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コナート山にある竜王の居城へと、ロック・バードに乗ってやって来たトモエは、門番の一人もない事に目を丸くした。
竜王とは余程の自信家なのか、門衛を置くという一種の権威にこだわらない性格なのか――前者はともかく、後者はそうとは思えなかった。
「おまえはどう思うかしら?」
「はい。この城に、何者かの襲撃があったのではないかと」
なるほど、この従者の言うことはもっともだ。
トモエは無造作な足取りで門をくぐり進んでいくと、途中で門番だったと思しき龍の死体を発見した。
自分たちより先に襲撃をかけた者が居たことは、どうやら間違いなさそうである。
いや、あるいは……龍すら屠る何者かが、まだこの城に居るのではないか。
そんな思いが、彼女に情報系魔法の行使を止めさせていた。
先に結果を知ってしまったら興醒めだ。猫の入った箱を開ける前に、生きているか死んでいるか知ってしまうのはもったいない。こんなドキドキを与えてくれた時点で、トモエはシュレディンガーの名に乾杯したい気分だった。
この世界においては、龍殺しはそう容易くなせる技ではない。
ましてや、大陸最強と名高い竜王グルムンドの居城に殴りこむような存在は、先住民たちにはありえない発想だろう。
と、なれば他のプレイヤー、もしくはトモエの情報魔法すらジャミングする100レベル以上の存在、このどちらかではあるまいか。
「トモエ様、お下がりを。ここからは私が先を行きます」
そんな素敵な思索を、従者の声が邪魔をする。
本当に、無粋な男なんだから。
「嫌よ。わたくしが先を行きます」
「いえ、しかし……」
「わたくしが一番に遭遇するのでなくては嫌」
ただの龍なら興味はないが、待ち受けているのは竜王か、その竜王を恐れない何者かだ。
「そうすることの危険はご承知ですか?」
「危険がこの先にあるのなら、望むところだわ」
どうせ前にいようが後ろにいようが、お前がわたくしを守るのでしょうけど。
トモエはそう嫌味っぽく言い捨てて、すたすたと先へと進んでしまう。
「……御意に、お嬢様」
それしか言えないのだろうか、この男は。
アヤトがどれほど複雑な思いで毎回そう言っているのかは欠片も想像できないまま、トモエはそう思った。
■□■□
他の龍たちと比べても、ひときわ巨大な龍の死骸があった。
黒い鱗のその龍は、どこかファーブニルに似てるようにも見えたが、あの邪龍と比べればサイズは小さい。
トモエが魔法で確認したところ、竜王の死体に間違いなかった。
しかし、下手人の姿はどこにも見当たらない。
「アヤト。人の気配は?」
自分で魔法を行使して探るのが面倒なので、彼女はそう命じた。
アヤトならばスキルなどなくとも、現実の能力の範疇でそのぐらいは探れる。加えて〈敵感知〉のスキルも所持しているのだ。探知能力に関しては彼一人でもそう問題がない。
「……ありませんね。生きている者はこの場に一人も居ないようです」
「城全体において?」
「はい」
戦って死んだか、そうでない者は逃げたのであろう。
竜王の居城ならば戦闘員以外にも文官などが居ただろうが、その気配すらないと来た。
「いかが致しますか、トモエ様」
「帰ります。誰もいないならこんなところに居たって仕方ないもの」
露骨にがっかりした表情と声色で、彼女はそう言った。
期待はずれもいいところだ。
「トモエ様。彼らの埋葬だけでもしてよろしいでしょうか」
野ざらしになっている龍たちを、戻ってくるものがしばらくなさそうなこの場所に放置しておくのは忍びない。
そう思って、アヤトは提案していた。
「彼ら? ……ああ、龍たちね。いいんじゃない、好きになさいな」
どうでもいいといった調子で、トモエは従者の提案に許可を出した。
出した直後に、いたずら心がよぎってこう言っていた。
「埋めるだけと言わず、葬儀全部取り仕切ってあげたらどう? 慣れてるでしょう」
もちろん、神薙綾人の両親について、彼女は言っている。
こうしてつつけば怒り出さないかと期待しての事だ。
「現地の、龍たちの風習はそう詳しく知りませんので」
だが、従者の鉄面皮は不動のままだった。
淡々と、事実を口にするにとどまり、襲いかかろうという気配もない。
「あらそう」
それをトモエは、怒りをこらえていると判断した。
真実は、彼は自分自身への怒りと絶望を抱いているのだが、マスターマインドもこの男の心に関してだけは、度々間違ってしまうのだった。
「……それじゃあ、なるべくゆっくり済ませなさいな」
「ゆっくり、ですか」
「そうよ。わたくしは先に戻っているけれど、あまり早く帰ってこないように」
「かしこまりました、お嬢様」
主人の意図は見えないが、ゆっくりやれと言われればその通りにしよう。
また何かいたずらを思いつかれたのだろうな、やれやれ可愛いものだ。と、内心で肩をすくめながら、アヤトは犠牲者達の埋葬作業にとりかかることにした。




