27話 灼熱の巨人
この世界に来て初日、俺は七面會の一人、カラスの研究所でいくつもの培養カプセルを見て、その中から現れるゴブリンを見た。
魔素のパイプラインから漏れた瘴気で自然発生するモンスターもいるようだが、七面會がモンスターを生み出す技術を持っているのは間違いない。
だからモンスターとの交戦は覚悟していたけれど、ちょっとこれは……聞いてない。
「でかすぎるだろ、こんなの!!」
炎機人、アブラがそう呼んだ怪物は、鉄骨組みの巨大な体で高らかに吠えた。
ヴゴォオオオ! 文字に起こせばそんな感じの音だろうか。吠えたと言っても発声器官があるようには見えないので、身体中に張り巡らされた燃料パイプから吐き出す炎の噴出音なんだろう。
オブジェに瘴気がまとわりついて動き出した彫像兵とかと原理は一緒か? なんて考察してる場合じゃない! 俺は燃と二人、情けなく悲鳴を上げながら逃げ回る!
「アカンって! 無理無理無理無理! 何あれ!? あんなん倒せるわけないやん! え、なんでアリヤくん私のこと呼んだん!? ひどい! 責任持ってなんとかして!」
「無茶言われても! どうしろって言うんですか、あんなビルみたいなサイズの怪物! うわっ、火、火吐いてきた!」
「ひぃ〜っ!」
嵐のような勢いの炎を受けて、燃は慌ただしく『炎日聖典』、火炎の制御魔法を発動する。遮断される炎!
が、炎機人の攻撃はそれだけじゃない。頭上高く振り上げられた鉄骨製の長大な腕が、ハンマーのように振り落とされる。
俺は素早く頭を巡らせる。あれを防ぐ手立ては? デカくて重いものを止められる手段を俺は持ってるか?
「あるわけないだろそんなの! 燃さん失礼っ!」
「ふぐうっ!?」
俺は火炎を堰き止めていた燃にラグビーよろしくタックルを決めて、そのまま担いで横に走る。
腕が降る、地面が震えてめくれあがる。質量爆弾めいた一撃の範囲を辛うじて脱出した俺は、もうもうと上がる土煙の中で燃から頭をはたかれた。
「いきなりお腹にラリアット決めてくるとかなんなん!? 嫁入り前の美人の体に〜! お昼に食べたパスタ吐きそうになったわ!」
「ああしなけりゃ潰されてた! 感謝してほしいぐらいですよ! 何のパスタ食べたんですか!」
「ごめんちょっと見栄張った。お昼はカップうどんやったわ。それとさっき私が言った「ひぃ〜」っての、別に火ぃと掛けたシャレとかやないからね。そういう寒いこと燃さん言えへんから」
「どうでも良すぎる……」
立ち上がってグラウンドを走る。シュラと戦った疲れとアブラの炎で焼かれた痛みはまだ残っていて万全には程遠いが、そんなことは言ってられない。
もちろんアブラが連れてきたモンスターの大群もまだ健在で、こっちを認識するなり襲いかかってくるから始末が悪い。
俺は血で大斧を造形、燃はバーナー刀に炎を纏わせてゴブリンを薙ぎ払う。斬、斬、叩き払ってさらに斬る!
そんな合間に四方を見渡しながら、俺は大声を上げる。
「エクセリアー! エクセリアはどこだ!? 無事か!!」
「あ、姫様なら私がちょっと頼みごとしたんよね」
「頼みごとって、こんな時に何を?」
「んー、それが間に合えばあのデカブツもなんとかなると思うんやけど……それまでは私のことはあんまアテにせんといてね。逃げといていい?」
「駄目ですって!」
二、三度目の炎機人の攻撃を、俺たちは辛うじていなす。
一手間違えれば黒焦げかぺちゃんこだ。巨大な死がこっちを狙っているのと何も変わらない。
唯一マシなのは、あの怪物に歩く機能が付いていないこと。元がスカスカの櫓だけあって、小回りが利く体ではないようだ。
ただし、腕の届く範囲から出るにはかなり距離がある。逃げるよりは立ち向かう方が現実的だ。
(だったら……試してみる価値はある!)
考えなしに逃げていたわけじゃない。
俺が走っている方向に、まだ激しく揉み合っている二人の人影が見える。エヴァンとイリスのオーウェン兄妹だ。
燃を呼ぶ前は手負いのエヴァンがかなり追い詰められているように見えていたが、しぶとく粘っている。
お互い凄まじい身体能力でマウントを取り合い、転げては噛みつき、引っかきを繰り返している。
人狼の家系で治癒力が高いは聞いていたけどそれにしてもタフだ。シエナとの戦いで負った大怪我もかなり治ってきているように見える。
「このままじゃ総倒れなんだ! ケガ人だろうが手伝ってもらうぞ!」
俺は両手から鉄線を放つ!
