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第2章 ⑤

 明け方は好きだ。

 空気が冷たく、辺り一帯が静まり返っている。当然出歩く人などいない。まるで自分しか生きていないかのような安心感があった。新聞配達は朝刊のほうが楽しい。

 新聞を積んだ自転車を漕ぎながら、風を切る。

 舗装されていない砂利道が多いから、ガタガタと音を立てていく。

「どうしてワシも付き合わなければならんじゃ」

 自転車の籠に乗ったシンが不満そうに、牙をむき出しにする。

「家にいて、母さんに見つかったら困るだろ」

 母は昼前にならないと起き上がってくることはないが、それでも昨日のようなイレギュラーな事態が発生する可能性はある。

 猫を家の中に匿っていることがバレたらどうなるのか、想像もしたくない。

「ああ、もうウザったい!」

 そういうとシンは籠からピョンと飛び降りる。

 悠人は慌ててブレーキをかけて振り返るが、シンはまるで無重力化のように優雅に着地を決める。さすがは猫の体を借りているだけある。

「ワシは先に駅まで行っとるからな」

 シンはそう言うと、尻尾を立てながら立ち去ってしまう。

 やはり籠に乗せたまま悪路を走るのは居心地が悪かったか。シンはこの土地の神様らしいし、ちゃんと迷わず来てくれるだろう。

 悠人はそう考えて、再び自転車を漕ぎだした。

 東から朝日が差し込み始める。伊舟は山に囲まれているから、明るくなるのはもう少し後だ。

 配達も終盤に差し掛かったころ、彼女の家の前を通りかかる。

 昨日は結局ここまで彼女を送り届けたが、シンの話を聞いてしまった以上は、今後も続ける必要がありそうだ。ただでさえ話せなかったのに、彼女の素性を知ってしまった今では何を話せばいいのか見当もつかない。今から憂鬱になってしまいそうだった。

 そんなことを考えていると、家の玄関先に人影が見えた。悠人は慌ててブレーキをかける。

 見ると人影は彼女だった。悠人と目が合うと、柔和な笑みを浮かべる。

「おはよう」

「お、おはよう。大丈夫なのか?一人で外に出てて」

 悠人はおろおろとしながら尋ねる。シンの話を聞いた後だから、彼女が一人でいるだけでも心配になってしまう。

 というかやはりシンを連れてくるべきだったか。

「もちろん」

 悠人の言葉に、彼女はきょとんとしながら応える。

「起きるの早いんだな」

「うん。おじいちゃんの畑を手伝ってるから。朝は弱いんだけどね」

 意外だった。彼女には朝がよく似合う。

「それにここで待ってたら会えると思って」

「そ、そっか……」

 そういえば昨日の帰りにバイトについて話していたんだった。

 彼女が向いた方に目を向けると、大きな平屋の横にはこれまた大きなビニールハウスがいくつも並んでいた。電照や送風機、おそらく専門の機械であろう見たこともない機械まで設置されていて、かなり本格的だ。

 ひとまず近くに祖父がいるようだ。これなら何かあってもすぐに助けられる。

 悠人はホッと胸を撫で下ろす。

 一瞬、沈黙する。この沈黙が、長い。

「あ、あのさ」

 悠人は大きく息を吐いて、意を決して口を開く。

「もし良かったら登校も一緒に行かない?」

「え」

「いや、ごめん。違う。心配だから、さ。どうかなと思って。もうすぐバイトも終わるから。ごめん」

 手を忙しなく動かして、弁解する。どうしようもなく気持ち悪く聞こえたに違いない。

 何か言おうとして、咄嗟に口に出てしまったのだ。これだけ彼女の安否が気にかかっていて、何も言わずに立ち去ることはできなかった。

「いいよ。待ってる」

 彼女はクスッと笑ってそう言った。

「じゃあ、迎えにくるから」

 悠人はそう言うと、逃げるように自転車を漕いだ。

 心配してるだけだ。何度言い訳しても鼓動が早くなっていった。いつの間にか明け方の寒さなど忘れていた。

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