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機殻の中の魂:3

『アレクトが家出を画策していますよ』

『……ぁぁ、やっぱりか』

『流石に、止めるべきでしょうかね?』

 最も新しい時計、その記憶の中ゲールとグレンが会話している。


『やめろと言って、君の言うことなら聞くだろうか』

『今回ばかりはどうでしょう、既に用意を始めていますから……』

 二人の会話は家出前のアレクトについてだ。

(やだな、気まずい場面になっちゃう)

 ゲームとグレンが事ある毎に自分の事について話しているのは知っていた。

 流石に盗み聞きするのは忍びなく、二人の会話には入らないように心がけていたのだ。


『まあ、家出と言っても行き先はライカンズデルのようです』

『だろうな、絵描きになりに行くならあそこしかない』

 寝不足の為隈が色濃く残る顔でグレンは思案を続けている。

『ルイスに根回ししておくか……それかもう別荘は売っ払ってあの子はウチの工房に……』

『それやったらいよいよキレて消えますよあの子』


 疲れ切ったという顔でグレンは天を仰いでいる。

『…………わからない、子供というのは……いつになってもわからない』

 そんな父親の姿をアレクトは初めて見た。

『……ゲール、私はあの子をどう導くべきだ?』

 アレクトには決して見せない、悩める父の姿だった。

『私なら家出くらいしても良いと思いますよ、広く世間に出るいい機会だ』

『しかしもし死霊に襲われたら……』

『正直言って今まで過保護過ぎたのでは?』

 ゲールの指摘に心当たりもあったのか、グレンは言葉に詰まる。

『一年ほど様子を見てやってはどうです?あの子なら一人でもやっていけますよ』

 ゲールが切り出した。

『ライカンズデルなら知り合いも居て、居場所もある。そこで一年もやって行けないようなら諦めますよ』

 そうして二人は計画を詰めて行く。


『では仕送りの類は一歳無しで、一年後様子を見にくる』

『グレン、貴方への連絡は私が、それとなく、私はあくまで傍観者として彼女に対応する。不自然さが無いように』

『ああ、ゲール。その辺りは任せた』

『一年後本気で絵描きを続けるならばそれでよし、あの子の向かうまま、いいですね』

 アレクトの将来の話が纏まった。


『……悪いな、いつもお前にアレクトを任せてしまって』

『好きでやっている事です。子供を育てた経験がない訳でもない』

 ゲールが自身の過去へ話を向けた時、グレンは興味を惹かれたようだ。

『君は……どんな風に子供を育てた?』

 グレンの質問にゲールは少し思案した。

『そう聞かれると難しい、生前の事も忘れつつあるので……』

 ゲールの脳の歯車も回転数を上げ記憶と捻り出している様子だ。

『ダメですな、息子の像が既に貴方ぐらいの年頃だ』

『参考には出来ないか』

 ゲールは首をすくめる。


『君がいつか、元の世界に帰る事はあるのだろうか?』

 グレンの問いにゲールは首を振った。

『グレン、私は既に死人です。生きていた世界に帰る事はない。次はもうこの躰が止まり、私の魂が消えるのみでしょう』

 そこで時計の記憶は終わった。

 辺りの風景が色を失い、アレクトが元居た暗い作業場に戻る。


 努めてそうしているような無表情を浮かべ、アレクとは時計を握りこむ。

「……母さん、最後まで出てこなかったな」

 思案に暮れる父親の顔を掻き消すようにアレクトは溢す。

(いよいよ、何も手掛かりが無くなった)

 そのまま椅子に座り込んだ。

(もういいかな、ずっとこの部屋で……)

『アレクト』

 疲れと眠気を帯びたアレクトの耳が、誰かの声を知覚した。

「え……?誰?」

『アレクト、アレクト!聞こえるかい?』

 アレクトは自身が持ち懐中時計からその声が聞こえるのに気付いた。

「聞こえる……聞こえます!誰ですか?」

 何処かで聞き覚えのあるその声に望みをかけ、アレクトは呼びかけた。

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