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13 魅惑の果実

 ミティリアの皿からのみ肉を抜くという、女王様のあまりに非道な行いに絶望した、悪夢の食事から数刻。

 与えられた部屋のベッドでごろごろしながら、ミティリアは大変怠惰な時間を過ごしていた。



(女王様になんかお客さんが来たっぽかったけど、ゴリラまで連れていってどうするんだろう。うちのペットですって紹介するのかな。俺がそのお客さんだったら、すぐに付き合いを考え直すけどな。まあ、やっと一人になれたから良かったか……ペットのゴリラ以下であるはずの俺にまで、とんでもなく広い部屋をくれるくらいだし、窓から見える庭もすげー広いから、魔王城はとんでもなく大きいみたいだなー)



 そんな広大な魔王城において、ミティリアの目的である厨房を探し出すことは恐らく容易ではない。

 なにしろ言葉が全然理解できないのだから、尋ねることも難しく、さらには人が苦手なミティリアにボディランゲージなどという高難易度な異文化交流が出来るはずもない。



 ころんと寝がえりを打ち、眩しい日差しが入り込む窓へと視線を向ける。



(奇跡的にご飯もくれて、何の気まぐれか広い部屋までもらえたけど、このままりゃい様に殺されない保証も、女王様に生きながら血をすすられない保証もないんだよなー。逃げた方がいいのかな。今なら周りに誰もいないし、この窓を使えば逃げれるかも。そんでもって旅とかしながら、困ってる人を助けたり、ドラゴンを退治したり……いや、でも旅とか別にしたくないしな。一人旅出来るやつとかどんだけメンタル強いんだよ、正気の沙汰かよ。できるなら外なんか出ずに、ご飯だけもらってずっとごろごろしてたい)



 陽の光で明るく照らされた白皙の美貌は、冒しがたいほどの神聖さを見る者に感じさせるが、中身はどこまでも残念だった。

 人の見た目と中身が合致しているかといえば、必ずしもそういう訳ではないという代表例といっても過言ではないだろう。

 このミティリアの姿をメイドのエイダが見ようものなら、あまりに神秘的な姿に、祈りさえ捧げたかもしれない。

 エイダが傍にいるとどこか落ち着かない様子を見せるミティリアのことを気遣い、部屋の中では一人になれるように気を回しているおかげで、新たなる勘違いは防がれたのだった。



(命の危険さえなければ、この部屋も最高なんだけどなー。ベッドは大きいし、あの狭い部屋よりも清潔な感じだし。だけど、命の危険がなー。若い女の人もいるしなー。んー、でも一人旅はハードルが高いなー。だからといって誰かと一緒っていうのも怖いし。野宿とか虫が来るだろうし、まじ無理……とりあえず本当に危険な時に逃げるでいいかな……)



 インドアを極めているダメ人間は、ついには考えること自体がなんだか面倒になってしまい、問題を先送りにすることにした。



(とりあえず、折角王様っていう金持ちの家にいる訳だし、何としても甘いものを手に入れよう。よし、厨房を探そう!)



 命の危機にあっても、アウトドアが嫌で逃げ出すことを断念したミティリアだが、食べ物を手に入れるためには部屋を出ることを厭わない。

 どこまでも食への欲望には忠実だった。


 ドアをこっそりと開き、隙間からきょろきょろと辺りを見渡す。

 


(よしよし、あの若いメイドさんもいないみたいだ)



 誰もいないことを確認すると、忍び足で廊下を進む。



(この靴歩きにくいんだよなー。いままでずっと裸足で過ごしてきたし。少しとはいえ、こんなヒールのある靴なんて履いたことないもん。歩き方も良く分かんないし、世の女の人はよくこんなの履いて普通に歩けるよな。室内で靴履くことにもちょっと抵抗感あるしなー)



 とてとてと歩みを進めていたが、廊下の角を数回曲がった頃には、ミティリアの息は上がっていた。

 疲れたように前方を見ると、天井が高く横幅も広い廊下が随分先まで続いている。

 厨房は未だ見つけることができない。



(……どこだろう、ここ。移動するときは基本的にりゃい様に運搬されてたし、さっきのご飯の時はゴリラが食堂みたいなところに連れて行ってくれたから、あんまり道を覚えてなかったな……。疲れた……)



「ミティリアお嬢様?」



 息を整えているところに、少ししゃがれた声で名前を呼ばれ、びくりと体を揺らす。



「ひっ……」



 ミティリアが振り返った先にいたのは、筆頭執事のダニエルだった。



(……じーちゃんだ。今まで見た人の中で一番年取ってるじーちゃんだ)



