33話 メンバー選び
ランドール家にミトマとエヴァン、それに俺で三票だ。
学園のスポンサー、議員家系のランドール家に追加の支援を依頼することで方針が決まった。のだが、シエナの顔色がどうにも冴えない。多数決の結果が出てからずっと、眉をしかめて「うーん……」と唸っているのだ。
シエナは群狼団との交渉に一票を入れていた。選びたかった方針と違うのはわかるけど、それを覆されては困る。
「シエナ、やっぱやめたはなしで頼むよ。せっかく多数決取ったんだからさ」
「そうだぜ。お前ちょっとワンマン傾向あるからな、それは許さねえ」
「あ、いやいや、決まったんだからちゃんと従うよ。変える気とかは全然」
俺とエヴァンにそう言って弁解しながらも、シエナの表情はまだ微妙な塩梅だ。
煮え切らない態度が気になったのか、エクセリアが尋ねかける。
「そのランドールとかいう連中はそんなに嫌なやつなのか。いかにも会いたくないですって顔をしてるが」
「うーん……そうだね、それぐらいシンプルに言った方がわかりやすいかな。超嫌なヤツだよ。ザ・上流階級って感じかな」
「フン、上流階級がなんだ。気後れするな。私も姫だぞ?」
「いやあ、エクセリアは親しみやすいじゃない。自分で姫って名乗ってる以外はほぼ庶民だし」
「は? 実際偉いのだが?」
「はは」
腕組みをして胸を張るエクセリアを笑ってスルーしつつ、シエナが心底嫌そうに鼻筋にシワを寄せながら口を開く。
「こんな風に人と喋るときさ、ランドール家の人たちは相手を見ないんだ。相手のバックにある家柄、家系、職業、学歴にetc.そんなレッテルをまずは見る。そこが彼らのお眼鏡に叶わなければ会うことすらできないし、会えたら会えたで次はドレスコードだの礼儀作法だの。基準からズレたらチクチク嫌味のオンパレードだよ? しかもこっちのこと細かく調べて友達の家柄とか素行とかまでチクチクネチネチ言ってくんの。嫌いになるなって方が無理だよアレは〜」
「毎回交渉に行って帰ってくるたびヘトヘトになってるんですよ、シエナちゃん」
眉間にシワを寄せたシエナの肩を、ユーリカが労うようにとんとんと叩く。
首を反らしてユーリカの胸のあたりにショートカットの頭をグリリと押し付けながら、「会いたくね〜」と男言葉でふざけるシエナ。襲撃前までの悲壮感を滲ませた雰囲気がすっかり和らいでいて、年相応に肩肘の力が抜けた感じだ。
それはそうと、ふと気になったことを俺は尋ねてみる。
「シエナはそのランドール家と会えるんだな。名家の出だったりするの? それにしては親しみやすいけど」
「ん?」
「え?」
「あん?」
場の面々の不思議そうな視線が俺に集まる。
え、変なことを聞いちゃったか? 視線の意味をわかっていないのは俺とエクセリアだけだ。
腹の立つことに、燃さんまで「え?」と言わんばかりの表情を俺に向けてきている。「え? 何何? 知らんかったん? 遅れてる〜」的な。そのわざとらしい顔やめろ。あんたも部外者だろ。
「そうか、君はまだシエナの家の話を聞いてなかったんだな」
話を継いでくれたのはミトマだ。
説明上手な彼女は少し思案してから、捌けた口調で俺に問いかける。
「企業連は知ってる?」
「七面會が乗っとった大企業の集まりだよね」
「そう。その中の一社に、クラウン・メディアネットという総合メディア企業がある。新聞、テレビ、ネット、報道のあらゆる分野を抑えた大企業ね」
「知ってる知ってる。テレビの3チャンネルだよな。ニュースとかバラエティを最近ちょくちょく見てるよ。この世界の勉強と思って」
「いいことだ。シエナのフルネームはシエナ・クラウン。わかるか?」
「クラウン……? あれ、もしかして」
気付いた俺に、ミトマがこくりと首を縦に振った。
「シエナはクラウン・メディアネットの社長令嬢。この都市屈指のお嬢様なんだよ、こんな風に見えても」
「こんな風にってなにさ」
「私たち庶民のお嬢様のイメージは艶のあるロングヘアにシルクの服を着た新装の令嬢だ。髪の手入れもしないで外を駆けずり回ってる男勝りとじゃイメージが一致しない」
俺も唸りながらミトマに同意しておく。
「同感だ。ビックリした」
「別にいいじゃん、そんなステレオタイプなお嬢様どこにもいないって」
「ほっとくと二日同じ服を着てたりするじゃないか。ズボラすぎるんだよシエナは。ユーリカに世話してもらわなかったらきっと部屋もすぐ汚くするタイプだ」
「まあ……そうかもしれないけどさあ」
やりこめられたシエナが口を尖らせて、お手上げとばかりに天を仰いだ。
と言っても、ミトマも口調こそ硬いが楽しげな話しぶりだ。仲が良いのだろう。
それにしても、シエナが企業連の社長の娘ならそこのパイプを七面會との交渉に上手く使えないんだろうか?
