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累々と屍の積み重なる中に、龍たちの王が放つジェノサイド・ブレスが広がった。
その死体たちはすべて、生きている間は竜王の部下だったのだが、傲岸不遜なる王は一顧だにしなかった。
人も、竜人も、龍も、死ねば肉の塊に過ぎぬ。それが彼の考え方である。
最強のドラゴンの呼気にされされ、溶け消えてゆく死肉の群れたち。
そして、その破滅的な呼気にさらされて微動だにせず佇む男が一人。
「ははは、いいぞいいぞぉ! もっとだ、力の限り攻撃してこい!」
そう、大陸に冠たる覇王グルムンドの最大最強のブレス攻撃が、男の手に掲げられた、たった二枚の盾を前に通じない。
これは龍たちの王にとっては認めがたい現実だった。
「ありえぬ。この我が、力に屈するなど断じて無い!」
ブレスすら通じぬのであれば、これはどうだと、竜王は魔法の詠唱を始めた。
「――其は破局の証にして禁忌なる到達点、大いなる無限の暗黒より招かれし客人よ」
最高位の魔導師のみが長大な詠唱によって可能とする、その詠唱時間故に実戦で用いる機会がないとされる超々高位攻撃魔法。単独で、さらには詠唱の大幅な破棄を行えるのは世界広しといえど自分ぐらいのものだ――内心で、そうグルムンドは自尊する。
「――我が前に立ちはだかりし、全ての愚者に鉄槌を与えよ」
「詠唱省略したメテオ系か。大崩壊級以上だとさすがにちょっと痛そうだな」
何? 今この双盾の騎士は何と言ったのだ。
メテオ・カタストロフとは、まさか神話の時代にのみ行使されていた神々の魔法……?
「――〈大熱隕石撃〉!」
気のせいだ。こんな若造がその存在を知っているわけがない。
知っていたとしても、ちょっと痛い、などで済まされるはずが断じて無い。
否、このエルフの男の存在全てが否である!
唐突にコナート山の宮殿にやって来たかと思えば、並み居る護衛をなぎ倒してこう言った。
――僕の乗騎になってくれないか、竜王グルムンド。
許されぬ。この竜王の背に跨がろうなどと、考える事自体が重大な罪悪だ。
よって死ね。疾く死ね。この最強魔法によってチリひとつ残さず消え失せろ――!
「〈八重垣〉!」
掲げた二枚の盾を落ちゆく熱石を前に差し出して、エルフの騎士はそう叫んだ。
そのスキルは、手にした二つの盾を効果的に防御に使う為の技術であり、その防御力と耐性は加算される。
二枚も盾を装備すれば本来なら片方は大幅に耐性と防御力が落ちるところを、二つのS級防具――〈神の右腕〉と〈悪魔の左腕〉――の耐性がそのまま加算されるのだ。
結果として、神と悪魔が織りなす鉄壁に激突した隕石は甲高い音を立てて散滅し、双盾の騎士に傷ひとつ与えることはなかった。
「馬鹿な」
ありえない、なんだあの盾は。
右手に握られたそれは古代神級の神気そ纏っており、その装飾に無意味な部分は欠片もない。おそらくはあらゆる物理攻撃に対して強大な耐性を持っているに違いなく、しかしだからこそ魔法に対しては隙があるように思われた。
それを補うのは、左手に握られた暗澹たる空気を発する猛悪な装飾を施された盾だ。
持ち主の物理耐性を低下させる呪いと、あらゆる魔法から所持者を守らんとする結界とが備わったそれは、もう一方の盾と組み合わさることにより互いの利点を引き下げつつも、欠点については完全解消していた。
そこまでのことを知るはずもないが、それでもおおよその性能を、これまでの戦いで竜王は察した。
まさか、己に貫けぬ守りなどというものが、この世にあろうとは。焦燥と驚愕が彼の心中に暗い影を落とす。
