24. 貴族の食事会に呼ばれました
一緒にポーレット侯爵領に帰ろうって言われても……どうすればいいの?
思い浮かぶのは、ジョーの笑顔。
結局、お兄様には何も返事が出来なかった。このままオストワル辺境伯領でジョーと暮らすと思っていたのに、思わぬタイミングで家族の登場だ。
ずっと孤独で生きてきた私にとって、ヘンリーお兄様は初めての家族だ。家族という当たり前のことに憧れがあったのも事実、それがようやく叶うのだ。
「おっ、お兄様!その件は考えておきます!」
慌てて告げると、お兄様は驚いた顔をする。
「えっ、なんで?」
もちろん、お兄様と一緒に行きたい。でも、ジョーといたい。私の心は真っ二つに割れてしまいそうだ。
そして……
「アン。お願いがあるんだけど……」
お兄様は私に告げた。
「僕、権力争いのなかで足を負傷してしまって、足が上手に動かせないんだ。
アンの治療の腕はすごいって、この街のみんなが言っていた。僕の足を治療してくれない?」
こういうわけで、お兄様はしばらくこの地にとどまり、私はお兄様の足を治療することになったのだ。
お兄様はポーレット侯爵領の領主。さすがに侯爵を治療院に泊めてはいけないだろうということになり、お兄様と側近はオストワル辺境伯邸に泊まることとなった。私はそこに治療のために通うのだ。
そしてお兄様が来られた日の晩、オストワル辺境伯邸では盛大な宴が行われることになった。もちろん私も参加だ。
貴族の社交の場は初めてで、どう振る舞っていいのかも分からない私。一応侯爵の妹なのだが……
だが、ジョーが私のためにドレスを用意してくれて、グランヴォル家の側近に頼んで支度までしてもらった。ジョーにはお世話になりっきりだ。
ピンク色のドレスに着替えた私は、目の前の鏡を見て驚いた。そこに映るのは、見慣れたうす汚れた薬師の私ではなく、まるでお姫様だ。
「アン様、とてもお綺麗です」
側近が頬を染めて言う。お世辞だとは分かるが、その言葉が素直に嬉しかった。これで、少しはジョーに近付けるかな……なんて思ったが……
「アン!」
迎えに来たジョーは、くらくらするほどかっこいい。黒いスーツを着て前髪を少し分けたジョーは、いつもよりもさらに大人っぽくてフェロモンさえ感じる。
かっこ良すぎてジョーを見ることが出来ず、真っ赤になって俯く私を見て、
「……可愛い、アン」
ジョーは甘い声で言う。そういうの、反則だ。
ジョーは私の前に跪き、手をそっと握る。真っ赤な顔の私は、口元をきゅっと結んで必死に感情を押し殺そうている。だがきっと、きゅんきゅんがだだ漏れだ。
「行きますよ、お嬢様」
侯爵家の人間だったが、今までお嬢様扱いなんて皆無だった。だから、こうやって甘い甘いお嬢様扱いをされると、ぼっと火がつくほど恥ずかしい。
ジョーは私の手を握ったまま、そっと口付けをした。それでますます紅くなってしまう私は、ジョーに完全に弄ばれているのだろう。
オストワル辺境伯邸のホールで、会食は始まった。
マナーなんて知らない私はどう振る舞っていいのか分からなかったが……
「アン。肉にするか?それとも、魚か?」
ジョーが始終私に付いて回り、欲しいものを取ってくれる。まるでメイドのようにさせてジョーに申し訳ないが、ジョーのおかげで救われた。
ジョーもきっと、私の気持ちを察してくれているのだろう。そして、時折物思いに耽ったような悲しい顔をするのだった。
食べ物を取り終わると、
「アン。ヘンリー様と食事をするか?」
ジョーが聞く。そして私はふとお兄様を見た。
人懐っこくて明るいお兄様の周りにはたくさん人がいて、初対面であろうセドリック様とも打ち解けてしまっているようだった。嬉しくも思ったが、私の出る幕ではないのだろう。
「ううん、私はここでジョーと食べるよ」
なんて言いながらも、ジョーは本心ではお兄様のほうに行きたいのではないのかと思ってしまった。だから、おずおずと付け足した。
「ジョーも……みんなのほうに行ってもいいよ」
だけど、ジョーは顔をくしゃっとさせて笑い、私の髪をそっと撫でる。
「俺はここがいいんだ。アンの隣にいたい」
そういうの、反則だ。私はますますジョーから離れられなくなってしまうから。でも……ジョーからは離れないといけないのかもしれない。ヘンリーお兄様が、故郷のポーレット領で一緒に暮らそうと言ってくれたから。
もちろんジョーが引き止めれば私はここに残るが……ジョーは何も言わない。所詮、そこまでの女なのかもしれない。
「アンとこうやって食事をすると、二人で旅をしたことを思い出すな」
ジョーはぽつりと告げる。
「アンがいたから、毎日が楽しかった」
「私も楽しかったよ。
それに、ジョーが石を投げて鳥を撃ち落とすから、なんて生存能力の高い人なんだろうと思った」
「アンがいるから頑張ったんだ」
ジョーは私の前にあるステーキを、すっと取りやすい大きさに切ってくれる。あの冒険の日々だってそうだった。ジョーはこうやって密かに私をお姫様扱いしてくれる。
そして、フォークに肉を刺して私の口の前に差し出す。
私はそれが見えていないふりをしながら、ジョーに告げる。
「すごいよね、ジョーって。
こうやって貴族の生活にも慣れているのに、山に一人で放り出されても生きていける。剣の腕だって、国内一番かもしれない」
こんなジョーと私が釣り合うはずがないだろう。なぜかジョーは私を好いていてくれるが。
ジョーは私の前に肉を差し出したまま、甘い声で話しかける。
「それでも、俺は不安で不安で仕方がないんだ」
「……え?」
悲しくて、泣いてしまうのではないかという顔で私を見るジョー。その顔を見るのが辛くて、私は差し出された肉をぱくりと口に入れていた。
「おいしい?」
頬を緩ませながらも、切なげに聞くジョーに、
「美味しい」
私は答えた。
「でも、山でジョーが私に焼いてくれたウサギや鳥の肉のほうが、もっと美味しかった」
「そうだな……」
私たちは身を寄せ合って、楽しそうに騒いでいるお兄様たちを見ていた。
お兄様も大切だが……私はジョーといたい。ジョーとこのオストワルでのんびり暮らしたいのだ。
いつもありがとうございます!
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