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#1 目を覚ましたら、人形だった

閃光が、俺の視界を焼き尽くした。


それは、俺が長年追い求めてきた「究極の瞬間」だったのかもしれない。新型のホログラム投影装置。観客の網膜に直接、完璧な幻影を焼き付けるという、夢のような技術。俺、日下部漣は、そのリハーサルを監督していた。俺の人生の集大成、最後の舞台を飾るための、最後の試みだった。


「よし、これで完璧だ。レン、君の動きは完璧だ」


師匠の二階堂満の声が、まだ耳の奥で響いている。俺は、その言葉を信じていた。俺の技術、俺の観察眼、俺の誘導術。それらがこの世界で最も洗練された「奇跡」を生み出すと信じていた。


だが、その「完璧」は、一瞬で崩壊した。


装置が暴走した。制御不能なエネルギーが、俺の身体を貫いた。皮膚を焼くような熱、骨の髄まで響くような轟音。世界が、白と黒のノイズに塗り潰される。意識が引き裂かれるような、激しい痛みが全身を駆け巡った。


次に感覚が戻ったとき、俺は自分がどこにいるのか、全く理解できなかった。


まず、指だ。


俺は、自分の指をじっと見つめた。滑らかで、均一な質感。皮膚の温もりも、血流の脈動も、何一つない。それは、精巧に作られた、木と金属の接合部だった。


「……は?」


声を出そうとした。だが、喉の奥から出てきたのは、空気の微かな振動だけだった。


俺は、自分が人形になっているのだと悟った。


視界は、異常なほど狭い。まるで、誰かの手のひらに乗せられた、精巧な置物のように。視界の端には、埃をかぶった、古びた祭壇のようなものが見えた。蜘蛛の巣が、その祭壇の角々を、まるで時間の経過を嘲笑うかのように張り巡らせている。


俺は、自分がどこかの神殿か、あるいは古い工房のような場所にいることを理解した。だが、俺の身体は、俺のものではない。


恐怖が、冷たい波となって全身を這い上がってきた。これは、単なるコスチュームのトリックではない。これは、俺の存在そのものが、この木と金属の塊に封じ込められたということだ。


「助けて……」


必死に、声を絞り出した。だが、出てきたのは、か細い、掠れた音だった。


「……ひゅ……」


それは、囁き声よりも少し大きい程度。まるで、葦笛の端から漏れる息のような、頼りない音だった。俺は、自分の声帯が、蛇腹と葦笛でできていることを、本能的に理解した。


俺は、奇術師だ。俺は、仕掛けを解体し、その構造を白日の下に晒すのが仕事だ。だが、今、俺は、その仕掛けの「中身」そのものに閉じ込められている。


その時、祭壇の陰から、何かが動いた。


「……!」


俺の視線が、ゆっくりと、その動きを追った。


そこに立っていたのは、少女だった。まだ十代前半に見える、細身の少女。彼女は、使い込まれた革の道具袋を肩に提げ、手に小さな修理用の工具を握りしめている。彼女の瞳は、驚愕と、微かな恐怖を宿していた。


彼女は、俺を見た瞬間、息を呑んだ。その呼吸は、まるで機械が停止したかのように途切れた。


「……喋る人形なんて、聞いたことがない」


彼女の声は、澄んでいて、しかし震えていた。彼女は、俺から三歩後ずさった。その動きは、本能的な拒絶だった。


俺は、必死に、人間であることを訴えようとした。俺は、この木肌の下に、血の通った、思考する「俺」がいるのだと。


「……俺……人間……」


掠れた、途切れ途切れの音。それは、俺の意志とは裏腹に、この人形の機構によって、極限まで抑制された音だった。


少女は、俺を警戒するように見つめながらも、その瞳の奥に、何かを探しているようだった。彼女は、俺の「異常さ」を、単なる奇術の範疇で処理しようとしているようだった。


俺は、この状況を理解しようと、頭を巡らせた。俺は、俺の知識を総動員した。この人形の構造、この祭壇の古さ、この少女の持つ道具。全てが、俺の知る「からくり」の範疇を超えている。


「……事故……」


俺は、かすれた音で、あの閃光のことを口にした。


少女は、その言葉を理解したのか、それとも単なる奇妙な音として処理したのか、判断がつかなかった。彼女は、ゆっくりと、俺の周りを回り始めた。その動きは、まるで、獲物を観察する捕食者のようだった。


「あなたは……何者?」


彼女の問いは、詰問であり、同時に、この異様な状況に対する、彼女なりの「分類」を試みる行為だった。


俺は、この少女が、この世界の「ルール」を知っている人間だと直感した。彼女の持つ道具、彼女の纏う空気。彼女は、この人形の「本質」に触れている。


俺は、この状況を打開しなければならない。俺は、奇術師だ。俺の仕事は、見破ること。だが、今、俺は「見破られる側」であり、同時に「見破る側」でもある。


「……俺は……レン……」


俺は、自分の名前を、この木製の口から絞り出した。それは、俺のアイデンティティであり、俺の「口上」そのものだった。


少女は、その名前を反芻するように、しばらく沈黙した。そして、彼女の表情が、わずかに変化した。恐怖から、警戒へと、そして、ある種の「理解」へと変わっていく。


「レン……」


彼女は、その名を呟いた。それは、俺がこの世界に放り込まれた、最初の、そして最も重い「種明かし」だった。俺は、この人形の体で、この世界の「からくり」を解き明かさなければならない。そして、そのために、俺は、この少女と、この奇跡人形という名の檻の中で、生き続けなければならなかった。

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