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41話 薄汚れたスラムの地下で

 チキン屋アルバイトの青年、キョウノと出会ってから15分は歩いただろうか。

 俺たちは爆破テロの中心部から離れて、だだっ広い地下街の端にまで移動してきている。

 爆発に巻き込まれた死体しか転がっていなかったさっきの街景とは雰囲気が変わって、避難せずに営業を続けている店がいくつもある。

 いくら距離が少しあるって言っても同じ地下街で爆破テロがあったってのに、のん気すぎないか?


「逃げなくていいのかな」

「あらアリヤちゃん、流石に平和な世界から来た子の感覚してるわねえ」


 俺のつぶやきに、バーガンディが面白がるような声色で反応する。

 俺は何か変なことを言っただろうか。「何が?」と首を傾げてみると、バーガンディが言葉を続ける。


「スラムの人命なんて一つでいくらの世界よ。その辺にいるちょっとガラの悪そうな男に、そうね〜……五日分の食費ぐらいのお金を握らせてみなさい。気に食わない奴の名前を言えばすぐ刺しに行ってくれるから」

「ええ……? そんなに殺し屋がゴロゴロいるんですか」

「違う違う、この街のスラムの住人なんてお金のためならなんでもする人ばっかりってことよ。それが悪とかそういう話じゃなくって、誰でもお金のために殺しに手を染めるぐらい貧乏なの。まあ殺しの話は極端な例だけど、ちょっと離れたとこで爆発が起きたぐらいじゃ店閉めらんないのよ。稼げなくなっちゃうから」


 バーガンディの話を聞いて、俺はこの都市は大変な場所なんだなと再実感する。

 最初に身を寄せた学園自治連合(キャンパス・ライン)が比較的恵まれた環境だっただけに、爆発に怯えながら店を開け続ける人々を見るとなんともいえない気分になる。


 それを聞いてから改めて地下の様子を見てみると、住環境は最悪だ。

 濃縮魔素(マナ)や水、下水、その他色々なものが行き交うパイプが剥き出しになって壁面をびっしりと埋めている。まるで街の腸といった雰囲気で、ちょっとグロテスクですらある。

 下水道代わりのパイプが剥き出しになっていれば、当然かすかに悪臭がする。そんな場所に人々が行き交い、ネオンが灯り、平気で衣服を売ったり飲食店を営業している。

 爆破現場から距離が離れてもスマホの電波はずっと入らないまま。携帯電話なんてものを持って生活できる収入帯の住人たちではないんだろう。

 なるほど、確かに生きるためにはモラルがどうこう言っていられる街じゃないのかもしれない。

 そんな神妙な心持ちになった俺に、後ろを歩いていたキョウノが明るい口調で話しかけてきた。


「いやいや、けどこの街はスゲーいいよ! 俺なんて転移してきてから毎日楽しいもんなー!」

「あらキョウノちゃん。どの辺を楽しめてるのかしら?」

「サイコーな点が三つもある! まず一つ、花粉症がない」

「あ、やっぱないんだ」

「おう、ないない! 空気中に滞留してる魔素(マナ)と花粉がなんかいい感じに反応してるらしくてさ、吸い込んじゃってもアレルギーが出ないんだって。スギもブタクサもどれも。アリヤも花粉症?」

「うん、わりと重めだったな。冬の終わりから春先にかけて二ヶ月ずっと憂鬱で」

「俺も俺も! 全っっ然、息できねえの! あのまま日本にいたらいつか杉林に放火して捕まってたね俺は」

「はは、気持ちわかるな」


 俺が転移してくる前はちょうど花粉シーズンだった。

 花粉症持ちの俺は毎日目と鼻をずるずるさせながら市販の抗アレルギー薬を欠かさず飲んでいたのだが、こっちに来てからは症状が収まっていた。

 季節が違うのかな? と思っていたけど、花粉症自体ないなんて助かる話だ。

 バーガンディは花粉症ってフレーズ自体にピンと来てない様子なので、本当にこっちには存在しないんだろう。

 キョウノが二本目の指を立てる。


「二つ、外人の女の子と喋れる」

「あー」

「いやいや反応薄いってアリヤ! だって英会話の勉強とかせずに誰とでもペラペラだぜ、ヤバくない?」

「それは俺もビックリした。見るからに外人顔の人と日本語感覚で喋れるって不思議だよなあ」

「な! 俺、特に色白な女の子が好きでさ。例えばロシア系、スラブ系の女の子とかって向こうだとテレビか映画かネットで画像拾うぐらいしか見る機会ないわけじゃん。それがその辺歩いてるんだぜ。で喋れんの。へっへへへ……ヤバくないか?」