有刺鉄線のトゲなし版。要は単なる頑丈なワイヤーの編み合わせだ。それを暴れるイリスに巻き付けて、グルグルと強引に縛り上げた。
乱闘状態から解放されたエヴァンが俺を睨みながら吠える。
「テメェ! 俺の妹に何しやがる!」
「助けたんだから礼ぐらい言ってくれ! 怪我はさせてないからさ、手を貸してくれ!」
エヴァンは納得いかない様子で牙を剥いたが、俺たちの背後にそびえ立つ炎機人を見て流石に顔色を変える。
そうだよ理解しろ、個人の意地やらイキった不良のスタンスを保ってる場合じゃない。これはお前の家も命もなくなるかもしれないピンチなんだ!
「ち、畜生……なんだあのバケモノ。おいアリヤ、俺は何をすればいい!」
「引っ張ってくれ」
「引っ張る?」
エヴァンが不思議そうにおうむ返しをしてきたのと同時に、俺は向かってくる炎の巨人めがけて『血茨』を放つ。
幸い、あのデカブツの体には俺がシュラと戦っていた時に掛けた大量の鉄線がまだ残っている。そこを狙えば引っ掛けるのは簡単だ。
そして鉄線の末端を束ねて、俺はエヴァンへと手渡した。
「それを引っ張ってあいつを倒せないか? もちろん俺も手伝う!」
「はぁ!? 無茶言ってんじゃねえよ、できるかンなこと」
「さっき似たようなことやってただろ? シエナの銀騎士を投げ飛ばしてた」
「あれは向こうの力を利用しただけだ! ホイホイ投げられるわけがねえだろうが! バカか!?」
「じゃあ善処してくれ! やらなきゃ妹も死ぬぞ!」
「く、クソが……走れッッ!! 左に、全速力でだ!!」
エヴァンの指示を受けて、俺たちは必死に左側へと走る。
俺は手にワイヤーを持って、燃は縛られたまま暴れるイリスを抱えて必死に。
炎熱と暴風を伴って、燃え盛る巨腕がゴウと空から落ちる。その瞬間、エヴァンが大声を張り上げた。
「今だ、思い切り引け!!」
「ッッッ……だああああっ!!!」
何本もの鉄線がピンと張り詰めて、ミシッと軋むような音が聞こえる。
勢いよく振り回された腕が俺たちを叩き潰そうとする寸前、炎機人の巨大な上体がぐらりと傾いた。
拳は逸れて、俺たちに直撃せず頭上をブゥンと掠めて空を切る。そして怪物はバランスを崩し、背中からズズンと地面に倒れ込んだ。
肩で息をしながら、エヴァンが怪物を指差す。
「体幹だ。曲がりなりにも人の形をしてやがる以上、どんな生き物にだって重心とバランスはある。ハッ、それを崩してやりゃこのザマよ!」
「凄いなエヴァン、喧嘩慣れしてるだけある! で、次はどうすればいい?」
「次? おお、次か。次はだな」
炎機人が身を起こす。転倒こそしたが、それだけで壊れてくれるほどヤワな構造ではなかったらしい。
絡めていた鉄線は今の転倒でちぎれた。俺の血と魔力もそろそろ底を尽き始めている。
エヴァンは少し首を捻ってから、「なんかねえのか」と尋ね返してくる。
俺は即答する。
「ないね」
「おう……詰んだか?」
怪物が高らかに咆哮を上げた。
次こそ逃さないとばかりに頭上で両手を組んでいる。ハンマーのように振り下ろしてくるつもりだろうか。あれを逸らすのは難しいかもしれない。
いよいよ手詰まりを感じる俺たち。その耳に、「おーい!!」と少女の声が聞こえてきた。エクセリアだ!
「エクセリア、無事でよかった……って、なんだ、それ!?」
「お前こそ無事で安心したぞアリヤ! それと燃〜!! 言われた通りにしたけど! こいつらはどうすればいいんだ!? ああああっ!!」
エクセリアは顔を引きつらせて、泣きそうになりながら必死にこっちへ駆けてくる。
その後ろを怒涛の勢いで走ってくるのは、地下道にいた死鬼たちだ。それもこの前見かけたような五匹やそこらじゃない。数えきれないほどの大群でわらわらとエクセリアを追いかけてきている!
それを見た瞬間、燃がパチィンと指を鳴らした。
「間に合った! 姫様めっちゃ仕事できるやん! あとでなんか甘いの奢ってあげるから齧られんように必死に走ってな〜」
「怖い! 怖いぃぃっ!! 助けてぇっ!!」
「ひ、ひどい……何がどうしたらこうなるんだ?」
もう困惑するしかない俺の肩に、燃がポンと手を置いた。
振り向くと、彼女の表情は過去一番の自信で満ちている。
「見ときアリヤくん、今度こそバ〜ッチリ私の実力披露したるわ」
掌に青紫の炎を灯して、燃がグールの群れへと一歩を踏み出す。




