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銀光が天使共の肩口から袈裟懸けに閃き、白い痩身を両断する。
切り返しV字型に2体目を切り倒し、W字型に3、4体目と続いて白光の粒子と変じさしめた。
「副長、残敵数報告!」
「目測で約30体です、団長!」
剣戟の音ひしめく戦場で声を張り上げ連絡を交わす。ここはほぼ掃討が完了したと思ってよさそうだ。
北方の農村地帯に突如来襲した天使の迎撃に、王国最大の機動力を誇る天馬騎士団が派遣された形だ。
通常の騎士隊も派遣されているが、いかんせん現場への到着が遅い。
転移系の魔法を使えるのは宮廷魔導師の中でもごく一握りしかおらず、また運べるのも一日2、3回。一度に一人か二人だ。それでは到底天使たち相手に戦力にはならない。
天馬騎士団が救ったのは――どの村でも死傷者が2桁に上っているのにそう言って良ければ――この村を入れて4件目だ。
魔法使い達は遠見の魔法で天使たちの襲来場所をいち早く発見し報告した。彼らは自分たちの仕事をやり遂げており、だからこそ宮廷から軽々には動けない。
天使たちが目標を変えて別の村を襲うか、あるいはさらなる増援があるか――そうしたことを神経と魔力をすり減らして探っているのだ。彼らを責めることはできない、しかし。
魔法使いがこの場に10名も居れば、どんなにか早く村を救えるか――イザベルも、そう思わないと言えば嘘になる。
戦闘型の魔法使いたちの多くは、国防の為の切札として温存されている。
今こそ正にそれを切って欲しいところだが、今回の天使の襲来に際しても、議会の緊急要求として温存が決まってしまった。
民主的な議会政治は王国に良い影響ももたらしたが、同時にこうして悪い影響ももたらした。そう軍部の多くは考えている。副長が特にそうだし、イザベルも例外ではなかった。
「〈天馬縦横走破〉!」
対多数戦において最大の技をイザベルは放つ。
技の溜め時間を短縮する〈高速練技〉と消費体力を抑える〈達人呼法〉に加え威力と範囲を増大させる〈天馬騎士の熟練〉を同時に用いた必殺の技が炸裂し、天馬と前傾に構えられた突撃槍が戦場を縦横無尽に駆け巡る。
勢いのままに突き、薙ぎ払う。
絶人の域にある天馬上の槍技が1、4、7、10、15――18体を一息に撃滅し打ち倒した。
「やはり、凄い……」
隊の一人が天使と打ち合い刺し合いする最中に、思わず感嘆の溜息を漏らす。
そう、戦場のイザベルは凄まじい。大魔導師『乱獅子』と並んで王国の双璧と称される武人の、その凄絶なる本性が現れていた。
あの偵察任務のときの茫然ぶりは、何かの間違いであったとしか思われなかった。
もっとも、同道した団員皆が同じように唯々諾々と相手の言い分を信じていたが。
その後まもなくトモエの宣言通りに、空中庭園は領空から消え失せたのだ。問題はなかった。
ややあって、
「団長、掃討完了です。この場の天使共は全滅しました!」
「よし、次の村へ急行するぞ!」
現状連絡のあった限りでは最後の村に向けて、彼女たちは鐙も壊れよとばかりに天馬の横腹に拍車をかけた。
■□■□
指を打つ乾いた鳴音が戦場を支配する。
否、この場は初めから戦場などではなかった。初めは天使たちによる虐殺場、現在は天使たちの屠殺場だ。
「〈切札乱舞〉」
森よりも多くの――300は下らない数の天使たちが村に順次降り立とうとしていたが、雲間から姿をあらわす端から順次カードによって斬殺され、屍を晒すこと無く消えていった。
やはり、天使たちの中にもアヤトの敵は居ない。あまりにも脆く弱々しいのだ。
見たところ、基本的種族スキルとして物理・魔法両面に弱い耐性を持つ能天使級の天使が主で時折、より上位の力天使級が混じる程度。いずれもレベルにして20から30程度の、アヤトからすれば雑魚もいいところであった。
これならば全力で戦うまでもない。そう判断した彼はカードを一枚手に取り、〈切札還元〉のスキルを発動した。
