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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第二章:黒幕令嬢と双盾の騎士
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9



 深い暗黒があった。

 それを照らすのは窓から差し込む薄明かりと、燭台の上の蝋燭の火だけである。

 逆さに掛けられた十字架と、いたるところに配された逆五芒星が、この場所において魔導の行使が禁じられていることを示していた。

 静謐な聖堂。にも関わらず、雰囲気は夜会サバトのそれに近しい。

 理由は、掃除の後も隠し切れない、むせ返るような血臭のせいであろう。


「正直なところ、あの二人ってくっつくのでしょうか?」


 血の匂いを自らも纏った、禁魔大聖堂を預かる使用人、エリザベートがやんわりとそう言った。


「うーむ、筆頭殿はどう見ても惚れ込んでおるが、トモエ様はのう……」


 幼い顔立ちの眉間に皺を刻みながら、リベルが応じる。

 休憩時間に、エリザベートが他の使用人達を招いたのだ。

 この場に居ない戦闘タイプの使用人は、休憩時間にも鍛錬を欠かさないクラウディウスだけである。


「我、関せず。それは我らが気にすることではあるまい……チク、タク、チク、タク」


「いやいや、重要じゃろ。とんびが割り込む余地があるかどうか」

「そもそも、アヤト様がトモエ様にっていうのが前提化してるのがおかしいと思うの」


 クース・トースの言葉に、周囲の使用人達は「いや、どう考えてもそれは前提だろ」という顔をする。

 彼女も認めようとしていないだけで、本当はわかっているのだ。

 アヤトが心底からトモエに惚れ込んでいることを、この屋敷で知らないのはトモエぐらいのものだろう。


「あのお二人がくっつかないなら、アヤト様は私が身体で慰めて差し上げるのだけれど」

「いや、その理屈はおかしい。その場合まずは儂が」

「なんでアンタらはすぐそういう発想になるのよ、色情狂!」


 うぶなクースが顔を真赤にして怒鳴る。

 おおむね、こうしてリベルやエリザベートの玩具にされるのが彼女の常である。


「失恋した男を慰めるのは、他の女の身体と相場が決まっておろうに」

「そんな相場、取引停止になりなさいよ……」

「大丈夫です、そうなる前にわたしがアヤト様を殺しますから」


 キラキラしたいい笑顔で、紅茶を運んできたライヒが言った。


「おいやめろ馬鹿」

「ぶち殺しますわよヒューマン」

「……チク、タク」

「まあ、アンタなんかに殺されるアヤト様じゃないと思うけど」


 総スカンを食らってもめげないライヒである。


「そもそも、アンタってなんでアヤト様のお命を狙うわけ?」

「えへへ……内緒です」

「はにかむと無駄に可愛いのがムカつくのう」


 ライヒは元々の顔立ちは幼いとすら言える可愛らしいものだが、仕草も一々子供っぽく、それ故に可愛気があると言えた。もちろん、命を狙われるアヤト以外の者にとっては、だが。

 アヤトの身の安全に一定の重きを置く使用人達も、実のところさほど心配はしていない。ライヒの手で本当に殺せるほど、かの筆頭家令は弱くないからだ。

 たとえ本人がわざと殺されようとしたところで、殺せるかどうかは怪しいものだと誰もが思っている。だからこそ、リベルらが怒って見せながらも、冗談のような空気で済んでいるわけである。


「いずれにせよ、あのお二人がくっつくとかあり得ないと思いますよ」


 ライヒがちょこんと椅子に座りながら言った。


「なんでよ」

「だってトモエ様、恋愛とかしないでしょ」

「ああ……」


 確かにそうかも。そんな空気が場を包む。

 トモエに関しては、あまりにも超然とした支配者としてのイメージが使用人達の間では強い。だからこそ、その主人が恋愛に夢中になる光景というものが思い浮かばないのであった。