「ただのメテオとは思えない、良い威力だった。じゃあ、今度はこっちから行くぞ」
「く……」
「さあ、僕を理解してもらおうか!」
殴り合い。闘争こそ、互いを理解する一番の近道だとエルフの騎士は信じていた。
故にこそ、加減はしない。竜王の攻撃をその身で味わった今、全力をもって殴り返すのみ。
その結果何がどうなるかなど、猛り募ったテンションの前には押し流される思考の雫に過ぎなかった。
一歩一歩近づいていき、なおも浴びせかけられるブレスや魔法を弾き飛ばしながら、竜王の巨体へと迫る。
「ありえぬ。なんだ、なんなのだ貴様は!」
「僕か? 僕はただのエルフだよ。それより行くぞ――」
両腕をおおきく引き絞るようにしてからの〈シールド・バッシュ〉が、竜王の顎を無慈悲にかち上げた。
「ガッ……」
「うおおっ!」
二発、三発、四発と連続して叩き込まれる神聖なる盾と悪魔の腕による変形の双掌打が、龍たちの王の生命を掘削機のごとき勢いで削り取っていく。
「グオォッ!」
並々ならぬ衝撃に首をもたげながらも、盾が身体を覆う面積が小さくなった瞬間を見計らい、グルムンドは再度その身が持つ最強の呼気たるジェノサイド・ブレスを吐き出した。
果たして、それは重鎧で覆われていてなお露出している顔面を含めてまともに直撃し、結果として騎士は派手に後方へ吹き飛ばされることになった。
そう、吹き飛ばされた。
これまでに同じブレスをその身に受けた者達のように、消滅するのではなく。
「くぅ、痛い……流石だよ竜王。一瞬死んだかと思ったほどだ」
立ち上がり、そんな言葉を吐くのを見て、竜王は混乱の極みに陥った。
馬鹿なありえん不条理だそんなはずがないだろう我が最強のブレスを防具で防いだならともかく顔面にまともに受けて生きているなど――。
「はは、ははははは! やっぱりいけないなあ、ゲーム気分が抜け切らないと」
そんな訳の分からない言葉を口にしながら、双盾の騎士は高笑いを上げる。
それは、歓喜と自嘲の色が多分に含まれた哄笑だった。
「どれほど真剣でも、ゲームのデータが使えるというのは、こういう弊害があるわけだ……ありがとう竜王。君ほどの強者が相手だからこそ理解できたことだ、これは」
それは、彼と同じ境遇になければ意味を理解できない言葉なのだった。
例えば、黒幕令嬢とその従者のように、ゲームにログインしたままこの世界に転移してきたものでなければ。
だから、叡智と魔力を極めた竜王にも理解できない。相手がゲームのステータスをそのまま持っており、故に大陸最強の位を極めた自身すら及ばない力量の持ち主であるとは。
「攻撃に対して自動でガードしてくれるゲームとは違うんだった。素手でノーガードの殴り合いなんてしてたもんだから、癖が抜け切らないのは尚更だよ、まったく」
我が身の至らなさには参るね、ホント。
彼はそう自嘲しながら立ち上がり、再びゆっくりと竜王の元へと近づいて行くのだった。
ああ、今僕は生きている。そう生を謳歌し、盾を持った両腕を迎え入れるように広げながら。
「さあて、第二ラウンドと行こうか」
「ま、待て!」
グルムンドは、つい己の口から漏れたそんな言葉に、心から恥じ入った。
騎士は足を止め、目前に立っている。待たせて、一体どうしようと言うのか。
命乞い――まさか、そうするぐらいなら死を選ぶ。
しかし、このまま戦えば殺されるだろう。その認めがたい実力差を、ようやくグルムンドは肯定した。
すると不思議なことに、一度は抱いた赫怒は消え失せ、それに関してこう問うていた。
「我を、乗騎にしたいと言ったな――何のためにだ」
龍は強さを重んじる。
