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17 本物の勇者がやってきた

 報告書に目を通しながら、ジークフリートは重いため息を吐いた。



「グルーゼル地方も変化なし……か。むしろ以前の調査時よりも、森の荒廃が進んでいるではないか」



 期待していたものとは違う結果に、落胆を隠しきれない。

 それだけここ最近の己は浮かれていたということか。

 帝国内の調査はこれで半分程済んだといえる。

 遠方や国外はまだ時間がかかるため、一概には言えないが、それでもこれは厳しい結果だ。



 結局国内で良い変化があったのは、今のところあの野営地の湖だけのようだった。



「……そういえば、ライオネルの嫁はどうなったんだ」



 湖のことを思い返すと、おのずとライオネルの腕の中で目を閉じていた見目麗しい少女の姿が浮かぶ。

 落ち着いたらジークフリートに会わせるという話だったが、未だにそれは果たされていない。



「こちらから見に行くか」



 普段であれば、この若き皇帝陛下は周囲にかける迷惑や暗殺の心配が先立ち、このような思い付きの行動など決してしない。

 しかし、ジークフリートはここ数日もたらされ続ける 期待はずれの報告に正直なところ気持ちが荒んでいた。

 そこで、側近やライオネル達へかける迷惑など考慮せずに、思い立ったがままに行動を起してしまったのだった。








 アイゼンバーグ侯爵家の応接室に、当主であるディートハルトの大きなため息が響き渡る。

 見るからに腕っ節の強そうな威厳ある男からため息を吐かれれば、対峙している者は大抵萎縮するだろう。

 しかし、その相手が皇帝陛下という帝国における最高権力者あれば、痛くも痒くもない。



「陛下、困りますよ急に我が家にいらっしゃるなど。警備の面などもございますから、先触れを出して頂かなければ」



「そう言うな、アイゼンバーグ侯爵。昔は何度も来ていたであろう。それに警備などお前一人いれば十分ではないか」



 確かに、ライオネルがジークフリートの遊び相手に選ばれたことで、ジークフリートは幼い頃から幾度となくアイゼンバーグ侯爵家を訪れている。

 使用人達が突然の皇帝訪問に、恐慌状態に陥らずに済んだのは、単純に見慣れた人物だからということもあるだろう。

 警備の面にしても、軍事帝国の前元帥という肩書きを持つ人間に喧嘩を売る賊など滅多にいないはずだ。



「それはまだあなた様が王子であられた頃の話です。今は立場が違います故。きちんとお立場をご理解下さい」



「相変わらず堅苦しいな。息子そっくりだ」



 鼻で笑う様子には、全く罪悪感など滲んでいない。

 ディートハルトは痛む頭を押さえながら、それでも嗜めることを止めない。

 王子の頃に剣術指導を任せられていたこともあり、恐れ多くも教育係のような気持ちを未だに抱いている。

 皇帝陛下が勝手な行動を取れば、そのしわ寄せは全て部下に来るのだ。

 それを前皇帝の時に嫌という程経験していたため、この若き皇帝陛下の部下達のためにも、軽率な行動は控えてもらわなければならないのだ。

 若いとはいっても在位10年を数えているのだがら、このような突飛な行動を未だにするとは思いもしなかったが。



「陛下」



「……分かっておる。私も少し強引過ぎたと思っている。政務の方で少し思うところがあってな。息抜きだ。許せ」



 そう言って軽く笑ったジークフリートの顔は、とても疲れて見える。

 この世界が現在抱えている問題は深刻すぎる。幾千幾万の民が暮らす帝国の頂きに立つということは、重圧も半端なものではないだろう。

 これ以上キツく言うのは酷かと、用意していた厳しい言葉を飲み込んだ。



「……それで、我が家へのご用事とは?あいにく息子はまだ帰宅しておりませんが」



「ああ、それは知っている。隣国で監禁されていた娘を見に来ただけだ。ライオネルの奴がなかなか城に連れてこないものだから、しびれを切らしてこうして足を運んだというわけだ」



 ようやく追求が止み、ホッとしたように来訪の目的を伝えると、ディートハルトが先程よりも苦み走ったような表情を浮かべた。



「ミティリアは言葉を話せません。それゆえ王に対する礼儀もなっておりませんので、まだお会いするには早すぎるかと」



 まさか断られるとは思わなかったため、ジークフリートは困惑する。



「……それは別に良い。監禁されていたのだ、言葉を話せぬことも礼儀などなっていないことも分かっている。ただ、どのような者か見にきただけだ。連れて参れ」



「しかし……」



 煮え切らない態度に、少し気分を害したように、目の前の厳めしい男をジロリと見やる。



「……分かりました。ダニエル、ミティリアを連れて参れ」



 皇帝に命じられて断われるわけもなく、渋々と言った体で了承するが、それでも納得していないということは伝わってきた。



「……はい」



 主人から命じられた執事も、どこか不服そうだ。

 それでも断われる話ではないと分かっているのか、すぐに部屋を後にする。



「何が気に食わないんだ、お前らは。ダニエルも明らかに不満そうじゃないか」



 不敬罪でしょっ引くぞと、軽口にしては厳しいことを言うと、とんでもない言葉が返ってきた。



「……陛下は、熟女がお好きでしたな」



「………………は?」



 唐突に自らの性癖を家来から暴露された皇帝とは、後にも先にもジークフリートだけだろう。

 応接室の入口近くに控えていた、城から同行している近衛騎士の表情がもの凄いことになっている。

 『まじですか陛下』との心の声が今にも聞こえてきそうだ。

 それほどディートハルトの言葉のインパクトは強かった。

 いくら国に貢献してきた人間だとしても、本気で不敬罪で捕縛するべきかもしれない。



「前皇帝から聞いておりました。女を覚えてから相手にするのは遊び慣れた未亡人が圧倒的に多く、どうにも若い女に興味がないようだと。ただ、迎えられた正妃様のご年齢が二つ年下だったため、前皇帝のお話は少し大げさだったのかと愚考しておりました。しかし、お世継ぎのご誕生以来、後宮から足が遠のいていらっしゃると噂で聞きましたので、陛下は年下もいけないことはないが、基本的に年上がお好きという認識を持っていたのですが、宜しいですよね?」