「唯一釣り合うというか、あり得なくもないのがアヤト様だけれど。あの調子では、ねえ……」

「実質、トモエ様に釣り合う男なんぞこの世におらん状態じゃのう」

「……チク、タク」


 コメントに困る、というような調子の時計の針の音が、チクタクマンの顔から響く。

 彼女たちもアヤトを軽く見ているわけではないが、トモエと比べてどちらを重く見るかでは、まず意見が一致する。

 この屋敷において最も重要な人物はトモエであり、その点ではアヤト自身も同意見だろう。


「なんと言うんでしょう……アヤト様はマゾですわよね」

「ぴゃっ!?」


 エリザベートの唐突な言葉に、クースが奇妙な声を上げる。


「ああ、なんぞわかるのう。トモエ様の足ぐらい平気の平左で舐めそうじゃし」

「なにそれ、どういうプレイなの!?」

「そりゃ、そういうプレイじゃろ」


 それが実際にあった出来事だとは思いもせずに、彼女たちはそんな言葉を交わす。

 この場でただ一人の男であるチクタクマンは、表情こそ変わらないものの、若干居心地悪そうにチクタクと針を鳴らしているのだった。


「で、誰が筆頭殿をモノにするかという話じゃったが」

「あれ、そんな話……か。そんな話だったんだ」


 ぽつねんと、どこか釈然としないような顔でクースは呟いた。


「儂はぶっちゃけ、ノリでやってるとこあるからのう。ここはクースに銅貨一枚」

「賭けるな! っていうかなによそのしょっぱい賭け方は、勝つつもり無いでしょ!」

「なんのことやら」

「私も勝つつもりはありませんが、ライヒちゃんが殺すのが早いに金貨1枚」

「おおう、大穴狙いじゃな」

「大丈夫、殺しますよ!」


 ライヒの笑顔は輝いていた。皆はスルーしていた。


「ほれ、クースも誰かに賭けんかい」

「え、アタシ? えっと、それじゃあ……って賭けないわよ馬鹿ぁ!」

「なんじゃ、つまらんのう」

「と言っても、他に対抗馬は居ましたか?」


 やんわりとした口調で、実に俗っぽい言葉を吐くエリザベート。

 シュルリと長い舌が口の端から覗いた。


「ファーブニルがおるじゃろ」

「え?」

「あいつメスじゃぞ」

「えっ、そうだったの?」

「なんじゃ、おぬしら気づいとらんかったんかい。あやつ、儂らには激ツンじゃが筆頭殿にだけはデレッデレじゃろ?」

「言われてみれば……」


 使用人達も皆それぞれに、ファーブニルに冷たくあしらわれた経験があるのだった。

 かの邪龍が認めているのは、力で己を調伏したアヤトのみである。

 竜人であるエリザベートだけが比較的マシな扱いを受けるという以外は、トモエの使用人であり、ファーブニルと戦ってもいない彼女たちに対して、ファーブニルは良い感情を持っていないのだった。それは大いなる力を持つ龍の誇りとも言うべきものがそうさせているのだ。


「トモエ様にすら反発するのは、このお屋敷ではあの方ぐらいでしたわね」


 エリザベートが畏敬と微かな反感を込めて、ファーブニルについて語った。

 彼女たち使用人にとって、トモエとは絶対の存在であり、反発するという発想自体が中々湧いてこない。


 その点、あの守護龍ペットだけは例外だ。〈調教の鞭〉により行動の自由こそ無いに等しく、今もトモエの命令で地上に赴いてはいるが、精神的には欠片も服従していない。また、そうした点がかえってトモエに好かれているのもあって、使用人達がファーブニルに対して抱く思いは複雑である。


「あれほどのレベルの龍ともなれば人化の魔法ぐらいは当然修めておろうし、そうなると立派な対抗馬にならんか?」

「させないし……あいつだけは認めない」


 ぼそりと、クースが呟くように言った。

 静かで、しかし同席者達が底冷えするような何かが篭った言葉だった。


「お、おう。じゃあ、クースは自分賭けでいいんじゃな?」

「だから賭けないって」

「さようか。……に、しても」


 言葉を区切ってから、しみじみとリベルは言う。

 透明な眼差しが窓の外を見つめていた。


「あのファーブニルをけしかけられるとは、帝国の連中も可哀想にのう」


 うんうんと、頷きで同意する使用人達であった。



■□■□



 遮る雲すらない天空を、その龍は悠然と飛翔していた。

 忌々しき主の命をまだかまだか、命さえ下れば一刻も早く終わらせてやろうぞという思いで待機していた。

 そう、バルベロー空中庭園最強のペット、邪龍ファーブニルである。


「そろそろ良いわ。征きなさいファーブニル。命令はただひとつオーダー・イズ・オンリーワン


 艶めいた、ファーブニルに言わせればケバケバしく薄汚い声で、トモエは邪龍が待ちかねていた言葉を口にする。


「虐殺です。全ての帝国兵を、人も龍もなく殺しなさい」

「よかろう」


 任せておけよ、都合の悪いことに得意分野だ。

 我が心にかかわりなく、その命令は果たされるだろうさ。


 まったくもって忌々しきは、かの鞭の魔力よ。


 やるせない気持ちを咆哮に込めて、天空から墜落するがごとく、ファーブニルは戦場へ向けて一直線に、空を駆け降りるのだった。



■□■□



 その遠くから聞こえる咆哮に気づいた次の刹那には、風人将アネモスは自らの愛騎と共にその生命を終えていた。


 空中高くに血のシャワーが撒き散らされる。

 火薬が弾けるような乾いた高音は、それにいくらか遅れてやって来た。

 血に濡れた緑色の何かや、それに比べてごく小さな白っぽいものが混じった破片は、バラバラにはじけ飛んだ風龍将と風人将の死体だったと、その場に居合わせた者達はずいぶん後になって気づいた。


