。んで接するたびに思うんだけどな、悪名残してる怪物の意志みたいなのは、何代経ようが血が薄まろうがそうそう消えねんだわ」
「異議ありー!!」
燃がまた手を掲げて、背後から迫ったゴブリンを斬り下げながら口を開く。
「一応ご先祖様はリスペクトしてるけど、真似ようとは全然思ってへんからね? 燃さんグロ系の作品あんま好きやないから人間焼肉の炮烙とか毒蛇の穴に突き落とす蟇盆とかドン引きやし、淫乱属性もないから酒池肉林とかどうかと思うし。ほら〜GANTZも読めないぐらいエログロNGやから! きゃっ、燃さんかわいい!」
「ゾンビ映画とかサメ映画とか大好きなのに?」
「あ、ああいうのはギャグやん……台風でサメが飛んでくるアホ映画観て怖がる子なんてどこにもおらんやろ〜」
「うーん……」
実際のところ彼女の家の本棚にはそこそこグロめの漫画もあった気がしたけど、俺も読むぐらいの範囲だったからまあ……とりあえずいいか。
ドクロがしきりに燃さんに注意するように話しかけてくるのは単なる引き抜き工作じゃなくて、たぶん彼の本音だろう。
だけど言葉でどう言われようが、俺には実感がない。燃さんの言葉を全面的に信じるのはそりゃ危なっかしいとは思うが、かといってドクロやカラスの言葉を信じ込んで彼女を拒絶するのもバカバカしい話だ。
そんな諸々を込めて、ドクロとカラスへと視線を向ける。
「色々教えてくれてありがとう。あとは自分で判断するよ」
俺が欲しい情報は事実だけ。
こいつは善だ、こいつは悪だ。そんな風に先入観を植え付けられるのはごめんだ。
何故だか知らないが、七面會と星影騎士団だけじゃなく血の門まで俺に干渉しようとしてきている。俺の存在はこの都市の何か深い部分に触れているのかもしれない。
だからこそ、俺は自分の頭で考える。他人の考えに行動を左右されてたまるか。
自慢じゃないが、姉さんの復讐を果たすためにずっと一人でやってきた。右へ倣え的な生き方は好きじゃないのだ。
そんな俺の声色に頑なさを見て取ったのか、「聞く耳なしかよ!」とドクロが舌打ちを一つ鳴らした。
カラスが呼び出した追加のモンスター群も数が削れてきた。包囲網が途切れ始めている。
(タイミングを見て突破して、一気に距離を詰めて仕掛けてやる)
そう考えて距離を測ろうと視線を足元に落とした俺は、地面に大きな影が落ちていることに気付く。
空を見上げて息を呑み、大声で燃へと警戒を促す!
「燃さん! 上だ! なんかデカいのが来る!」
「は? うっわなにアレえっぐ」
空に浮いていたのは巨大な氷塊だ。
カラスがコン、トン、とステッキで地面を鳴らすたびに、その氷が徐々に巨大さを増している。
毒ガスでこそなかったが、会話で時間稼ぎをしている間に何かを仕込むスタイルは相変わらずらしい。
そして俺たちが気付いたことに気付くやいなや、カラスは言葉を紡ぎ始める。
「“堕鬼、瓦落、聖賛の重唱。四十六、御白満ち足りて架と杭を成せ”。『氷星剣』」
詠唱に沿ってパキパキと鋭く変形した氷は、氷晶型の柄をした大剣と化して頭上から降る!
俺はとっさにその場を飛び退き、辛うじてその直撃を避けた。だが地面に剣先が刺さった瞬間、質量による衝撃だけでなく身を切るような寒風がブワッと広がる。
「くうっ……! い、痛いぐらい冷たい……!」
一帯を薄く凍てつかせた冷気に思わず身が竦む。
別方向に避けたせいで燃の姿が見当たらないけど、彼女は無事だろうか?
砕けて転がった氷塊が邪魔だ。早く燃さんと合流した方が——足音。
「手傷を負っても修復可能、重傷を負おうが死までは遠い。この世界の入門編は楽しめたかな?」
「カラス!!」
氷が砕けて散った氷霧に紛れて、カラスが俺の目と鼻の先まで接近してきていた。
俺はとっさに血の剣で斬りつけようとするが、それよりも素早く、彼はステッキの先端を俺の脇腹へと押し付けてきた。
「不死身はここまでだ。痛みと死の恐怖を知るといい」
「ッ……!! ぐ、う……っ!?」
ステッキの先端は注射器になっていた。
針が刺さり、薬液が流入して……俺は、自分の体に起きた異変に驚愕する。




