87 第18章:世界一平和なコタツの主たち
第18章 第4節
北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。
そこに押し寄せた総勢1万名の連合軍は、前魔王ルシアが放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』と、村の総力を挙げて構築された「大衆の欲望を具現化した究極の屋台街」、そして極上のアルカリ温泉の前に完全に骨抜きにされていた。
今やこの村は、世界中の要人や王侯貴族、さらには日々の労働に疲れ果てたすべての民衆が「癒やし」と「究極のグルメ」を求めて引きも切らずに押し寄せる、世界最高峰の観光リゾート地へと劇的な大発展を遂げている。
東方の巨大帝国の皇帝陛下が一族全員での永住移住を希望し、西方の商業ギルドが毎日1万杯の背脂豚骨ラーメンのケータリング契約を申し込むなど、その規模はもはや一つの小さな村の枠を遥かに超越していた。
しかし、これほどまでに世界中から観光客が押し寄せ、一大リゾート帝国として爆発的な繁栄を見せているにもかかわらず、この特区の最高責任者であるはずのレオンとルシアの仕事量は、文字通り「ゼロ(完全になし)」であった。
ブラッドやガロア、大賢者、さらには元・剣聖レイガーや新魔王軍リーダーのバザルトといった優秀すぎる元幹部(兼・熱狂的スタッフ)たちが、自主的に、あまりにも有能すぎる手際で完璧に村を回してくれているからだ。
要するに、最高責任者である二人がやるべきことは、朝起きて、こたつに入り、美味しいご飯を食べ、温泉に浸かり、たまにみかんを食べる事以外、何一つ存在しなかったのである。
そして――。
あれから激動の季節は静かに巡り、世界を包んでいた穏やかな秋風は、いつしかシンシンと白銀の世界を連れてくる「冬」へと移り変わっていた。
季節は巡り、冬。
北方の山あいに位置する『温泉こたつ庵』の周辺は、見渡す限りの純白のパウダースノーにすっぽりと覆われていた。
しかし、村の中だけは、レオンの持つ無自覚のパッシブスキル『最高環境創出』の圧倒的な効果と、村中に張りめぐらせた源泉掛け流しの温泉パイプラインの温もりによって、いつでも春のようにポカポカとした心地よい湯気とぬくもりに包まれていた。
村の中心にある「特設プライベート・テラス付きコタツ御殿」のオープンエアなテラス席。
そこには、世界の歴史上最も豪華で、最も温かい「究極の特製巨大こたつ」が設置されていた。
そのこたつの中に、レオンとルシアの二人は、すっぽりと肩まですっぽり入り込むような格好で並んで座っていた。
二人の上半身には、ふんわりとした上質な羽毛の半纏が羽織られており、その足元はポカポカとした極上の温もりに完全に包み込まれている。
テラスの外側では、真っ白な雪がちらちらと優しく舞い散っているというのに、こたつの中はまるで南国の楽園のように暖かい。この「雪景色とこたつの温もりのギャップ」こそが、冬という季節における最大の贅沢にほかならなかった。
「ん〜〜……っ!」
ルシアは伸びをしながら、満足げにふぅっと深い息をついた。
「やっぱり、冬といえばこたつよねぇ……! 外はあんなに雪が降って寒そうなのに、このこたつの中だけは常夏みたいにポカポカしてて、もう一歩も外に出たくなくなっちゃうわ!」
「そうだねぇ」
レオンは微笑みながら、テーブルの上に山盛りに積まれた「冬の特選みかん(コタツといえばこれ)」の山から一個を手に取り、慣れた手つきでスルスルとオレンジ色の皮を剥き始めた。
「冬の寒さの中で食べるミカンって、どうしてこんなに美味しいんだろうね。夏のミカンとは、なんかこう、旨味の染み出し方が違う気がするよ」
「ね! 分かる!」
ルシアは目を輝かせ、レオンが剥き終えたばかりのピカピカに輝くみかんの房を一つパクッと口に放り込んだ。