 思いがけぬお年寄りとの出会いに、まじまじとその顔を見る。

 優しそうな雰囲気と下がった目じり。

 全方位人見知りで怖がりなミティリアだが、比較的年を召した人間には、そこまで怯えずに済むことは地下室のおばちゃんで自覚済みだ。



(少し緊張するけど、なんか優しそうなじーちゃんだな。皆が皆こんなじーちゃんなら、そこまで怯えずに済むのに……何者だろう?俺の名前知ってるみたいだし、魔王城の人かな。あ……俺女王様側の人に見つかったらやばいじゃん!勝手に部屋を出てきたのって逃亡しようとしてたって思われないか?逃げようとしたなんて思われたら、今度こそ命はないかも……。そんなつもりはないんです。ちょっと厨房に行きたかっただけで、逃げるつもりはなかったんです!女王様には、女王様にだけは言わないで!)



「は、はーうえ、はーうえ」



(ほんと女王様だけは勘弁です。あなたの告げ口一つで俺一人の命が危なくなるんです。どうかどうか、ご内密に!女王様、ダメ。これで通じるかな?)



 「母上」と言いながら首を横に何度も振り続ける少女。

 アリーシャを呼び続けるミティリアに、ダニエルは思案する。



「奥様にご用事が?」



 尋ねてはみたが、ライオネルから聞いていた通り、ミティリアは言葉を理解していないようで、ひたすらアリーシャを呼び続ける。

 その様子があまりに必死で、一生懸命なため、その庇護欲をそそる容姿と相まって、何が何でも願いを叶えなければという焦燥感に駆られる。

 夫に比べてミティリアに懐かれていないようだと、メイド長のイリーナに悩みを相談していたらしいアリーシャも、こんなにも一心に求められていたと知れば、大層喜ぶことだろう。



「ルーズベルト伯爵夫人と庭で茶会をされていましたが、旦那様とのご用事が済んだ伯爵と一緒に伯爵夫人も先程お帰りになりました。今ならまだお庭にいらっしゃるかと思いますので、あちらまでお連れしましょうか」



 ダニエルの気遣いに満ちた提案は、ミティリアの願いとは正反対のものだった。



「こちらです、ミティリアお嬢様」


 

 不安そうに涙目で顔を横に振り続けるミティリアに声をかけると、少しでも安心できるよう優しくほほ笑みかけ、庭へと続く方向へ先導する。



(女王様に言ったらダメって通じたのかな。じーちゃん、助けてくれるの?こんな優しい顔で笑ってるんだ、助けてくれるに違いないや。ありがとう。じーちゃんは俺の命の恩人だよ。すっかり迷子だったし、元の部屋まで連れて行ってくれるのかな?)



 導かれるがままに階段を下り、しばらく歩いていると玄関へと辿り着く。



(……あれ?俺部屋を出た後は廊下しか歩いてないし、階段とか使った覚えないんだけど、どうして階段下りたんだろう)



 今更ながらの疑問がミティリアの頭を過る。

 残念な子の戸惑う様子に気付かないまま、外に連れ出すと、来客とのお茶を楽しむためのスペースへと躊躇いなく進んだ。



(あれれー、外に出ちゃった。全然意味分かんないよ、じーちゃ…………)



 眩しい外の光に目を細めて見た先に、真黒な髪が艶やかな女王様が、佇んでいた。



「はー、うえ?」



(女王様?)



「ああ、やはり奥様はこちらにいらっしゃいました。良かったですね、ミティリア様」



(じ、じーちゃんのうらぎりものー!俺を騙して女王様に突き出しに来たんだな。こんな人の良さそうな老人の顔して、なんて残酷なんだ。この悪魔!)



「あら、ミティリアちゃん、どうしたの?」



「どうやら奥様にお会いしたかったようで、部屋を一人で出て奥様を探し回っていた所を発見したのでこちらへお連れしました」



 部屋から逃げ出したことを告げ口されているとばかり思っているミティリアは、二人のやり取りを恐怖に震えながら見つめることしか出来ない。



「まあ!本当なのダニエル?」



「はい。母上と呼びながら涙を浮かべていらっしゃいました」



「まあ!まあ!なんて可愛いのかしら。あの人にばかり懐いているから寂しかったのよ。ミティリアちゃん、母上ですよ」



 キラキラした笑顔を振りまきながら、ミティリアへと向かってくるアリーシャ。



(ものすごい笑顔だよ女王様。おあずけされてたデザートにやっとありつけるんだから、そりゃ笑顔にもなるよな。りゃい様もゴリラもここにはいない……俺はじーちゃんに騙されて、女王様に差しだされたんだな)