 宜しいはずがないだろうと、ジークフリートは心の中で吐き捨てた。

 驚きすぎると人間声が出なくなるらしい。

 むしろなぜ宜しいと思えたのかこの男は。まさか脳みそまで筋肉で出来ている訳ではないだろうな。

 

 父親が息子の極めて個人的な話を部下に漏らしていたということもショックだ。

 あらぬ疑いと身内の裏切り行為に衝撃を受け、身動き一つとれずに凍りついてしまう。



「ミティリアは、非常に見目麗しいのです」



 勝手に人の性癖を暴露したディートハルトといえば、自らの為したことの重大性に頓着することなく、話を続ける。

 確かに遊び慣れた未亡人を相手にすることが比較的多かった気もするが、それは後腐れがないという理由でしかない。

 下手に未婚の女性に手を出して、野心を持った親がしゃしゃり出てくることが面倒だっただけだ。

 あらぬ疑いを持たれる謂れはない。

 正妃とのことはこちらにも色々あるんだ、放っておいてくれという心境だ。

 しかし、熟女好きは誤解だと声高に言うのも何か違う気がして、とりあえず話に付き合うことにした。



「……知っている。一度見たからな。目は閉じていたが、それでも美しいことは十分伝わってくる程だった」



 それがどうしたというのだ。

 あの娘が美しいことと、皇帝の熟女好き疑惑に一体何の関連性があるというのか。



「恐れ多くも陛下がその端正なお顔立ちから、婦女子に圧倒的な人気を誇っていることは良く知っています。しかし、ミティリアは息子がようやく心を預けた娘なのです」



 ここにきてようやく、侯爵が何を言わんとしているのか理解できたジークフリートは、疲れたようにため息を吐いた。



「俺が、部下の嫁を奪い取るような悪逆非道に見えるのか」



 だから執拗に熟女好きがどうか確認していたわけか。

 年上が好みであれば、遥かに年下の娘に手を出すことはないだろうと。



「いいえ!決してそのようなことは。ただ、陛下のように、見目麗しい若い男というのが、この屋敷にはおりません。陛下と出会った時にミティリアがどのような感情を抱くのか、少々……いえ、かなり気がかりで。今はライオネルに大層懐いており、好意も向けているようですが……」



「つまり、ミティリアという娘が、ライオネルから俺に目移りすると困るから、会わせたくないと」



 ライオネルも顔の造形自体は決して悪くないのだが、如何せん目つきが悪いせいで、全く女が寄ってこない。

 欲望にまみれた有象無象が寄ってくるよりもマシだとジークフリートなどは思うが、やっと手にした嫁候補を逃したくないということだけは良く分かった。



「まあ、身も蓋もなく言えばそういうことになりますな」



「お前実は親バカだったんだな……あまりにライオネルに厳しく当たるものだから、昔はライオネルのことが嫌いなのだと思っていたぞ。それが息子の嫁を取られないように、あれこれ心配するなんて」



 ライオネルが好意を抱いていることに気付き、嫁だなんだとからかっていたが、どうやら侯爵家の者達も、あの娘を嫁にする気満々らしい。



「親バカ……いや、否定は致しません。しかし、ライオネルだけでなく、妻もミティリアを大層気に入っており、何くれとなく世話を焼いているんです。部屋や服も自らの贔屓にしている店で全て揃えさせて、最近は絵本の読み聞かせまで行っています。陛下はまだ側妃を娶られておりませんので、もしミティリアを見初めて、陛下とミティリアが……ということになれば、確実に我が家は崩壊します」



「そこまでか」



 あの堅物だけでなく、長く軍部で腕を奮った侯爵や、その妻であり、過去に社交界の華と持て囃された侯爵夫人までも気に入っているということは、ミティリアという娘は悪い人間ではないということだろう。

 特に、侯爵夫人が認めているということは大きい。

 女の汚い裏側まで見抜けるのは女だけだ。

 自分がふるいに掛ける必要は無さそうだが、折角ここまで足を運んだのだから、そこまでアイゼンバーグ侯爵家に歓迎されているらしい娘の顔を見て帰りたい。



「お前達が認めた娘が、そう簡単に他の男に目を移すわけが無いだろう。それに今のところ側妃を娶るつもりはない」



「……そうですね。あれだけライオネルに懐いているんです。いらぬ心配はミティリアへの侮辱にもなるか」



 ジークフリートが熟女好きという誤解を解き忘れたことに気付いたのは、応接室のドアがノックされた時だった。







(な、なんか、じーさんに連れて来られたら、赤髪の男がゴリラと面会してるんだけど。え、この人も魔王城の住人?いや、でも明らかに女王様とかりゃい様とは違う正義の味方オーラが出てるんだけど…………サラサラの赤い髪にイケメン顔、そして圧倒的なまでの主人公感。これぞ、勇者!って感じの人だな。え…………もしかしてこの人が本物の勇者ってやつ?……この人が勇者なら、じゃあ俺は何なの?)




 正統派イケメンの登場は、ディートハルト達が心配した恋心は一欠片も生まなかったが、新たな誤解を生むこととなった。





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