「は……? いや、なんだこれ、ちょっと待てよ」


 最も早く、その出来事と、それをもたらした脅威に気づいたのはエースだった。

 最初に犠牲になったアネモスらに最も近い位置に居たからという、それだけの理由だったが、ともあれ彼は気づいた。

 その、禍々しき暗黒そのもののような黒龍の存在に。


「恨みはないが、逆らえぬ命であるのでな」


 小山を思わせる顎からは、重苦しい響きとともに言葉が紡ぎだされる。

 噴火直前の火山口のごとき紅の瞳が、言葉を待つまでもなく雄弁に殺意を物語っていた。


「死んでもらうぞ、小童ども」


 そう締めくくるとともに、巨龍は恐怖を喚起する咆哮を上げた。

 エースが知る限り最も巨大で強大なドラゴンである竜王すら比較にならぬその巨体。

 欠けさせることなど想像もつかない、艶めき光る漆黒のダイヤモンドじみた龍鱗。

 顎の端から覗く牙は、この世に貫けぬ物の存在しない、史上最強の剣であろう。


「り、〈龍氷裂波〉だ、グラキィ!」

「主殿、ならぬ。逃げるのだ!」


 初めて、主従の統率が乱れた。

 本来なら、そのような隙を逃す『乱獅子』たちではないが、この場合は例外だった。

 バルベローの『お屋敷』から来る援軍の話は聞いていた。それが龍であることも。

 故に、暗黒龍の方を注視し、警戒する必要があった。

 その強さに瑕疵があるならば見出さねばならない。なくともいずれの未来に勝機を見出さねばならない。


あれは無理だ(丶丶丶丶丶丶)。何なのだアレは、あんなモノがこの世に居て良い訳が――」


 人ならばどれほど強さを極めた者でも見誤ることもあろう。だがドラゴンを相手に、幻影や誤魔化しの強さは通用しない。帝国最強のドラゴンライダーたる龍人将を相手に通じる強さということは、それ即ち本物の証。


 龍が怯えている(丶丶丶丶丶丶丶)。その一事を以ってして、この場の全てがどうしようもなく終わっていた。


「いいから〈龍氷裂波〉だ、グラキ!」

「ええい、ままよ!」


 再び放たれた氷結の波動が、瞬く間に広がり黒龍にも迫る。

 天馬達は既に騎手の操縦によって効果範囲から離れていたが、暗黒の龍は微動だにせずそれを待ち受けた。


「温いわ」


 そして、黒い肌に触れた瞬間、氷龍の波動は弾け、雲散霧消した。


「な……!?」

「ありえん」


 その結果を、帝国最高位の龍と騎手は驚愕とともに見届ける。

 自分たちの最大最強、不破の奥義が通じない。

 それも破られたり、かわされたのではなく、直撃したのに通じないなどと、そんな馬鹿なことがあるだろうか。

 不調か? いいやそれはない。奥義スキルの発動には確かな手応えがあったし、何よりつい先ほどカノッサの天馬騎士たちを打ち砕き、最強の騎士たるイザベルすら、よもやというところまで追い詰めたではないか。


「児戯はそれで終わりか」


 地獄の底から響くような声が、どこか投げやりに言った。


「ならば、次はこちらから行こう」


 漆黒の要塞がばさり、と翼をはためかせながら顎を開いた。

 そこから吐き出されるブレスはこの世に二つとない邪毒。猛悪な色合いの呼気が


「よ、避けろグラキ――かはっ……」


 食道の奥から熱い塊がせり上がってくるのを感じて、エースはそれを吐き出した。

 どす黒く腐れ果てた血が、グラキの蒼く美しい龍鱗を汚す。


「な……」


 まだ、あのブレスは届いていない。見た目にはそのはずだった。

 だが恐るべきことに触れてすらいないのに効果が届いているのだ。

 こんな攻撃をすれば王国側の兵達も巻き込まれそうなものだが、何故か全身を深緑色に泡立たせ落ちてゆくのは帝国の竜騎兵のみ。

 竜王は効果対象を選り分けて指向性のあるブレスを吐けるというが、まさかその類だと言うのか。


「キサ、マ……何者……」


 既に毒の影響で光を失いつつある眼で黒龍を睨み上げ、グラキは問うた。

 もはや己が助からないということを悟った者の眼であり声だった。


「我が名は邪龍ファーブニル。故あって、カノッサに敵する者共に死を与える守護龍である」


 それは、エースもグラキも聞いたことのない名だった。

 もっとも氷人将は、その名前を聞くこと無く、すでに事切れていたが。


「覚えて、おこうぞ。冥府に落ちようと、喜びの野に辿り着こうとも、その名忘れまじ……」 


 氷龍将の巨体が傾ぎ、翼と魔力による制御を失って逆しまに落ちていく。


「竜王よ、どうか兵をお引き上げくだされ……かなわ、ない……」


 グラキの末期の言葉を聞き届けたものはおらず、ただその光景だけを、カノッサ王国の者達が呆然と見つめているのだった。



更新が遅れて申し訳ありません。

諸事情により今後しばらくは、週に1度程度の更新にペースが落ちますが、ご了承下さい。


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