そんな俺の疑問を察してか、ユーリカが声を潜めて俺に耳打ちをしてくる。
(シエナちゃん、ご両親とは仲が悪いの。特にお父様と)
(そこを曲げて頼めないの? 親子喧嘩を引きずってられる状況じゃなくないか)
(すごく複雑なの。喧嘩って域の話じゃなくて、もっと根深くて深刻な……)
と、脱線した話を元に戻すべく、燃がパンパンと軽く手を叩き合わせた。
「で、どうするん? なにもここの全員でノコノコとランドール家まで社会科見学〜ってわけでもないんやろ? 誰が行くか決めた方がええんやないの。はい行きたい人挙手〜」
「はい! はい! わたくしランドール家に行ってみたいですわ!! ビバ上流階級!!」
「はいイリスちゃん一番乗り〜」
「よっしゃ〜!!」
食いついたイリスの腕を取って、チャンピオンよろしく高々と掲げる燃。
もちろんそんな適当な決め方が通るはずもなく、俺は燃のキャスター付き椅子をコロコロと引いて、話し合いのテーブルから窓際へと遠ざけておく。
「ここから外でも眺めといてください」
「ちょいちょいちょい、窓際族とかやめてくれん? 燃さん結構寂しがりなんやけど?」
「はい、俺の分のクッキーあげるから」
「あ、ホンマに? 得したわ〜」
部屋の隅でクッキーをパクつく燃を横目に見ながら、俺はホワイトボード前のシエナへと意識を戻す。
彼女はここにいるメンバーの名前を白板に書きつけながら、今度はさっきとは違う悩ましい顔をしてうーんと唸っている。
「ランドール家相手の交渉となると、まず私は行かなくちゃ話にならない。でも私が抜けると学園の戦力が削げるから、あんまり大人数は連れて行きたくないんだよね」
「そうは言ってもある程度の護衛はいるだろう。お前を殺したい奴はごまんといるんだから」
「ミトマは嫌なこと言うなあ……まあそうなんだけどさ」
学園に残す戦力のバランスもあるだろうし、ここは俺は口出しできない。
細かいことを考えるのが苦手らしいシエナが思いっきり眉をしかめながらメンバーを選んでいくのを黙って眺めておく。
結果、シエナが名前に丸を付けたのは四人だ。
シエナ、ミトマ、俺とエクセリア。
散々悩んでの結論だったが、悪くないんじゃないだろうか。
知識のない俺とエクセリアは学園に残っても指揮とか運営の手伝いはできそうにないし、外での護衛なら多少は助けになれるはずだ。
ユーリカに全体の調整役を、オーウェン兄妹に防衛の要を割り振ってある。イリスは行けないことに不満そうだったけど、全体的には妥当なんじゃないだろうか。
その時、エクセリアがすっと手を挙げた。
「シエナ、私は学園に残っちゃダメか?」
「え?」
「なんだって?」
シエナが驚いて、俺も驚く。
どういうつもりかと思っていると、エクセリアが自分から意図を語り始める。
「アリヤは私を守ってくれるけど、今のままじゃ私は足を引っ張るだけだ。かえって私が一緒にいるとかえって危ない目に遭いかねない。せっかく学園にいるのだから、少し腰を据えて力を取り戻せないか試してみたいんだ」
「私はいいけど、アリヤはどう?」
「うーん……一人で大丈夫か?」
「バカにするな。今はよそにいるよりは学園は安全だろう。今のうちに圧倒的な力を取り戻してお前も敵も全員ぎゃふんと言わせてやる!」
「いや、大丈夫かってのは日常生活のことで……洗濯とか出来るか? 掃除とか、料理とか」
「それは……なんとかなるだろう! きっと!」
とてつもなく不安だ。
なにせ記憶が欠落しまくっているエクセリアには常識がない。
だが、ユーリカが助け舟を出してくれた。
「そういうことなら、エクセリアちゃんのお世話は私がしておくから心配しないで大丈夫だよ」
「いいのか!? ユーリカの料理ならアリヤのより美味いからな、嬉しいぞ!」
「……」
俺だって悪くない腕のはずなのに、プロ並のユーリカと比べられたんじゃ分が悪い。
釈然としないものを感じながら、俺はエクセリアに声を向ける。
「じゃあ、行ってくるよ。お土産に欲しいものは?」
「なんか甘いもの買ってきてくれ! アリヤ、無事に帰ってくるのだぞ!」
この都市に来てから初めて、俺はエクセリアと離れて行動することになる。