すると、一振りのサーベルがその手に握られる。その柄には護拳と呼ばれる半円状の大きな鍔が付いており、指や手を保護していて、そこは通常のサーベルと同じなのだが、刀身が異なっていた。
――日本刀。
反り身の片刃は濡れたように光り、玉散るが如く煌めいている。
ギルド、マスターマインドお抱えの武器職人プライマルが作成したレアリティAランク相当の対人外特効武器。
銘は〈殺女〉。
アヤトをもじったプライマル氏のお遊びと、ウェポンスミスとしての矜持が篭った名刀である。
この武器の素材を集めるのに、アヤトは実に累計50時間以上と、10万円を超える課金を必要とした。
そのようにして作成された武器を、アヤトは1000を超えてカード化している。その中にはSランク相当の武器も混じっており、内99%がプライマルの手による傑作だ。
――壊れるからって気兼ねしないこと。武器は使って壊れてナンボだからね。
そう優しげな声音で言っていた、厳しく筋肉むくつけきドワーフの姿を思い出し、ふと苦笑めいたものがこみ上げてくる。
ずいぶんとこのゲームにハマったものだな、俺も。と。
「さて、試したい事がある。付き合ってもらうぞ天使共」
「が、頑張ってくださいぃー!」
生き残っていた村人たちが、〈殺女〉を構えた執事に声援を送る。
逃げ切ったものもいるかもしれないが、それを除けば生き残りは村の中央に集まっていた――公民館のようなボロだが大きく頑丈そうな建物に避難していた――40名ほどか。
それが村本来の住民数と比べてどれほど少ないのか、努めて考えないようにしつつ、アヤトは地を蹴った。
寝かせた軍刀の切っ先が天使の物理耐性を貫いて刺さり、刃の方向に体ごと鮮やかに一回転すると、胸板から横薙ぎに両断された天使の残骸が一つ出来上がった。
直後に背後から飛びかかってきた3体を、流れるようにステップを踏みながら突き刺していく、その一見緩やかな動きを天使たちの音を切る剣速でも何故か捉えることが出来なかった。
結果、さらに3体の残骸が生まれ、粒子となって溶け消えていく。
身体が思うように――否、それ以上によく動く。
武器を手にして使う為のスキルを、アヤトは数えるほどしか取っていない。
カード化した武器の属性は元となった武器に依存するが、〈デック・ボックス〉から飛ばすスキル自体は多くが魔法扱いなため、魔法行使が禁じられた場所でも戦えるようにと〈武芸百般Ⅱ〉を取得している。
しかし、それ以外に目だったスキルはない。〈武芸百般Ⅱ〉は全ての武器を扱えるが、その効果は他の専門的なスキルの半分程度である。大抵はひとつの武器に絞って取得するほうが楽で強い為、武芸百般は趣味スキルの範疇と言われていた。実際、アヤトも半ば趣味、半ばは前述したような必要に迫られての取得だった。
つまるところ、武器使いとしてのアヤトは半端者どころではないのだ。たとえ99レベルであっても。
だというのに、軍刀を自らの肉体の延長であるかのように振るえるこの感覚は、〈武芸百般Ⅱ〉程度では得られないものだとしか思えなかった。むしろ現実に扱い慣れた感覚に近いような気さえする。
そう、ここに至ってアヤトは確信した。
ゲームキャラクターとしてのデータに加えて、現実の技能もこの身には加算されていると。
道ならぬ剣術は、神薙綾人が得意とした戦闘術の一つだ。テロの横行する物騒な昨今、個人の武術技量もまた貴人に仕える者の必須技能である。
その経験が告げている。これは現実の感覚とゲームのパラメータ的な強化が加わっているのだと。
即ち、今のアヤトはセフィロトでのアヤトよりも、現実での綾人よりも強い。このような低レベル天使に負けるはずがないだろう。
「アヤト。もういいから、さっさと片付けなさい、グズね」
「はい、お嬢様」
試したい事はすませた。
その後に残っていたのは、蹂躙と虐殺だけであった。
■□■□
殲滅の後、トモエの魔法により捜索したものの、ジョージ少年の両親の姿はなかった。
二人共が天使に殺され、死体も残さず『掃除』されてしまったのだろう。