 救いを求めるように、周囲へ視線を彷徨わせると、庭に生えている1本の大きな木が目に入った。



(あの木、枝のしだれ具合とか家の庭にあったリンゴの木に似てるなー。でもリンゴの木って虫も凄いし、育てるのが難しくて実もならないしで、結局切ったんだっけ?あーアップルパイ食べたい。アップルパイの中身ってリンゴを砂糖で煮るだけだよな?もしかしたらアップルパイなら作れるんじゃないか……あれがリンゴの木ならいいけど、どこにも実なんてなさそうだし、アップルパイなんて夢のまた夢か……)



 迫りくる魔王からの現実逃避をしていると、ついにアリーシャがミティリアへと辿りついてしまう。

 溢れ出る嬉しさに、ミティリアへと抱きつこうとしたアリーシャだが、ミティリアが自分とは違う方向を見ていることに気付く。

 その視線の先へ目を向けると、メイファージュの木があった。



 豊穣の女神の名前である「メイファージュ」を冠した木。

 その実は、熟れると真っ赤に色付き、とろけるような甘味が非常に美味だ。

 寒暖の変化に強く痩せた土地でも育つことから、世界中で広く栽培されており、この木もアリーシャがアイゼンバーグ侯爵家に嫁いだ時からこの場所に存在していた。

 

 今はどこにも赤い実など見当たらないが、アリーシャが嫁いだ頃には、毎年のように赤く大きな甘い果実を実らせていた。


 しかし世界の荒廃が囁かれるようになると、メイファージュは突然実をつけなくなった。

 侯爵家の庭園にあるこの木だけではない。

 帝国内外にある他のメイファージュの木も同様の時期に実らなくなった。

 他の果実の木は、収穫量は減っても完全に実らないということは無かったため、メイファージュの栽培を生業としていた者たちは、メイファージュを伐採し、そちらに移行する者がほとんどだった。


 そのうちメイファージュの実は市場からすっかり姿を消し、今ではまず見かけることができない。

 他の果実や農作物もそのうちメイファージュのように収穫出来なくなるのではないか。

 そんな不安と恐怖を誰しもが抱える、ある意味破滅の象徴的な木だ。




「ミティリアちゃんは初めて見るのかしら。これはメイファージュの木っていうのよ」



 アップルパイに脳内を占拠されてしまったミティリアは、アリーシャの言葉に答えることなくふらふらと木へと近づいて行く。



(やっぱりリンゴの木に似てるけどなー、実が生ってればアップルパイが食べれるのに……こんだけ大きいんだから、どこかに一つくらいないのかな……。花も咲いてないから、実がなるなるはずないか)



 ぐるぐると木の回りを歩いては上を見上げるミティリアを困惑したように見守るしかないアリーシャ達。

 悲しそうな表情で、すっかり元気を失くしてしまった様子を不思議に思う。


 この少女は何を求めているのだろうか。




「あ…………」



 木を一心に見上げていたミティリアが、何かを見つけたように指さした。



 ミティリアの行動を見守っていたアリーシャとダニエルが促されるように指の先に目を向けると、信じられない光景を目にすることとなる。



 そこにあったのは、何年も目にしていなかった、丸くつやつやした赤色の果実。




「そんな……まさか……」



 アリーシャが口元を両手で覆う。

 横では、同じくその赤色を見つけたダニエルが、目の前の光景を信じられず、驚愕の表情を浮かべている。



(見た目は完全にリンゴじゃん!うおおおおテンション上がるなあ。リンゴ甘く煮たのを、あの硬いパンに載せたら、アップルパイになるんじゃね?ついにこの世界に生まれて初めてのスイーツが食べれるかも!)



 それはアップルパイではなく、ただリンゴジャムを載せたパンでしかないが、甘いものに飢えきったミティリアに正常な思考能力は備わってなかった。



「……ダニエル、あの人を呼んできて」



「は、はい。すぐに」



 掠れた声で、ダニエルに夫を呼びにいかせると、メイファージュの実を指さしながら嬉しそうに微笑んでいるミティリアへと近づく。



 そして、今度こそ思い切りその小さな体に抱きついた。



(うわっ、え、あ……そういや、ここには女王様がいたような。じーちゃんに裏切られて、差しだされたんだった。……目の前にスイーツの卵があるっていうのに、それを食べる前に殺されるのかな、俺。せめて、せめてアップルパイを一口でも食べてからじゃだめ?)



「また、メイファージュの実がこの木に生っているのを見る日がくるなんて。いつ頃から生っていたのかしら。全く気付かなかったわ。私ったら、いつのまにか上を見上げることすら忘れていたのかしら。見つけてくれてありがとうミティリアちゃん」




 ダニエルに呼ばれ、慌てたように庭へ駆けてくるディートハルトが現れるまで、アリーシャはミティリアを抱きしめ続けていた。





 

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