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「天馬騎士団……団長のイザベル様も」
その名前に、村民たちは沈黙した。
数日前に空中庭園にやって来た彼女は、こんな辺境の村にもそれだけ威名轟かせる存在だったということか。
ガラスのない枠だけの窓から覗いたのは、峻厳なる天馬に跨る騎士たちの姿だった。その先頭には確かに数日前に目にした女団長の姿があった。
「ちょうどいい所に」
村人たちにとっては信じられない事に、そう言いながらトモエは笑っていた。
一体どうする気だ。強さに自信があるのはわかるが、カノッサ王国への侵略行為の最中にやってきたのは王国最強の騎士だぞ? そんな思いが村人たちの表情にも浮き出ていた。
だが、アヤトの胸中は別だった。
――おそらく、計算尽くだな。
「アヤト、出ますよ」
「はい、トモエ様」
二人は村人たちがなにか言うのも聞かず、落ち着いた様子で外に出て天馬騎士団を出迎えた。
「トモエ殿……? 何故このような場所に」
訝しげにイザベルは尋ねた。
「この村が襲われているのが見えたもので、助けにやってきたのです」
「おお……それは、なんと礼を言ってよいやら。ということは、村人たちは無事で?」
「少なくない人が亡くなったようでしたが、守れるだけは守ったつもりです」
困惑の中から歓喜の花を咲かせて、イザベルはトモエの手を握った。
「ありがとう、我々は間に合わないところだった」
「いえ、お気になさらず。見返りを求めてしたことですから」
「当然でしょう。カノッサも出来る限りの礼はすることと――」
「ついては、この村を頂きたいのですけれど」
トモエの唐突な要求の前に、イザベルの笑顔が再び困惑の沼に埋もれる。
「はは、それはまた……ご冗談を」
「冗談は好きなのですけれど、今は本気でしてよ」
後ろに控えていた騎士たちの表情が変わる。
和やかな困惑から敵意の篭ったそれへと。
「仮に本気だったとしても、冗談ということにされた方が身のためでは?」
いたわりの篭った忠告を、しかしトモエは顧みない。
それどころか、嘲笑をもって応じるのだった。
「あら、もっとはっきり言ってくださってもいいのですよ。ふざけるな、叩き潰すぞ――とでも」
騎士たちは槍に手をかけた。
〈傾城香〉を使わない上での挑発によって、敵意は募っていく。
「た、助けてくださいイザベル様! こいつらは本気です。さっきも領民になれと持ちかけてきて――」
「馬鹿、口出すな」
村民たちのやりとりを窓越しに聞きとがめて、イザベルは深く頷いた。
「何故そのようなことをするのか理解に苦しむが……そういうことであれば、このイザベル・クロス・マルヴィン容赦はせん!」
抜き放たれた突撃槍が、開戦の狼煙だった。
トモエの前に立ちはだかり、〈殺女〉を再度カードから元に戻して執事は構える。
「アヤト、殺してはダメよ。天馬も人も殺さずに制圧なさい」
騎士たちは、そして公民館の中から成り行きを見守っていた村人たちも耳を疑った。
不殺のままに制圧。それは圧倒的な実力差がなければ実戦ではできない相談だ。そんなことは戦いにあまり縁のない村人たちですら知っている常識である。
そんな無意味にも思える不可能事を命じる主に対して、執事の返答は――
「かしこまりました。お嬢様」
――ひとつしか、あり得なかった。
■□■□
執事の体捌きは、異様なほどゆっくりと見え、だというのに王国が誇る天馬騎士達がそろって、かすり傷ひとつ与えることができないでいた。
天馬の高速起動と共に振るわれる槍が空気を割いて轟き、執事の真芯を捉えた――かと思った瞬間には、半身ずれて躱されている。
驚くべきは、その立ち回りが主であるトモエを庇いながら、40名の天馬騎士達を押しとどめて行われているという点だろう。
「がっ!」
「ぐあっ!」
サーベルを、こちらの攻撃を受け流すのみに用いており、手刀あるいは拳による打撃で一人、また一人と倒れていく。
彼らはトモエの命令通り一人足りとも死んでおらず、かといって気絶していないものも居ない。
軽いとはいえ鎧を着込んだ騎士たちを、わざわざその鎧の上から打撃して一撃のもとに叩き伏せるという、あり得ざる戦闘経過だった。
「くっ、馬鹿な……それだけ力を一体何に用いる気だ、村人の言うとおり侵略か!」
「ただ、トモエ様の御為に」
短く答えて、気絶者を増やしていく。
戦う力のなさそうなトモエを打ち倒せば終わるかとおもいきや、そもそも攻撃範囲に入らない。
幾人かが腰元に付けた〈投げ槍〉を試したが、全てやや奇妙な刀身のサーベルによって空中で弾き返された。
