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猫の魔者  作者: ルイン
第三章 西からの訪問者
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再会と戦争




 コリスはしばらく考えていた。それは、さっき聞こえてきた声のこと。可愛らしい、空のように澄んだ声。きっと、声の主は女性なのだろう。でも、一体なぜ?どうして僕に「彼を止めて」と言ったのだろう。それに、「彼」とは? コリスは答えのない疑問に、頭をぐるぐるとさせていた。


 ふと、コリスはいつの間にか、目の前に薄い水色の壁が迫っているのに気が付いた。コリスはビックリして後ずさった。


「うわっ! な、なん・・・?!」コリスは慌てて離れようとしたが、コリスを包んでいるシャボン玉は容赦なくゆっくりと進んでいってしまう。


 そして、まるで吸い込まれるようにシャボン玉型の結界が、薄水色の壁に埋め込まれていった。コリスはビックリしすぎて全身の毛を逆立た。そして目を皿のようにして見ていた。なんと、その壁の向こう側には、町があったのだ。どうやら、この壁は町の結界のようだった。




「コリスくんーー!!」突然、町のほうからシーリーの叫び声が聞こえてコリスはビックリした。


 声のしたほうを見ると、人間の姿をしたシーリーがものすごいスピードで飛んでくるのが見えた。コリスはどうしてここにシーリーがいるのか分からずに目をパチクリさせた。


「よかったー!! コリス君は無事だったんですね?! よかったよかった!」


 シーリーはバッと勢いよくコリスに抱きつくと、しめつけんばかりにコリスを抱きしめた。シーリーの胸に押し付けられて、コリスは身体が潰れるかと思うほどの苦しみを味わった。


「く、苦し・・・い」興奮冷めやらぬようすのシーリーにどうにか離してもらった。すると、ふと、いつの間にかグローリアがかけた結界が、なくなっていることに気づいた。


「あれ? シャボン玉は?」


「そんなことより、ここは危険ですからこっちへ行きましょう!」


「えっ?」コリスはシーリーにガッチリとガードされて、安全な場所へとさっさと連れて行かれた。



 あとで聞いた話なのだが、あのシャボン玉結界はグローリアがあらかじめ、シーリーが触れたら消えるようになっていたらしい。もし、シーリーが来なかったらそのまま町の安全な場所へ向かっていたという。




「じゃあ、ここにいてくださいね」


 シーリーに連れられた場所は、素朴で少しおしゃれな雰囲気のパブの中だった。コリスは安全な場所がこんなところでいいのかと少し不安に思ったが、コリス以外にも弱っているお年寄りや戦いに慣れていない若い猫たちが身を寄せ合っていたので、安全な場所なのだろうと思い直した。


「あれ、シーリーは? ここにいないの?」コリスは入り口に向かおうとするシーリーにあわてて声をかけた。


 コリスの不安げなようすを見て、シーリーは柔らかく微笑むと安心させるようにいった。


「大丈夫ですよ。私は戦いには参加しませんから・・・。ただ、それでも私に出来ることはいくらでもあるんです。だから、それをやりに行くんです」


「え・・・。僕・・・」コリスは不安そうに耳を下にたらした。




「ふふ。若いの、そんなに不安にならんでも、ここにはみんないる。・・・その子は、結界をつくりにいくんじゃよ」


 突然、コリスの後ろの椅子に腰掛(こしか)けていた老女が口を挟んだ。コリスはビックリして振り返った。シーリーはお(ばあ)さんに申し訳無さそうな顔をしている。

 

 シワくちゃのお(ばあ)さんは優しく笑うと、シーリーに行くよううながした。


「さあ、お行き。私らは大丈夫じゃ。この子は私が見ておいてあげるよ」


「・・すみません、じゃあコリス君。ここにいてくださいね? おとなしくですよ」


 シーリーはそういうと、急いだようすで出て行ってしまった。コリスは何か言おうとして口を閉ざした。どこか、切羽詰(せっぱつま)っているようで、とても止めれる雰囲気ではなかったのだ。


「・・・シーリー・・・」コリスは心細くなってションボリと肩を落とした。


「まあまあ、そんなしょげなさんな。彼女にはまた会えるさ。あの子は魔者ではないのじゃろう?」



 お婆さんが励ますようにコリスを見た。コリスは肩を落としながら、チラリと老婆(ろうば)を見た。


「・・・そうです。でも・・・僕、なにがなんだか分からなくて・・・」コリスには何が起こっているのかすら分からない。



 何があって、こんなことになってるのか・・・? コリスは突然やって来た、あの恐ろしい青年や、グローリアが自分を引き離したことにも混乱していた。結界の中に急に、聞こえてきた声も、なにもかもがよく分からないことだらけだった。そこに、やっと会えたと思ったシーリーはあっという間に行ってしまうし・・・。コリスは一匹ぼっちにされ、不安で押しつぶされそうだった。


「・・・グローリア・・・」コリスは涙が溢れそうになった。


 見かねたお婆さんは、座っていた椅子を近づけると、コリスの脇に手を入れて「よいしょっ」と抱き上げた。


「うわっ?!」コリスはビックリして目を見開いた。


 いかんせん、コリスは子猫の中でも身体が小さいほうだが、それでもお婆さんの手は少し心細そうにプルプル震えていた。

 お婆さんは涙でぬれている水色の瞳をのぞきこむと、力強く言った。


「これしきのことで泣くんじゃない。男の子じゃろう?男の子は、めったなことで泣いていてはいけないんじゃ。じゃから、めったなことでは泣くんじゃない」


 お婆さんの真剣な顔に気圧されたコリスは動揺しながらこくんと頷いた。出かかっていた涙もいつの間にか引っ込んでいた。


「でも・・・、僕なにがどうなってるのか分からないんです。なにがあったんですか?」


「今は犬の部族が襲ってきて戦争をしておる。じゃから、ここにいたほうが安全なんじゃ。万が一、敵が結界を破ってきたとしても、ここなら強い魔法がかかっておるから安心なんじゃ・・・」


 コリスは驚愕(きょうがく)した。戦争・・・? コリスはお婆さんの手からすり抜けると、外へと飛び出した。


 あのとき見た青空を埋めつくすほどの敵の数に、コリスに戦慄(せんりつ)が走っていた。

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