「あらキョウノちゃん、アタシも肌の白さには自信あるわよ〜。一緒にお風呂入ってあげましょうか?」

「いやあ〜オネエさんは守備範囲外っすわ!」


 顔を寄せるバーガンディをするりと避けるキョウノ。

 チキン料理屋のバイトの制服だろうか、キョウノは肉屋がするような長くて厚手のエプロンを首からかけている。

 ちょっと歩きにくそうに見えるのだが、バーガンディを避けるステップは軽やかだった。着慣れているんだろう。

 彼はまだ片手にニワトリを握ったまま、通りすがりの女の子にヒラヒラと手を振って笑顔を向けつつ口を開く。

 

「バイト先の常連客で可愛い子が来てたんだけどな〜、店がなくなったんじゃどうしようもないわ。さっさと連絡先聞いときゃ良かった。アリヤはこの街来てから可愛い子と知り合ったりしてねえの? 付き合いたくなるような可愛い子!」

「付き合いたくなるような? うーん……」


 シエナたち学生組はそれぞれ別系統に可愛いし、同世代の友達意識はあるのだけれど、学園に来てから戦い続きなせいで今のところ戦友のイメージが強い。


 可愛い子と言われて、まず頭に思い浮かぶのはエクセリアだ。

 なにせ初恋にして最愛の人、俺の姉の藤間(とうま)よるにそっくりなんだから可愛いに決まってる。のだが、性格がまずい。

 尊大で調子に乗りやすくてビビりで自己中。おまけに記憶喪失のせいで言動が余計に幼い。

 なんだかんだ仲良くやってるし親しみも抱いているけど、姉さんと面影を重ねるのはかなり無理がある気がしてきている。

 どう考えても姉じゃない。いや、そっくりすぎるから何かの関係性があるんじゃないかとは今でも疑っているけど、少なくとも現状のエクセリアに母性ならぬ“姉性”みたいなものはゼロだ。

 どっちかといえば妹じゃないか? あれは。


 と、俺の思考に唐突な関西弁もどきが割り込んでくる。ネンさん。あの人はなんなんだろう。

 顔は綺麗だと思う。スタイルもいいし、黙っていればミステリアスに見えないこともない美人だ。

 ただ喋るとひたすら残念になる。雑で適当で自堕落で享楽主義。ベラベラ喋るくせに本音はまるで明かしてなさそうな胡散臭さまである。

 おまけに多分あの人、俺のことを馬鹿にしてるよな。うん、間違いなく馬鹿にしてきてるな。

 一応、親しみを込めた方向性の見下しだとは感じるけど、あれはどう捉えればいいんだろう。

 俺の姉さんはそういうタイプじゃなかったけど、世間一般でよく聞く姉像ってのはああいうものなんだろうか。常時コケにしてきて腹立たしいけど親しみはある存在っていうか……


 そこまで考えて、俺はキョウノに顔を向ける。


「……いないかな」

「マジ? すげえ長考してなかった?」

「クセのある人ばっかりなんだ」

「あー、わかるわ。この世界の女の子って変な子多いよな。あーあ、まともで良い子はいないもんかね!」

 

 実感を込めて二度頷いて、キョウノはピンと三本目の指を立てる。

 