「あ、あああり得ない……なんなんだこいつはあ!?」
団員の内何人かは、明確な恐怖の表情を浮かべて叫んでいた。
……確かに。恐ろしい、なんと恐ろしい男か。
イザベルは改めて目の前の男の脅威を認め、全力を出し尽くす決意を固めた。
「――〈天馬光翼斬〉」
ペガサスの翼に魔力を流し込ませ、光の刃と成して敵を討つその天馬騎士の奥義は、〈高速練技〉によって瞬間的に放たれ、〈天馬騎士の熟練〉によって威力は増大する。さらに装備している〈グリッサの槍〉の魔力によって獲得した〈一呼吸二回行動〉スキルも起動、イザベルは追加の奥義を放つ。
「〈天馬縦横走破〉!」
広範囲に渡り敵を薙ぎ払う奥義を二つ同時に放つ。その両方に複数のスキルによる強化と反動軽減を加える――これがイザベルの最大最強の攻撃だった。
これで倒せねば――否、迷うな。必ず倒せる。
この攻撃を受けて生きていた者は居ない。
王国領への侵略を明確に口にしたトモエ達は国賊だ。一片の容赦も必要ないだろう。
天馬が放つケタ違いの魔力と光、そして熱量によって見ていた村人たちの目は潰れ、騎士たちも目を開けていられない。
余波でそれほどの威力を誇るその攻撃が炸裂した時、トモエとアヤトの肉体は四分五裂するだろう――そう、騎士団の誰もが確信していた。
「ちぃっ!」
舌打ちとともにトモエを庇おうと立ちはだかった執事を眼前に、イザベルもまた、勝利を手にしたと確信した。
サーベルを前に構えたその姿に、一切の有効な防御手段は見えなかったからだ。
激突。そして炸裂した眩い光が今度こそ、その場に居た全員の目をつぶらせた。
やった、さすがは団長だ――団員達の胸に湧いた勝利へのその確信は、ひどく現実味のない光景によって粉々に打ち砕かれる事になった。
「……一瞬焦ったが、損をしたな」
どこか呆気にとられたような顔で執事は立っており、イザベルはその肉体に突き刺さらないランスを凝視していた。
そこで、イザベルの最大の攻撃は止まっていたのだ。傷一つたりとも執事に与えること無く。
「国家最強クラスの人間でも、40レベル以下だとは思わなかった」
無論、執事の背後に立っているトモエも無傷。天馬騎士団の――否、カノッサ王国において最大最強と言って良い攻撃がそんな結果に終わろうとは、彼らの内の誰一人として夢想だにしていなかった。
「あ、あり得ない……何故無傷なのだ!」
そう、一体いかなる道理で無傷なのか? こんな結果を説明できるいかなる知識もイザベル達は持ち合わせていなかった。
「私は〈物理無効〉というスキルを持っている。これは常時効果で40レベル以下の攻撃ならば無力化出来るんだが……本来はそれ以上のレベルに対する物理耐性として働く効果がメインなんだ」
何を、言っているのか。イザベルには理解できなかった。
40レベル以下? それはつまり人類全ての攻撃を無効化するという意味ではないか。
レベルには、人間が到達可能な限界というものが存在する。
イザベルはその限界とされている40レベルにある。言うまでもなく人類最高峰の実力者だ。
だが、それが取るに足らないレベルであると、この執事はそう言っているのか?
ではその執事は――
「一体、貴様のレベルはいくつなんだ……?」
槍を突き刺そうと未だに力を込めるイザベルの背後から、副長が問うていた。
それ以上、打ちかかろうという者は居なかった。驚愕と畏怖が彼らの肉体を縛っていた。
「99だが」
その冗談に笑うものは一人も居なかった。
99レベル――神話伝説にのみその存在が語られる、神や大英雄が、その人ならざる高みに達していたと言われているが、所詮はおとぎ話の領域だ。現実にそんな存在が居るわけがない。ましてやただの人間の中には。
だが、その冗談に真実めいた説得力を持たせていたのは、イザベルの最大最強の攻撃の結果だった。
だから笑えない。笑えるわけがない。事実上、自分たちでは傷ひとつ付けられない男が、王国の侵略者として立ちはだかっているなどとは、まったくもって笑えない事態である。
「さて、続けますか? 大人しくお帰りになるなら止めませんけれど」
たおやかに微笑みながら、トモエが通告する。
どう答えたものか、イザベルは迷った。しかし最初から答はひとつだ。
「侵略を許すわけにはいかん……この村は守る!」
「そう、それは残念……アヤト、片付けてあげなさい」
「御意に、お嬢様」
一人、また一人と打ち倒されていく。
それでも懸命に、襲い来る暴風雨の如き男に対して天馬騎士団は抗った。
「幕だ」
最後に残ったイザベルは、胴を雷の如き拳の一撃で打ち抜かれ、食いしばる歯の力も抜ける。
そうして、彼女も部下たちと同じように意識を手放した。