決まったことに文句をつけられるのも面倒なので、ジョージは既に空中庭園へと移送させた。妹の方も魔法で眠らせて生き残っていた村長に身柄を預けようとしたのだが、その際に幾らかのやりとりが生まれる。
今、村中央の公民館に二人が招かれて、それは始まった。
「トモエ様と申されたな。あなた方はこの村の救い主です。感謝に絶えません。しかし、そのう……」
「なぜわざわざ助けに来てくれたのか、ですね?」
図星を刺された60は過ぎていそうな禿頭の村長は、気圧されたのか「は……」と言葉をつまらせた。
警戒と疑念も当然だろう。国軍でもない謎の男女が、突如現れたかと思うと、天使たちを一体残らず駆逐してしまったのだから。
「もちろん、それには理由があります。端的に言えば、この村の皆さんにはわたくしの領民になって欲しいのです」
「領民……? そ、そりゃあつまり、侵略……!」
「それが本性か! どこの国だ、帝国か!」
沸き立つ村民たちを、トモエは一言も発すること無く、手をかざして静粛を促すだけでその通りにしてしまった。
〈傾城香〉はまだ用いていない。西園寺巴が持つ、生来のカリスマがそうさせたのだ。
「わたくしは、どこの国にも属していません。ただ、これから国を作ろうとは思っています」
その突拍子無くも聞こえる言葉を、村民たちは笑い飛ばさず、ゴクリと喉を鳴らすことで飲み込んだ。
彼女は嘘も冗談も言っていない、と。彼らがそう理解するに足る迫力をトモエが一挙一動、一言一句から滲ませていた為だ。
「村を救った見返りとして、皆さんが支払うのは所属を変えるという一点です」
「だ、だが領民にするということは税を取るのでしょう、一体どれほどの……それにカノッサ王国が黙ってはいますまい」
村長は白い髭を気ぜわしく撫で付けながら、モゴモゴと口を動かした。
村民達の命を救った見返りとして要求される貢税となれば、相当な重税に違いない。
そして当然最大の懸念事項はカノッサ王国の怒りだ。明白な侵略行為に対して、そしてそれに黙って従った村民達に対して、王国の憤怒がどういった手段を取らせるか、心配になるのは当然である。
「税に関しては、ひとつ確認しておきましょう。皆さんがカノッサに収めていた割合は?」
「年毎に八公二民……収穫物の八割は取られまする、それ以上になると村人達にとって大変厳しいというのはご承知頂きたく思います」
「では、収穫物の二割をわたくしに対して納めるように。毎年取りに使いをやらせます」
村人たちは再度、どよめいた。
聞き間違いか? いや確かに二割を取ると言ったぞ……。そんな事ありえるのか……? といった小声でのやりとりが聞こえてくる。
「皆の者、落ち着け! まだそうなると決まってはいない。何よりカノッサ王国を怒らせるようなことは……」
「では、次に天使たちが現れた時も、助けなくて良いのですね?」
どよめきは更に大きくなる。
つい先程まで、眼前に迫っていた死の脅威。この規模の村では村民皆知り合いであり、知り合いを、親兄弟を殺された者ばかりなのだ。否が応でも意識せざるを得ない。
目的はどうあれ、トモエ達が彼らを助けたのは間違いなく、王国の軍が助けてはくれなかったことも確かなのだ。
たとえ今まさに別の村を救っているのだとしても、天馬の消耗も厭わず駆けつけようとしてくれているとしても、結果には何も関係がない。
「わたくしの領民になるのであれば、あの程度の天使たちを苦もなく蹴散らせるだけの戦力をこの村に常在させましょう」
故に、トモエの言葉は身体の芯まで染みわたる。
真冬の風呂湯のように。死に至る毒のように。
「そうだ、王国は助けちゃくれなかったぞ!」
「この人達は俺たちを助けてくれた……」
「だが王国に逆らったら軍がやってくるぞ?」
喧々諤々と、もはや口を開いていないのは小さな子供達だけだ。
あと一押しで、彼らは戦わずして陥落するだろう。
そうアヤトが思った時、村人の一人が窓の外を見て、人差し指を口元に当てて言った。
「おい、皆静かにするんだ。天馬騎士団が来たぞ……!」