終わりのない叫びをその時感じた:5
「私達……今死んだ人と話してるの……?」
そこでアレクトはある可能性に思い当たった。
「……嘘でしょ、もしかして私達…………」
余りの現実感の無さに狼狽している。
「私達…………死んじゃったの?」
アレクトが震え出した。
「いや……そんな訳……無い筈……」
ゲールも不安げな音を立てる。
アレクトの思考が暗く染まり始めた時だった。
「うん?君達は生きてるよ?」
レンフレッドが言い切った。
「死んでるってのはこんな状態だろ」
手を広げ、アレクトに体を見せる。確かに死霊と生者の違いは一目瞭然だった。
「それは……そうだけど……」
アレクトはまだ苦悩している。
「……レンフレッドさん、私達はここが何処なのかもわからない。一から教えてくれないか?」
そんな中、ゲールがレンフレッドに話しかけた。
「ああ、いいよ」
レンフレッドがカウンターの上にランプを置いた。マッチで火を付けると、青白い火がぼんやり周囲を照らす。
「どうぞ、かけてくれ」
レンフレッドに促され、側にあった椅子に二人は座った。
アレクトが暖かさを求めて青白い火のランプに手をかざす。
「何この火……?冷たいわ」
そのまますぐに引っ込めた。その火は熱を放つと言うよりは周囲から熱を奪い取っているような火だった。
「ここに暖かい物なんて無い。そういう世界なんだ」
アレクトから貰った硬貨を大事そうに握りしめながら、レンフレッドは話し始める。
「まずここだが……まあ死後のライカンズデルで合ってるよ」
「じゃあやっぱり私達は……!」
「待って待って」
またも落ち着きを失ったアレクトをレンフレッドは遮る。
「別に死後の世界でも、生者が来れないって事は無いよ。そっちにも死霊が出るだろ?」
「…………確かに」
盲点を突かれ、アレクトは納得する。
「僕が思うに君達は迷い込んだだけさ、他にも時々来るよ」
こんなに元気で暖かい子は初めてだけどね、とレンフレッドは笑う。
「僕は病で死んでここに来た、そんなに未練も無かったお陰か今は安らかな心地だよ」
そんなレンフレッドをアレクトは少し哀れに感じた。
「貴方は……寂しくはないんですか?」
ただ、レンフレッドは落ち着き払っている。
「既に、僕には生きてた頃の感覚は無い。ずーーっと眠って、時々起きて街を眺めて……来客があることもあるかな?」
話すレンフレッドの表情に生気は無い。けれど、死者にとってはそれが普通の状態なのだろう。
「まあ、気ままに暮らしてる。他の人達も同じように過ごしてるさ」
レンフレッドがカウンターから立ち上がった。
「君達は早めに帰った方がいい。長居してると幾ら生者でも身体が冷え切ってしまう」
しばらく店の棚を物色していた彼は、小さなランタンを持っていた。
「お守りだ、外には私とは違って、まだ向こうに未練のある死霊が居るかも知れないからね」
レンフレッドが持って来たのは死霊除けのランタンだった。
「あげる、既にお守りは持ってるようだけど。多いに越した事はないよ」
「…………?ありがとうございます」
彼の言うお守りに心当たりは無かったが、アレクトはランタンを受け取った。
「レンフレッドさん、帰ると言ってもどう元の世界に戻れば良いのかわからないのです」
「何処か、君達自身と元の世界が繋がる場所を見つければ良いのさ。落ち着く場所、好きな場所だよきっと」
ライカンズデルに住んでいるなら家を目指すといい、とレンフレッドは締め括った。
「ではね、僕はまた眠ることにするよ……」
レンフレッドは椅子の上で手を組んだ。
カウンターのアルコールランプは今にも消えようとしていた。
「では行くか、アレクト」
ゲールが立ち上がった。
「……レンフレッドさん」
「ん……何かな?」
「…………エリオさんは元気です」
レンフレッドが、ほんの少し驚いた。
「元気にライカンズデルで時計台の修理をやって……街の職人さんと賑やかに話して……店に行くといつも……ちょっと気難しげに部品を見てくれて……他にも……!」
アレクトは必死にエリオの事を伝えていた。
「うん…………兄らしい」
そんなアレクトの話を聞いて、レンフレッドは静かに微笑んでいた。




