23. 初めて家族の話を聞きました
◆◆◆◆◆
「えーッ!?それならアンは、かの有名なジョセフ様と友達なの!?」
お兄様は前に座るジョーを見て、興奮している。だから私は、
「ジョーってそんなに有名なの?」
思わずジョーに聞いていた。私の問いに、案の定ジョーは
「知らない」
と答える。
ジョーは自分が強いことを自慢したり見せびらかすタイプではないことは、重々承知だ。仮に私がジョーだったら、自分はすごいと周りの人に言って回るかもしれないのに。
お兄様は目を輝かせてジョーを見ている。
「ジョセフ様は、三人の名将の本にも載ってるよね!
王宮近衛隊隊長と、王都第一騎士団長と、オストワル辺境伯領騎士団長ジョセフ•グランヴォル様。
僕、ジョセフ様から手紙が届いた時、ドキドキして手が震えたよ」
「そ……そうなんですね……」
かろうじてそう答えながらも、ジョーが予想以上に有名で、戸惑いを隠せない。
私はヘンリーお兄様の妹だから、どうやら貴族出身だということは分かった。だが、国内でも三本の指に入る……いや、国内最強とも言われるジョーが相手だから、私とは釣り合わないとますます思う。
遠く離れた場所に住んでいるヘンリーお兄様が憧れるような人だから。
「ジョセフ様、アンの件は本当にありがとうございました。
僕はアンが王宮を追放されたという噂を聞いて、不安で仕方がなかった。僕の争いに、アンまで巻き込んでしまったのではないかと思って。
アンの捜索をかけても、僕には見つけることが出来なかったから……」
「お兄様の……争い?」
思わず聞いていた。
私は、今の今までお兄様がこのヘンリー•ポーレットであることを知らなかった。そして、お兄様も私の知らないところで苦労をしてきたのだと思い知る。
「アン……これを聞いて、僕のことを嫌わないで欲しい。
やっと会えた妹なんだから」
そう言って、ヘンリーお兄様は話を始めた。その話は、私が初めて聞くことばかりだった。
震えながら聞く私の隣にはジョーがいて、そっと手を握ってくれた。だから少しだけ、心が落ち着いたのも事実だった。
「僕たちは、王都から近い水の都、ポーレット侯爵領で生まれた。
父上は当時侯爵として、ポーレット領を取り仕切っていた。母上は結婚前は王宮薬師として、王宮に勤務していた。
母上は才能に恵まれ、その若さで王宮薬師長をしていた。母上のおかげで、王宮治療院は飛躍的に進歩したんだよ」
お兄様が嬉しそうに私に告げる。母親が王宮薬師長をしていただなんて……そんな話、初めて聞いた。
そして、母親がそんなにすごい薬師と聞き、誇らしい気持ちでいっぱいになる。
「母上は父上からの猛アピールを受けて、ポーレット侯爵家に嫁いだ。
そして、僕とアンが生まれ、しばらくは幸せに生活をしていた」
ここまで話をして、お兄様は息を吸った。そして、暗い表情になる。
「父上には、腹違いの弟がいた。この弟は、ずっと父上の座を狙っていた。
ある日のこと、この弟は寝ている父上をいきなり刺し……殺害した。そして母上も、父上を殺されて精神を病み、すぐに亡くなった」
その話を聞き、背中がぞっとする。
きっと、お父様もお母様もすごく怖かっただろう。今の私には縁のない話だが、急に怖くなってくる。
だが、それを察するかのように、ジョーがぎゅっと手に握ってくれた。
「両親が亡くなり、僕は親戚に引き取られた。アンも引き取られる予定だった。
だが、僕もアンも今後命を狙われる可能性があるから……せめてアンだけでもと、王宮治療院に引き取られた。
アン、母上が王宮薬師の皆と良好な関係だったから、薬師たちは君を喜んで受け入れてくれたんだよ」
「そうなんですね……」
私は、お母様みたいな才能もない普通の薬師だった。それは耳が痛い話だ。だが、王宮で何不自由ない生活を送っていたのも、お母様のおかげだったのだ。
私は、そんなに賢明で優しいお母様を持って、誇らしく思う。
「アン。君には、両親や僕の話をしないようにという決まりになっていた。
君が色々知ったら、面倒な事件に巻き込まれるかもしれないから」
そうなのか。だから私は、両親やお兄様の名はおろか、ポーレット家出身だということすら知らなかったのだ。
「一方、それなりに大きく両親の記憶もある僕は、ずっと復讐について考えていた。
父上の弟が治めるようになってから、ポーレット侯爵領は荒れた場所になってしまったんだよ。
街には山賊やごろつきが現れ、略奪や殺害が頻繁に起こる。スラム街が拡大する。
かつての水の都は、泥水の都になってしまった」
そしてお兄様は、静かに続けた。
「だから僕は、敵討ちをした。
父親の仇を討って、僕がポーレット侯爵領の領主になったんだ」
私の知らないところで、お兄様はたくさん苦労をしてきたのだ。私がぬくぬくと王宮で薬師をしている間に、お兄様はもがき苦しんだのだ。
お兄様がこんなにも辛い思いをしているのに、平和に過ごしていた自分が憎い。
それなのに、お兄様は私に言う。
「ごめん、アン。
アンが王宮から追放されたのは、誰かに嵌められたに違いない。
僕には敵がたくさんいるから、その中の誰かだろう」
そんなこと、どうでもいい。私は今ここにいられて、すごく幸せだから。
それよりも……
「お兄様……辛かったのですね……
お兄様一人に責任を負わせてしまって、ごめんなさい」
何もしなかった自分が憎い。
出来ることなら、時間を戻して欲しい。そうすれば、私はお兄様のもとへ行って力になるのに。
「お兄様は、ずっと一人で戦っておられた……」
私も孤独だったが、周りには師匠や薬師仲間がいた。でも、お兄様はずっとひとりぼっちだったのだ。
「僕は一人じゃないよ。僕には仲間がいる。
でも……アンこそ、僕たちの存在すら知らされず、ずっと一人だった。だから……」
お兄様は、頬を緩ませて私を見た。すごく幸せそうな顔をして。
「アン、やっと見つけたんだ。
一緒に、ポーレット侯爵領に帰ろう?
これから君は、一人ではない」
読んでくださって、ありがとうございます!