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見た目妖婦な王女さまは母国のために残念王子に嫁ぎます。  作者:
見た目妖婦な公女さまも残念王子に嫁ぎます。
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後編



 イザベラのツンとした態度に、苦笑しながらアイリスは彼女に問い掛ける。

「失礼ですが、イザベラ様はご結婚されるご予定は?」

「そんなもの全くないわ」


「ご結婚されたくないということでしょうか?」

 アイリスは首を傾げて、そう聞き返した。


「そう、言う訳でもないんだけど……。私だって、昔は物語を読んで、いつか私だけの王子様が現れて、ここから連れ出してくれるって憧れたわ。でもね、そんなこと現実ではあり得ないでしょう? 私も、もう二十四歳よ。現実を見ないとね」

「イザベラ様……」

 口籠りながら、悲しそうに話すイザベラを、アイリスは哀れんだ。


「本当は分かっているのよ。生まれを嘆いたって幸せにはなれないって。自分の幸せは、人から与えられるのを待たずに、自分から掴みに行かないといけないって。でもね、私は自分の殻に閉じこもることしか出来ない臆病者なのよ」


「まるで、ハリネズミのようです」

「ハリネズミ?」

「ええ。イザベラ様は、自らを(とげ)で覆って、毒づくことでご自身の心を守って来られたのですね」


「そう。そうかもしれないわ。……アイリスは、見た目だけでなく、心も綺麗なのね。こんなに優しい人と一緒になれるナーシサスが(うらや)ましいわ」

 イザベラはそう言って、儚げに微笑んだ。


「あの。差し出がましいことですが、王女様が宜しければ、私の兄に一度会ってみませんか?」

「貴方のお兄様?」

「ええ。私が言うと、身内贔屓(びいき)に聞こえるでしょうが、兄は私が知っている中では、一番素敵な男性です。兄なら、王女様のお心をきっと分かってくれると思います」


「そのような素敵な男性なら、もうお相手が居るのでしょう? 私に会ったりして、その方が嫌がらないかしら?」

「ご心配には及びません。兄は、今まで相手に恵まれず、未だに婚約者も決まっていませんので」

「そうなの?」

「ええ。私は、王女様が本当のお姉様になって下さったら、嬉しいです」

「ふふ。貴方とナーシサスが結婚すれば、叔母にはなるけどね」

「そうですけど」

「会えるなら会ってみたいわ、女だけではなく男をも魅了してしまうという噂の貴公子に」

「まぁ! そのような噂が?」

「ええ。そうよ。貴方達、親子は人外のように妖しい美しさを持っていると言われているわよ」

「ふふ。私達は龍の血を引いてはいますが、それも薄くなっていますから、直人と変わりませんのに」


「ああ、そうよね。ターンマリ国は龍の国ですものね。その王族の血を貴方達も引いているのだったわね」


 イザベラは、急に目の前の少女が神々しく見えて、落ち着かなくなった。

 そわそわし出したイザベラに、この後何か予定があるのかもしれないと考えたアイリスは、次のお茶会の約束をして、部屋を後にした。





 それから数日後、アイリスは、次のお茶会にアレンを伴った。


 アレンに見惚れ、緊張していたイザベラも彼の巧みな話術によって、その緊張を解き、会話を弾ませた。


 彼の前では、イザベラは素直に話せた。


 そして、王妹なのに気取ったところが無く、屈託なく笑うイザベラに、彼も好印象を持った。


 二人は、親しくなるにつれ、アイリスを介さずに会うようになって行った。


 久しぶりの三人でのお茶会で、二人が恋人と呼べる関係になったと聞いたアイリスは、驚きながらも喜び、二人を祝福した。

 それからイザベラのことを「お姉様」と呼ぶようになり、二人には気が早いと(たしな)められていた。


 