「んん〜っ! 甘酸っぱさが体に染み渡るわぁ……! これぞまさに、冬の幸福の味って感じ!」
ルシアはそう言うと、すぐ傍らのテーブルに置かれた特製のガラスポットから、熱々のほうじ茶を湯呑みにトクトコと注ぎ、レオンに差し出した。
「はい、レオンもどうぞ。お茶飲んで温まって」
「ありがとう、ルシア」
レオンは湯呑みを受け取り、ふーふーと息を吹きかけながら温かいお茶を一口すすった。
テーブルの上には、みかんの山だけでなく、ブラッドが差し入れてくれた「焼き立てのホクホク石焼きイモ」や、おやつ用の「特製あんバターどら焼き」が綺麗に並べられており、まさに冬のコタツの上の完璧なフルラインナップが揃っていた。
遠くの渓流エリアからは、雪景色の中に真っ白な湯気をもうもうと立ち上がらせる巨大野外露天風呂が見えた。
その湯船の中では、世界中からやってきた観光客たちや、すっかり村の美化委員として定着した元・剣聖レイガーやバザルトたちが、「あぁ〜、極楽だぁ……雪見風呂最高……!」と幸せそうに肩までお湯に浸かってまったりとしている。
その平和で穏やかな、あまりにも満ち足りた光景を眺めながら、レオンはふと、これまでの長い旅路(あるいは突然の追放劇から始まった一連のドタバタ)に思いを馳せた。
昔、王都で冷酷に追い出された、あの日のこと。
あの時は、まさか自分がこんな風に、世界中の人々から愛され、元魔王や最強の仲間たちに囲まれながら、世界一贅沢なコタツでぬくぬくと冬を越すことになるとは、夢にも思っていなかった。
いや、世界を救う英雄になろうとしたわけでもなければ、魔界を統ベようとしたわけでもない。
ただ、自分が心から心地よいと思える環境を作り、大切な仲間たちと美味しいご飯を食べ、温かいお湯に浸かり、こたつに入ってくだらないおしゃべりをする――それだけで、結果的に世界は最高の形でまとまったのだ。
レオンは隣で美味しそうに焼きイモを頬張っているルシアの横顔をそっと見つめ、それからクスリと笑った。
「ねえ、ルシア」
「ん? なに?」
ルシアは口いっぱいに焼きイモを詰め込んだまま、不思議そうに首を傾げた。
レオンは、ほうじ茶の湯呑みをテーブルに置き、穏やかで優しい声でこう呟いた。
「戦わなくていいって、本当に最高だな」
そのレオンの言葉を聞いた瞬間、ルシアはふっと動きを止め、それからこれ以上ないほどパーフェクトで、世界一可愛い満面の笑みを浮かべた。
「だねー!」
ルシアは力強く頷き、キンキンに冷えた特性ドリンクのジョッキを軽く掲げて、レオンの湯呑みにカチンと当てた。
「私たちが剣を抜いたり、面倒くさい陰謀を企てたりしなくても、世界は勝手に美味いご飯と温泉で平和になっちゃったんだもん! これ以上の人生なんて、宇宙のどこを探しても絶対に存在しないわ!」
「そうだね。これからもずっと、こうしてのんびりしていこうか」
「もちろん! 永遠にずっと、このコタツから一歩も出ないんだから!」
二人の笑い声が、冬の澄み切った青空へと優しく溶けていく。
遠くで大賢者が麻雀牌をシャカシャカとかき混ぜる音が聞こえ、マリアが「はーい、冬のビタミン補給のミカンですよー!」と元気な声を響かせ、ガロアの「冬の雪見ロウリュウいきまーーす!」という掛け声に観光客たちが歓声を上げる。
戦いは終わり、世界は救われ――いや、最初から救う必要などなかったのだ。
ただ、温かなお湯があり、美味しいご飯があり、大好きな仲間たちとコタツでくだらない話をする。それだけで、世界は十分すぎるほど美しく、完璧な楽園なのだから。
『温泉こたつ庵』の物語は、最高の湯気と最高の笑顔に包まれながら、永遠の怠惰と極楽の黄金期とともに、いつまでもいつまでも、どこまでも穏やかに続いていくのだった。
――【第3巻(完)】――
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