「三つ目! 飯がうまい!」

「わかるわかる、色々な国の料理が食べられていいよな」

「だよな〜! 俺なんて日本にいた頃はカップ麺ばっか食べてたからさ、この街に来てから初めて食べた料理だらけ!」

「香辛料とか調味料とかも使われてる幅が広いもんな。前にマーケット見たときに置いてある種類が多すぎてびっくりしたよ。あれはテンション上がったなあ!」

「お、アリヤもかなりその辺語れるクチ? いいね嬉しいね〜! 俺なんてもう料理にハマっちゃってさ、食べるのも作るのもチャレンジしまくってんの」


 熱意のある口調でそう語るキョウノに、バーガンディが問いかける。


「あら、アナタ料理できるのね。働いてた店のレシピ以外もいける?」

「わりとなんでもいけますぜ。色々覚えるためにバイト先も転々としててさ、あのチキン屋だって働き始めてまだ一週間も経ってなかったんだ。あーでもどうするかな……店長が死んだんじゃ給料貰えないだろうな……金ないんだよな……」

「フーン? お給料欲しかったら次が見つかるまでアタシの店で働いてみる? そこそこ良い額出すわよ」

「お、お店持ってるんすか? ありがてえ〜……何料理の店?」

「……ゲ・イ・バー」

「……!? いやいやいや無理無理! いやでもな、金がな……料理作るだけなら……いやでもな……」


 色々なリスクと目先の金を比べて唸るキョウノ。彼も金優先のスラム思考にちょっと染まっているのかもしれない。

 何も知らずに雇われるんじゃ気の毒なので、俺は少しだけアドバイスしておく。

 

「狭い店だからバーガンディさんと一対一になると思うよ」

「……! すんません、今回はお断りさせていただく方向で……!」

「あ〜ん! 余計なこと言わないでちょうだいアリヤちゃん!」


 そんな話をしているうちに、地下街から地上に上がれる階段が見えてきた。上がってしまえば電波が届くだろう。ようやくシエナたちと連絡が取れそうだ。

 だが、その前に障壁が立ち塞がる。


「俺のところに来たか……同志藤間(とうま)或也ありや

「げっ、さっきの連中……!」


 階段の上を塞ぐように立っていたのは、超日本帝国軍幹部の一人、ボロ服を大量に着込んだ男だ。確か“くちはて”とかいう名前だっただろうか。

 橋の下の段ボールハウスに住んでそうな格好の彼は、爪の間にフケが詰まった手を俺の方へと差し伸べてきた。


「お前と争うのは我々の本意ではない。俺は過激なことは好まない。すぐ加入しろとは言わん。一緒に来てお話をしようではないか」

「いやあ、テロ起こした時点で論外だよ……」


 どう考えたって仲良くなれそうな要素が一つもない。いくら同じ日本人の血でも、こいつらと同類になるのはちょっと嫌すぎる。

 ここにいる幹部は三人のうち一人だけだ。地上に上がるための階段がいくつもあるので、落下した場所から手近な階段で手分けして待ち伏せをしていたんだろう。

 くちはてはボリボリと頭を掻いて、パサついた髪の合間から覗かせた目で俺を見つめる。


「なら、強制的にでも連れて行かないとなあ」

「はいちょっと失礼するぜ!!」


 俺の前にズイッと割り込んだキョウノが、敵に向かって何かを投げた。

 バタバタと羽ばたき、鶏冠が揺れてけたたましい鳴き声。手に持っていた生きたニワトリを投げつけたのだ!


「おう……!? なんだこれは……!」

「よっしゃ今の内だ! 逃げようぜ、アリヤとオッサン!」

「ちょっとオッサンってアタシのこと!? 締め殺すぞクソガキ!」


 うろたえるくちはてとその部下連中の横を駆け上がる俺たち。

 追い抜きざまにキョウノが回し蹴りをかまして、くちはてが階段を前のめりに転げ落ちていくのが見えた。


 日本人、イコール超日本帝国軍の仲間かもしれない。

 バーガンディが口にしたそんな疑惑はいらない心配に思えるけど、どうなんだろう。彼の明るい人格は超日本帝国軍の陰気なイメージとは噛み合わない印象なんだけど。今のところ。蹴ったし。

 そんなことを考えながら、俺たちは階段を駆け上がって地上へと出る。

 


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