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法則その26 主人公と化け物に狙われたらゲームオーバー

◇◇


 俺はミカに内緒にしていることがある。

 それはとある勉強をしていることだ。

 

 その勉強の成果が今、俺自身で試されようとしているとは――。

 


………

……


 殺人鬼と化したクライヴを前にして、俺に与えられた3つの選択肢。


(1)戦う

(2)逃げる

(3)死ぬ


 まず(1)だが、相手はかすり傷を負わせただけで、相手を即死させるような武器を持っている。

 それにここまでくれば彼の警戒心も相当高いはずだ。たとえ背中から襲いかかろうとも、意表をつくこともできずに返り討ちにあってしまうだろう。

 

 次に(2)はどうか。

 仮にこの場を脱出できたところで、『死亡フラグ』が立つのは避けられないだろう。

 となればクライヴではなく、アルメーヌに殺されるのが落ちだ。

 

 つまり俺が取るべき行動は、もう一つしかないかじゃないか……。


 そう……。

 『死』だ。


 誰かに殺されるくらいなら自分で死ね、ということか。

 ここにいないアルメーヌがニタニタ笑いながら俺を見ている気がしてならない。

 

 ああ、悔しいな……。

 

 しかしここでジタバタしようものなら、かえって悪い結果を早く招くことは、今までの経験でよく分かっているつもりだ。

 それに、自分でもここまでよく生き残れたと感心している。

 だって本来ならばアニメの序盤で殺されるキャラなんだぜ。

 最後のシーンである監獄塔に両足で立っているだけでも奇跡ってやつさ。


 いや……。


 奇跡なんて言ったらミカに叱られるな。

 これまでのことは全て彼女のひたむきな努力のおかげ。奇跡でも偶然でもなく必然だったんだ。


――お兄ちゃん! ここまでよく頑張ったね!


 ミカは優しいから、そう言ってくれるかな。

 じゃあ、腹決めるとするか。

 このくそったれなアニメの世界で行う最後の決断を――。


「くくく……」


「イルッカ?」


 俺の漏らした笑い声を不審に思ったナタリアが眉をひそめる。

 しかし俺はこの笑えない状況で笑いを浮かべた理由を答えなかった。

 その代わり、


――ダダッ!!


 部屋のドアめがけて駆け出したのである。

 それは塔の出入口とは逆側、つまり塔の中へと続くドアだった。


「イルッカ!?」


 背後からナタリアの声が聞こえてきたが、当然振り向かない。


――バンッ!!


 勢いよくドアを開けて部屋を飛び出した俺は、塔の中心にある螺旋階段を一気に駆け上っていった。

 革靴の底が石段を叩く音が壁に反射し、背後から迫る4つの足音と絡み合う。

 その不協和ともいえる耳障りな高音が、俺の心と足を急かす原動力だった。

 

「待てよ! どうしたんだ!? 急に!」


 ボブの問いかけに、胸の内で「俺は俺の信じる選択をしただけだ」と答える。

 そんなことを言おうものなら「あいつはついに気狂いを起こしたか」と疑われるだろう。

 今となってはそれでもよかったのだが、あいにく言葉を発することができるほどの余裕が心臓、喉、口の一本道には残されていない。それらは新鮮な酸素と使い古しの二酸化炭素を循環させるだけで精一杯だからだ。

 一段飛ばしする両足の太ももに乳酸がたまっていき、ちょっとでも油断すれば止まってしまいそうになる。

 噴き出したひたいの汗は雫となって落ち、視界をぼやけさせていた。

 それでも俺は止まらない。まさに上昇気流のように塔の屋上めがけて突き進んでいった。

 そうして……。

 

――バンッ!


 再び勢いよくドアを開けたとたんに、ぬるい夏の夜風が顔に吹き付けてきた。

 フラフラとした足取りで屋上の縁の方へ進んでいく。

 断崖絶壁の上に立つ監獄塔。

 崖の下は黒い海がうねりを上げている。

 

「イルッカ!! 何をするつもりだ!?」


 アルヴァンの声が背中に突き刺さった。

 そして俺は自分の選んだ選択肢を高らかと告げたのだった。

 

 

「俺は『死』を選ぶ!」


 

 想定の範疇をはるかに超越した言葉だったのだろう。

 4人は声を失い、ただ俺を凝視している。

 かすかに聞こえてくる波の音だけが場を支配していた。

 そんな中、俺が縁に立ったところで、ようやくナタリアが声を絞り出した。

 

「イルッカ……。バカな真似はやめて」


 彼女の大きな瞳から大粒の涙がこぼれている。

 もしかしたら彼女のクライヴに対する気持ちが冷めたのは、俺のせいかもしれないな。

 脳裏に浮かんだ下世話な邪推を振り払ったところで、あらかじめ用意しておいた言い分を並べた。

 

「アルヴァンの銃ですら通じない相手なんだぜ。どうやっても生き延びるのは無理だ。それに万が一、一人で生き残ってしまったら、あの化け物に永遠の愛を誓わなくちゃなんねえ。そんなのまっぴらごめんだ。ならば自分の命くらいを自分の手で始末すると決めたのさ。それくらいのわがままは許されてもいいはずだ」


 もっともらしい理屈に、再び彼らは黙り込んでしまった。

 さっきからクライヴの声がいっさい聞こえてこないのは、「むしろ自分から死んでくれてラッキー」と心の中でほくそ笑んでいるからだろうな。

 だから俺は最期にこう言ってやったのさ。

 

 

「クライヴ!! 妹のセルマを裏切るようなことはしないと、約束してくれ! じゃないと死ぬに死にきれねえんだ!」



 目を大きく見開いたクライヴは、俺の剣幕に気おされるように小さくうなずいた。

 俺はニヤリと口角を上げた。

 

「約束したぜ……。破ったらただじゃおかねえからな」


 その言葉が終わるか終わらないうちに、思いっきり地面を蹴った。


「いやあああああ!!」


 ナタリアの金切り声を聞きながら、俺は漆黒の海へと身を投げた。


 これで俺は死んだことになるだろう。

 

 あとは信じるしかないな。

 アニメ『キーピング・ザ・デッド』の世界のことを――。

 



読んでいただき、まことにありがとうございます。

これから物語は急展開を見せます。

どうぞ最後の最後までお付き合いをお願い申しあげます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナタリアに好かれたな
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