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そのままが良いです



 王都の学園は、基本的に貴族や金持ちのものだ。

 将来騎士になったり、宮仕えしたり、あるいは結婚相手や商売先を求めたりする。小さな社交の場でもある。身分や金が無ければ入ることができない。

 けれどその中で、魔術科と薬師科は少々特殊だ。在学条件が『魔素を見ることができる』ことであり、対象には平民も含まれる。

 ただし、入学することはできても、そのまま魔術師になれるというものではない。

 ならば最初から魔術師の素質有りと判明した者だけを受け入れれば良いのではと思われるが、そうすると魔術師としての能力が格段に落ちるとかなんとか聞いた。本当とのところは知らないが、故に可能性を秘めた者をまとめて受け入れ、後に振り分けるのだそうだ。


 入学後に素質無しと判明した場合、自動的に薬師科に在籍することになる。この時点で、貴族などは他の科に移るため、薬師科には平民ばかりが在籍することになる。

 平民からすれば決して悪い話ではない。学問の基礎として読み書き計算を詰め込まれ、卒業時には薬師の証を手に入れ、卒業後には就職先が斡旋される。

 ただし、授業では本当にごく基本的なモノしか教わらない。薬のレシピは秘匿されていることが多いので仕方がない面もあるが、図書室などの利用も制限される。まかり間違って、貴族の生徒よりも良い成績を出す者がいないようにとの配慮だといわれている。


 まぁ、そうでなくても平民の生徒には余裕など無に等しいのだが。学費免除のためには、他の生徒の課外授業などを代わりに受けるのが必須だ。


 高貴な身分であろうとも、在学中は私室以外で使用人や従者を伴うことは許されていない。貴族であろうとなかろうと、『己の手でやり遂げよ』という方針を打ち出している。

 一方で、『持たざる者に慈悲を与える』という名目でもって、汚れ仕事を厭う生徒の為に残されているのが薬師科ということなのだろう。

 そのため、『小間使い科』などと揶揄されている。


 何を隠そうわたしもその一人。

 生活費を稼ぐのに奔走したものである。

 

「だからさっき、『小間使い』なんて呼ばれたんです。わたしだけじゃなく、薬師科に属する生徒がそう呼ばれていたわけですが」

「ほほぅ、てっきり我はそれがルインの職業(ジョブ)なのかと思ったぞ。我に内緒だなんて水臭い! と思うておった」

「…………」


 何を言っているんだこの蜂。

 底辺だろうがなんだろうが、わたしは薬師だっていっているじゃないか!

 卒業と同時に学園から薬師の証をもらっているのは間違いないし、今度何があろうと手離すつもりはない。死ぬまでしがみついてやる所存だ。大事な飯のタネであり、わたしの身分を証明というか職を証明する手段でもある。


 革袋から解き放たれたヴェヒターが第一に尋ねて来たのは『小間使い』についてだった。請われるままに説明したら学園時代までさかのぼることになったのだが。いや懐かしい。


「あやつとは親しかったのか?」

「いいえまったく」


 基本的に、貴族は平民のことを気にしない。空気のようなものだと思っている。用事を申し付ける時だけ存在を感知できる不可思議な精神構造をしている気がする。

 ただ、中には平民を見下したりこき使うことで己の優位性をみせようというタイプもいる。さっきのヤツはそういう感じだ。だからこちらの顔まで覚えていたのだろう。

 なんか知らんが、わたしは一つの令嬢グループによく指名されていたので、そういう意味で変に目立っていたのかもしれない。

 

 まぁそういう経験から、貴族と関わると色んな意味でメンドイという考えが刷り込まれているのだ。


「彼らが滞在するのは領都だし、調査はシュタネイルの山中。あとは転移門を使う際くらいしかライヒェンには来ないか…………」


 調査団が町に出入りする際に気を付ければいいなと結論付ける。

 彼らの動向は、受付嬢にでも聞けばわかるだろう。あの様子なら、有名パーティが帰る日程とか絶対把握してる。


「下手に何か見つからないと良いですねぇ」

「何かとは? 泉か?」

「まぁ魔素の泉もそうなんですけど…………」


 例えば、新たな鉱脈とか、新種の魔獣じゃないけど何か調査団の目を引くようなものが見つかればこの領地は騒がしくなると思うのだ。


「面倒事とは無縁でいたいですよね。これから洗髪剤売り出そうってときにゴタゴタ騒動が起きたら売れるものも売れません」


 ふーん、と呟くヴェヒターに、そろそろ飛べそうかと尋ねた。

 革袋の中でちょっぴり羽がよじれたとかなんとか、女神の恩恵を羽に受けたいと訴えてきた魔蜂は、切り株の上でグググッと羽と身体を目いっぱい伸ばしてから宙に浮かぶ。



「ところでルイン」

「なんですか?」

「沼ネズミとはなんだ?」

「…………」


 当時のわたしは、今よりもっと背が低くてチョコマカして見えたせいか、こま鼠のようだと揶揄されることがあった。

 このようなあだ名は私だけではなく、薬師科に所属する者は大体つけられていた。あとはちょっと問題ありな生徒とか。

 これは高貴な方が、扇の裏でクスクスひそひそしながらお喋りする際に使う呼び名。彼女らにとってはたぶん暗号みたいな感じだったと思う。周囲にバレバレだったけどな!


 個人的にはまったく喜ばしくもない。

 大体にして、わたしの目は落ち着いた深い水底系の緑色である。断じて沼色ではないのだ。

 『小間使い科』の『こま鼠』で目の色が沼色だから『沼ネズミ』?

 誰が言い出したのか知らないが、センスの欠片も無い。

 こうしたものはこちらが反応すると余計に面白がられてしまうものなので、何を言われようとも気にした素振りはみせなかった。


 しかし、ムカつかないかと問われれば、当然ムカつく。

 故に、そんなことをわざわざ説明してやろうという気持ちはサラサラないのである。


「さぁ、なんのことでしょうねぇ。たぶんちょっとおかしな人だったんですよ」


 にっこり微笑んだ。


 


   



 真っ黒な外壁の家の中に入ると、厨房を取り仕切る女子力魔蜂に依頼人が満足してくれたことを伝えておく。嬉しそうに踊る彼女らのダンスはやはり小さな魔蜂たちよりキレがある。

 それからイルメルダを見つけて帰宅を告げる。大人しくお留守番してくれていたイルメルダは、自主的にロナを粉にする作業に従事していたらしい。


「良いんですよ、イルメルダ…………! まだ商品化までの道のりはまだ遠いですからね!?」


 なんと働き者なのだろう。うっかり感動してしまうじゃないか。

 普段は自己主張もなく影のようにそっと護衛してくれているのだから、留守番のときくらい羽を伸ばしていいんだよ…………!



「…………足して混ぜて二つに割ればちょうどいいのに…………」


 庭に遊びにきていたらしい魔蟻とキャッキャッと盛り上がっている様子の魔蜂を横目に、つい口にしてしまった。イルメルダが戸惑ったように見つめてくる。


 ――――――いや、待て。

 大人しいイルメルダとヴェヒターが混じったら、確実にヴェヒター成分が勝ちそうな気がする。その場合、癒しの塊は消え去り、残るは少々騒がしさが落ちるヴェヒターみたいなのが二匹…………


「やはりイルメルダはそのままでいてください」


 わたしは真顔で言った。


ストックが切れた……

また書き留めたら更新します

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