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夢の中での葛藤(side.アケヒ)

本編16話~21話あたりのお話。R15。

ずいぶん前にツイッターで「#RTされた数だけキスシーン書く」というタグでリクエストされたものです。



 様々な色のもやが、風もないのにゆったりと流れていく。

 あえて、これは夢だ、とわかりやすいように作った空間だ。

 アケヒの腕に抱かれまどろむルミは、とてもしあわせそうな顔をしている。

 夢の中でしか見られない表情に、胸がしめつけられる。


「アケヒ……」


 吸血鬼らしくない、くすんだ青い瞳がアケヒを見上げてくる。

 何を望んでいるのか、言葉でなく告げてくるその瞳に、アケヒは自然と微笑んでいた。

 夢の中の彼女は、現実とは比べものにならないほど素直だ。

 夢だから、感情も欲求も抑えることなくすべて外に出しているのだろう。

 アケヒも人のことは言えない。自分がどんな顔をしているのか、だいたいは自覚している。

 きっと、現実では考えられないような、甘ったるい笑みを浮かべている。


「キスしてほしいのか?」


 わかっていながらもそう聞くと、ルミは眉をひそめた。

 怒っているのではなく困っている……否、単に照れているのだと、赤らんだ頬が教えてくれる。


「……意地悪」

「そうだな」


 ちゅ、となだめるように音を立てて額にキスを落とす。

 眉間、頬、まぶた、鼻先。いたるところに。

 くすぐったそうに肩をすくめるルミの頬を両手で包んで、唇にも。

 触れるだけのキスから始まり、だんだんと深めていく。

 やわらかな唇を舌でなぞり、わずかに開かれたすき間から侵入する。

 まだ動きのぎこちない舌を捕まえ、絡ませる。

 己の口内に誘い込めば、ルミは恥じらいに身を硬くした。

 お互いに、とっくに消えてなくなっている理性と、それでもかすかに残る自制心と。

 いっそのこと、何もわからなくなるほどに求め合えればいいのに。


「……っは、ぁ……」


 吐息と共にこぼされる悩ましげな甘い声。

 それをもっと聞きたくて、さらに口づけを深くしていく。

 薄目を開くと、熱にとろけた灰青色の瞳と出会う。

 目を合わせたまま舌の裏をくすぐるように舐めると、こらえられないと言うようにキュッと目をつぶった。

 肩を抱いていた手を背中にすべらせ、背骨のくぼみをすっとなぞる。

 身体を震わせたのは驚いたからではないだろう。

 夢の中だから現実よりは多少鈍いが、五感はある。もちろん、快感だって。


 ルミの着ているTシャツの襟を引っ張り、肩を露出させる。

 前開きの服なら脱がせやすいのに、などといかがわしいことを考えつつも、夢を操作して服装を変えることはしない。

 簡単に脱がすことのできる服では、アケヒのなけなしの自制心も言うことを聞かなくなりそうで怖い。

 かたくなに下半身へは手を伸ばさないのもそれが理由だ。

 夢だからといって、いや、夢だからこそ。

 こんなところで最後までしてしまうわけにはいかない。


 肌を指の腹でなでさすりながら、唇で首筋をたどっていく。

 白い肩に思いきりかぶりつきたい欲求を抑え、赤い花をいくつも散らしていく。

 この痕は、ルミにこれが夢なのだと印象づけるためのものだ。

 夢の中でつけた鬱血痕は、当然現実には残らない。

 今はまだ、アケヒが夢を操作していることに気づかれるわけにはいかないから。

 単なる夢だ、と思い込ませるために必要な行為。

 それすらも口実で、本当はただ触れたいだけなのかもしれないが。


 もっと触れたい。

 すべて暴いてしまいたい。

 どうせ、これは夢だ。何をしたってかまわないだろう。

 心の奥から聞こえるささやきを無視するのは相当の労力を要する。

 これは夢。そんなことはわかっている。

 だからこそ、理性が利かなくて困っているのに。


 最初は、こんなふうに触れるつもりなんてなかった。

 今さらそんなことを言ったところで、言い訳にしかならないが。

 淫魔にとっての楽園でもある夢の中で、愛しい少女を目の前にして、何もするなというほうが無理な話だった。

 《運命》の破壊力は抜群だ。

 半年以上も一緒に暮らしていて、充分に理解していたはずなのに、それでもまだ甘かったのだと思い知らされた。

 夢の中では、誰もがありのままの自分になってしまう。

 普段は隠している想いも、普段は抑制されている欲求も、簡単にこぼれ出てきてしまう。

 最後の一線を越えずにすんでいるのが不思議なくらいだ。


「アケヒ、好きだよ」


 こちらの我慢なんて知りもせず、ルミはアケヒをあおる。

 夢の中のルミは、腹の立つほどに素直で従順だ。

 現実では一度も言ったことのない愛の言葉を口にし、アケヒの暴走に怒ることなく受け入れてしまう。

 これが夢だと信じきっているから。ただそれだけ。

 そうわかっていても、頼むから少しくらい嫌がるそぶりを見せてくれ、と思ってしまう。

 ルミが拒絶してくれれば、アケヒだって無理強いはできないのに。

 働かない理性を棚に上げて、責任転嫁したくなる。


「大好き……」


 熟した果実のようにおいしそうな唇から、甘く染み入る声がこぼされる。

 もう、黙ってくれ。

 これ以上、追い詰めないでくれ。

 そう言うことはできないから。



 愛をささやくその口を、キスで塞いだ。







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