『弱き龍』とは、この世に存在しないものを例えて彼らが口にする言葉だ。
故に、彼の内に興味が湧いた。これほどの強者が何を求めているのか、と。
事と次第によっては手下の龍ぐらいなら貸してやっても良い……そう思って。
すると双盾の騎士は人差し指を立て、天空へと差し向けた。
「雲の上に、ひとつの城がある。僕はそこに行かなければならない」
「城だと? 雲の上にか」
「そうだ」
そのような事を可能にするのは、古にその肉体を失った神々の力ぐらいだろうが、満更作り話とは考えにくかった。
己を下しうる強者に対し、グルムンドの内には一種の敬意が生まれ始めていたのだ。
それは彼自身が自覚せず、大いなる自尊心の前に消し飛びそうなほど小さなものではあったが、確かに存在した。
「何故そのような場所に行くのに、我が必要なのだ? 天馬でもなんでも、貴様ならば調達は容易だろう」
「そうなんだけど……そこはまあ、格の問題というか」
ポリポリと照れたように頬をかいて、エルフは言葉を続ける。
「考えうる最上級の乗り物で行きたいんだ。そのぐらいしないと、欠片も驚いてくれないだろうし」
「……女か」
「うん」
「そうか、女のためか」
異性とつがいになろうかという選択は、多くの龍にとっては無縁なものだ。
強大な龍ならば、その身と力を裂いて子を生み出せる。だがその事が逆に、他の生物とはつがいの概念を異にしているのだった。
子を設けるのに、つがいと共に生むこともできるが、必要ではない。
故にこそ、あえてつがおうという選択をさせる相手と巡り合う事、それ自体が神聖で尊いものであると、龍たちの間では固く信じられている。
「ならば、我を完膚なきまでに下して見せよ」
それほど神聖な目的の為であれば――そんな名目のために、唯々諾々と従うか? 否!
我は龍なり、上古の時代より名の欠けし王の異名を継いだ竜王なり。
命を惜しんで戦いから逃げるなど、断じて否である。
「その時は――良いだろう、貴様の乗騎になってやる」
全力で抗おう。たとえ叶わぬと知れていようとも、万に一つを掴み取るために戦おうではないか。
それで敗れてなお生き残ってしまうのならば。生き恥のついでにもうひとつ、恥をかいても構うまい。
「かかってくるが良い、小童!」
その身体に漲る魔力を周囲の空間にまで充溢させ、竜王は高らかに吠え猛る。
それに対し、双盾の騎士は両腕を目いっぱいに引き絞る事で応えた。
「〈シールド・バッシュⅡ〉――!」
先ほどまでグルムンドを打ち据え、その寿命を大いに縮めた技の約3倍の威力を誇る上位技を、繰り出した。
話の間に、クールタイムは終わっていた。盾役となるナイト系列のジョブが持つ数少ない攻撃技は、クールタイムが長めなのが欠点であった。
「がはっ――」
一撃目のバッシュを受けた竜王の心中を、おおよそ次のような思考が駆け巡った。
――あ、これ死んだな。
二発目が叩き込まれた瞬間、グルムンドは意識を失っていたが、その事にエルフの騎士が気づいた様子はなかった。
なぜならスキルの最大回数である十連打を叩きこみ、竜王の部下たちをなぎ倒して以来のクールタイムを迎えるまで、彼の攻撃は止まらなかったからだ。
果たして、竜王が思ったとおりになった。
龍たちの帝国に座す皇帝は、一人の男のやり過ぎによって息絶えたのだ。
「……しまった、やり過ぎた」
殺すつもりはなかったのに、と。
グルムンドの部下たちを亡き者にした時と同じ台詞を吐きながら、欠片も省みること無く双盾の騎士は天を仰いだ。
ああしかし、彼らの強さは本物だった。それだけは間違いない。
哀悼の念を仕草で示してから、彼は途方に暮れた。
乗り物はどうしよう?




