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#14 偽聖人

ゾランが置いていった書付には、日付と町の名が七つ並んでいた。几帳面な字だった。線を引くのに定規を使う男の字だ。


七つ目が、この町だった。


「治癒の聖人」は、巡礼の広場の南側に天幕を張っていた。白い麻の装束。柔らかい声。人が集まると、まず両手を広げて空を見上げ、それから膝をつく。膝をつくのがうまい。あれは稽古している。膝から先に落として、上体を遅れて沈める。信心深く見える角度が体に入っている。


俺は、シエラの膝の上で、腹話術人形として二日、その男を見た。


一日目に、仕込みの客を三人特定した。


判別は簡単だった。靴だ。巡礼で歩いてきた人間の靴は、爪先の内側が減る。三人の靴は、踵が均等に減っていた。荷馬車に乗ってきた人間の減り方だ。しかも三人は、聖人が「今日、痛みの引いた者はおられますか」と呼びかけたとき、必ず同じ順で立った。右手前、左奥、中央。舞台で人の目を三点に振るときの、最も基本の順序だった。俺も使う。


二日目に、掌の仕掛けを見た。


聖人は、病人の掌を両手で包み込み、目を閉じて祈る。しばらくして手を離すと、病人の掌に、赤黒い染みが浮いている。「病が、出ました」と聖人は言う。会衆は息を呑む。


包む直前、彼の右手の小指が、わずかに内側へ折れていた。何かを掌の付け根に押し込む動きだ。羊の腸を薬で柔らかくして薄く伸ばし、中に液を詰めて縛る。握り込んでいる間は潰れず、圧を掛ける角度を変えた瞬間に破れる。俺が18のときに覚えて、19で捨てた仕掛けだった。捨てたのは、二回目からは客が掌を見るからだ。


だが、この男の客は、二度目がない。次の町へ行くからだ。


そして三日目の朝、俺は、この男を暴くことに決めた。


決め手は仕掛けではなかった。天幕の裏で、順番を待つ列の中に、右腕を布で吊った子どもがいたことだ。


母親に聞くと、七日前に骨を折り、町の骨接ぎに添え木を当ててもらったが、聖人が「木の枷は神の手を遮る」と言ったので外した、と言った。俺は、その腕を見せてもらった。添え木を外して六日経った子どもの前腕は、肘と手首を結ぶ線から、指一本ぶんずれていた。