 そんなある日、ナーシサスと王宮の庭園を散歩していたアイリスは、花壇の向こう側に、楽しそうに笑い声を上げているアレンとイザベラの姿を見つけ、ナーシサスに教えた。

 彼は、二人の姿に目を細め、彼女にお礼を言う。


「私の女神。貴方のお陰で、叔母が幸せそうだ。本当にありがとう」

「ふふ。私の力ではありません。兄の力です」

「それもあるけれど、二人を引き会わせたのは、貴方だよ」

「ナーシサス殿下……」

「いい加減、敬称を取って呼んでもらいたいな。私の伴侶となるのだから」

「でも……」

「叔母上のことは、『お姉様』と呼ぶのに?」

「それは……」


「さぁ」


 彼の懇願に負けたアイリスは、「ナーシサス、様」と、ギリギリ聞き取れるような声で呟いた。


「『様』もいらないよ、アイリス。さあ、もう一度、もっと大きな声で呼んで欲しいな」

「ナーシサス」

 彼女は、もうどうにでもなれと言わんばかりに投げ遣りに彼の名を呼び捨てた。

 彼は、それを少し悲しく思いながらも、仕方がないと割り切った。


「アイリス、これからは私のことを、今のように呼ぶんだよ。でないと、お仕置きするからね?」

「お仕置き?」

「そう。お仕置き」

「何をするのですか?」

「さあ、何をしようか? でも、聡明なアイリスは、お仕置きされるようなことはしないよね? もちろん、敬語もやめるんだよ」


 彼の脅しに、彼女は首をブンブンと勢い良く縦に振った。





 −−ある日、アイリスは、ローワンに誘われて、ナーシサスの鍛錬を(のぞ)きに騎士の訓練場を訪れた。


 彼女はその光景に瞠目する。


 王太子であるナーシサスが、騎士達に混ざって走り込みをしていたのだ。

 その後も、素振りなどの基礎鍛錬を同じように黙々とこなしていた。


 アイリスは、汗を流し地道な努力をしているナーシサスの姿に、今までの彼へのイメージが、音を立てて崩れて行くのを感じた。

 そして、今までの彼は自分が勝手に作り上げた虚像であったと気付いた。

 自分の思い込みを恥じた彼女は、彼の直向きな姿に心を惹かれていくことに動揺し、ローワンへの挨拶もそこそこに、その場を去った。


 部屋へと戻る途中でアレンと出会し、その足を止める。


「アイリス、どうしたんだい? 顔が赤いけど、熱でもあるのかい?」

 彼は、心配そうな眼差しを彼女に向ける。


「アレンお兄様。何でも有りません」

「そう?」

「はい」

「それにしても、ナーシサス殿下は素晴らしい方だな」

「へっ? ええ……」

「街が綺麗なのも、地方の花の栽培が盛んで国全体の景観が美しいのも、ナーシサス殿下が尽力されて発展させたことだと言う。その上、それを守る為の国の防衛も素晴らしい。同じ男として、尊敬せずにはいられないよ」

「そうですか」

「そのような方の隣に立つのは、大変なことではあるだろうけど、アイリスなら大丈夫だろう。それに、彼ならば、何者からもお前を必ず守ってくれる筈だ。この二ヶ月じっくり観察させて貰ったが、彼以上の男は中々居ない。これで安心して、国に帰れる」