もう真っ直ぐには繋がらない。


シエラが、残量計を俺の視界に入れた。針は51を指していた。


「広場でやったら、38くらいまで落ちる」


「ああ」


「一人に耳打ちする手も、あるけど」


「あの男は、明日ここを発つ」と俺は言った。「耳打ちして減るのは、あの男の取り分だけだ。列は減らない」


シエラは、少しの間、俺の顔を見ていた。木の顔だ。見ても何もない。


「うん」と彼女は言った。「じゃあ、やろう」


*


好都合なことに、この男は、俺のために静寂を用意してくれた。


奇跡というのは、静かなところでやるものだ。掌を包み、目を閉じ、会衆が息を殺す。あの瞬間、広場は完全に沈む。叫べない人形にとって、あれほど都合のいい間はない。


聖人が老婦人の掌を包み、目を閉じた。


会衆が静まった。


俺は、シエラの膝から下り、歩いた。


木の足が石畳を打つ音が、四つ。それだけで、数百の視線が集まった。腹話術の人形が、一人で歩いている。この異様さは、俺の持っている最も高価な小道具だ。


「お手を、離される前に」


囁きより少し大きいだけの声だった。だが、静寂の底では、それで届く。


聖人が目を開けた。


「その掌に、何を握っておいでですか」


彼は動かなかった。動かないことが答えだった。


「では、こういたしましょう」俺は、会衆のほうへ体を向けた。「私が今から、同じことをして差し上げます」


俺は、老婦人の隣にいた男に、掌を差し出してもらった。そして、木の指で、その掌を両手で包んだ。目を閉じる真似をした。人形には瞼がないので、顔を伏せた。


三つ数えて、手を離した。


男の掌に、赤黒い染みが浮いていた。


会衆がどよめいた。


「私は神ではありません」と俺は言った。「木です」


俺は、自分の掌を開いて見せた。付け根に、破れた腸の膜が張りついている。液が、木目に沿って流れて止まっている。


「茜と、鉄の錆を、酢で溶いたものです。血の色が要るときは、これを使います。羊の腸を薬で柔らかくして、薄く伸ばして、縛る。握っているうちは潰れません。潰すときは、こう」


俺は、木の指を、ゆっくりと、会衆に見える角度で折った。小指から。さっき聖人がやったのと、同じ順で。


「小指から折ると、掌の付け根に圧が偏ります。人の目は、親指を追います。だから、小指は見られません」


聖人が、初めて口を開いた。「その人形を捕らえよ」と彼は言った。声が、いつもより半音高かった。


誰も動かなかった。


「もう一つ」と俺は言った。「昨日、この方と、この方と、この方が、同じ順でお立ちになりました」


俺は、仕込みの三人を、右手前、左奥、中央の順に指した。


「四日前、隣町のトゥーレでも、同じ順でお立ちになったはずです。日程は、ここに書いてあります」


俺は、ゾランの書付を掲げた。読める者はほとんどいない。読める必要もない。紙が一枚出てくれば、人は「記録がある」と理解する。それも仕掛けのうちだ。


三人のうち、中央の男が、列から後ずさった。それで十分だった。人の群れは、逃げる者を見た瞬間に判断を終える。


「最後に」


俺は、天幕の裏を指した。


右腕を吊った子どもが、母親の手を握って立っていた。


「あの子の添え木を外させたのは、あなたです」と俺は言った。「木の枷は神の手を遮る、と。あの腕は、もう真っ直ぐには繋がりません。骨接ぎの手が届く時間は、七日前に終わっています」


広場が、音を失った。


俺は、それ以上、何も足さなかった。足すと、演説になる。演説は客を退屈にする。芸人が最後にやるべきことは、幕を引くことだ。


聖人は、その日の夕方までに町を出た。仕込みの三人は、日が暮れる前に荷を担いで消えた。天幕は、翌朝には畳まれていた。


*


夜、宿の卓に、残量計が置かれていた。


針は、38を指していた。予告どおりだ。俺の残りが、また一つぶん、確実に短くなった。


だが、俺に後悔はなかった。


あの腕は戻らない。それでも、明日この町で添え木を外す子どもは、もういない。俺は、そういう計算のできる場所に、久しぶりに立った。


「気持ちよかった?」とシエラが聞いた。


「ああ」と俺は正直に答えた。「久しぶりだった」


「そういうとこ、危ないと思う」


「知ってる」


彼女は笑わなかった。ただ、残量計の蓋を閉じた。


*


その男が訪ねてきたのは、三日後の夜だった。


宿の裏口を、二度、間を置いて二度、と叩く。慣れない叩き方だった。人目を忍ぶ叩き方を、今夜初めて考えた人間の叩き方だ。


若い司祭だった。20代の半ばだろう。痩せていて、手が大きい。祭服の裾に、街道の土がついていた。


「レンさん、でよろしいですか」


彼は、俺が喋る人形であることに、驚かなかった。驚かない準備をしてきたのだ。それだけで、この男が何日か迷ってからここへ来たことが分かった。


「ベネットと申します。奇跡管理院の、末席の者です」


彼は、そこで一度、唾を飲んだ。


「先日の、巡礼広場の件です。……あの男は」


言いにくそうに、彼は言葉を探した。探し方が、嘘をつく人間のそれではなかった。


「あの男は、教会が認可していない側の人間でした」


俺は、その言葉の意味を、そのときはまだ、半分しか理解していなかった。

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