「えっ!? 帰ってしまわれるのですか?」

 彼の発言に驚いた彼女は、思わず(すが)るように彼を見る。


「ああ。私も、自分の結婚相手を両親に早く紹介したいしね」

「そうですか……」


 しゅんとした彼女を慰めるように、彼は彼女の頭を()でた。


「心配するな。結婚式には必ず出席するし、彼女との婚姻の許可が下りれば、彼女を迎えに来ることになる。また直に会えるさ」

「お兄様……」





 アレンがフンワーリ国へと旅立ち、一人取り残されたような心地になったアイリスを、ナーシサスは地方の視察に誘った。


 彼女は、沈んでいた心が浮き立ち、その日を心待ちにした。


 そして当日、二人は仰々しい護衛に囲まれながら、視察へと向かった。


 馬車の窓から、街の様子を眺めたアイリスは、ナーシサスに話し掛ける。


「凄く、綺麗な街ね。この国へ来た時にも思ったけれど、馬車の揺れも殆どなくて、街道の整備も素晴らしいわ」


「そう言ってもらえて、光栄だよ」


 彼女は、彼の本当に嬉しそうな笑顔にあてられて、動悸が早くなる。

 それを誤摩化すように、再び窓の外へと視線を向けた。


 彼は、彼女の横顔が赤いことに気付き、更に頬を緩めた。


 目的地の農園へ辿り着くと、彼が先に馬車から降り、彼女の手を取ってエスコートした。


 馬車から降りて、辺りを見回した彼女は、見渡す限り一面に広がるお花畑に目を奪われる。


「ここは天国かしら?」

「綺麗だろう? 君の花だ。アイリス」

 彼女は、知らず識らずのうちに涙を流していた。


「ああ、アイリス。君はここに咲くどの花よりも美しいな」

 彼は、壊れ物に触れるかのように彼女の頬に触れ、流れる涙を優しく拭った。


 二人は、農園内の散策を楽しみ、帰路に着く。


 帰りの馬車の中でも、彼女は夢心地でいた。


「もう少し早い時期だと水仙も見ることが出来たのだけれど……」

「ふふ、ナーシサスの花ね? そうね、共に咲いている様子も見たかったわ。また、連れて来てくれる?」

「ああ。もちろん!」

 彼女の可愛いおねだりに、彼の頬が緩んで、だらしない顔になった。


 彼女は、温かな空気に思考を溶かされて、普段思っていたことを漏らした。

「ナーシサスは、出会ったばかりの頃は傲慢(ごうまん)なナルシストかと思っていたけれど、本当は、誰よりも自分に厳しい完璧主義者だったのよね」

「何だいそれは」

 彼女の言葉に、彼は目を丸くする。


「そんなにストイックで、疲れない?」

「どうだろう? これが当たり前だからね。君は疲れていそうだね?」

「ええ。少し疲れたわ」


 その発言に、彼は苦笑する。

 だが、次の瞬間、顔を引き締めて、真面目に話し出した。


「無理をさせてすまない。だが、私はもう貴方が居ないことは考えられない。貴方を手放すことは出来ない」

「ナーシサス……」

 

 彼は彼女が消えてなくならないように、その感触を確かめ、抱き締めた。

 抱き締める彼が震えているのに気付き、彼女の胸は締め付けられた。

 

 −−ああ。彼も生きている一人の人間だった。


 彼の温もりを感じ、愛おしさで胸が一杯になる。


 −−私が、彼の拠り所になりたい。


 そう思った、彼女の口から、自然と言葉が溢れ出た。


「私、貴方と結婚するわ」

「アイリス?」


 一瞬、自分の待ち望んでいた言葉を聞き、幻聴かと思った彼は、彼女の名を呼んだ。


 彼女は、もう一度、今度は彼の目を見てはっきりと言う。

「ナーシサス。私、貴方のことが好きみたい。だから、ちゃんと私の意志で貴方と結婚するわ」


「ああ! アイリス、ありがとう。私も愛しているよ」

 彼は、再び彼女を抱き締め、その頬に口付けた。





 彼は、彼女の気が変わり、婚約が破棄されないうちにと、最速で式の準備を進めた。

 公にも二人の婚約が発表され、ロザリーの妨害を恐れた彼は、キツイ公爵に彼女を婚姻まで幽閉するように命じた。

 キツイ公爵は、渋々ながらも従った。


 ナーシサスは、公爵の態度に不安を覚え、彼を見張るように部下に指示した。


 案の定、娘に甘い公爵は、ロザリーを領地へ連れて行っただけで、幽閉まではしなかった。


 街に出たロザリーは、住人達が楽しそうに話しているその内容を聞いて、足を止めた。

 ナーシサスとアイリスの婚姻が盛大に執り行われると。

 それを聞いたロザリーは、始めは信じられず、住人達に詰め寄った。

 それが、本当のことであると分かると、憤り、住民達に八つ当たりし始めた。

 住民達は、慌てて逃げ出す。


 怒りが静まらないロザリーは、そのまま父親が取り締まっている裏組織のボスの許へ行き、アイリスの暗殺を命じた。


 その話を部下から聞いたナーシサスは直に動いた。


 先ずは、公爵の許へ行きその話をして、暗殺命令を取り消させた。

 そして、公爵家を取り潰したくなければ、ロザリーを勘当するか、辺境の修道院へと入れるように命じた。


 公爵は項垂(うなだ)れ、ロザリーを辺境の修道院へと入れることを約束した。

 その翌日、眠らされた彼女は、馬車で辺境の修道院まで運ばれ、目覚めた時には、見知った者が誰一人としていない場所で泣きわめいた。


 修道院の者達は、彼女の方から歩み寄って来るまで放置した。

 自らの身の上を嘆くばかりだった彼女は、遂に飢えに負け、食料を得る為にちっぽけな矜持を捨てた。

 その後は、環境に順応するように日々を過ごした。



 結婚の準備で忙しくしていたアイリスは、結婚後、落ち着いて来た頃に、ふと気になってロザリーのことをナーシサスに尋ねた。


「そう言えば、ロザリー様は王子妃教育を終えられたの?」


 それにナーシサスは、こう答えた。


「残念ながら、修道院へ行ったよ。やっと自らの愚かさに気付き、改心しようと思ったようだ。君が気に病むことは何も無い。彼女のことよりも、もっと私のことを考えて欲しい」と。



 アイリスは、ナーシサスに真綿に包まれるように守られ、ただただその愛に溺れさせられた。

 彼女は戸惑いながらも、彼の愛を享受し、その美しさに磨きをかけていった。

 


 その後、アイリスは母、アリシアのように子供には恵まれなかった。

 だが、ナーシサスは彼女を決して手放さず、祖父のように妾を作ることもしなかった。

 弟のローワンに第二子が生まれると、その子を養子として迎え、養育し、王位を継がせた。


 ナーシサスとアイリスは、精力的に政務をこなし、ビューテ国は美の神が治める世界一美しい国、地上の天国と呼ばれ、世界中から旅人が引っ切り無しに訪れるようになったのだった。


 





 お読み下さり、ありがとうございます。

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