うちの魔王の重い純愛が裏目に出た3
開店前の装飾品店に行くと、おじさんに「熱でもあるのか? 顔が赤いけど」と心配されてしまった。
「風邪は引いてません」
そう答えて曖昧に笑った。
護石を渡して硬貨を受け取り、店を出る。
「まだ顔が赤いのか」
手のひらで頬を包むと、熱を持っていた。
ユーリには早く帰ってきて欲しいと言われたが、まだ帰る気にはなれない。家を出る前のことを思い出して、また体が熱くなった。
「ユーリとのこと、どうしたらいいんだろう」
誰かに相談できないか、と腕を組んで頭に思い浮かんだのは三人。ミリウス、ルシアン、ヴェルナーだ。
ミリウスはユーリに余計なことしか教えなかったから候補から外す。
ヴェルナーは魔王城で俺の部屋を作っていたことを考えると、伴侶になれとしか言われなさそうだから、こちらも候補から外した。
ミリウスに流されることはあるけれど、ユーリの前ではやめろと抵抗していた、ルシアンに相談することに決める。
今は朝の9時。ルシアンは仕事で城にいるころだ。
「相談に乗ってもらう約束だけでもできないかな」
淡い期待を込めて城に向かって歩くが、衛兵にルシアンを呼び出して欲しいと伝えるのは躊躇われる。
悩みながらも足を進め、城の前に着いた。
都合よくルシアンが外にいるわけないよな、と諦めて帰ろうとした時、慌ただしく騎士たちが走ってきた。
なにか事件でもあったのだろうか。邪魔にならないように端に寄ると、俺が騎士たちに取り囲まれる。騎士が壁となって、俺を内側に閉じ込めた。全員がすぐに抜剣できるように、剣の柄を握っている。
俺は目を白黒させて、キョロキョロと辺りに視線を動かすことしかできない。
俺を取り囲む騎士の一人が、一歩前に出て距離を詰めた。
「フレッド・ビアス、国家反逆罪でお前を拘束する!」
俺は声も出ないほど驚いて固まる。
国家反逆罪?
呆然としている俺を数人の騎士が取り押さえ、手を後ろに回されて拘束された。
そこで俺はようやく口がきけるようになった。
「待ってください。なにかの間違いです」
俺の声など聞こえていないようだ。「連れて行け」と騎士はひどく冷たい口調だった。
騎士に遠慮のない力で引っ張られ、よろけながらも歩いた。
窓のない地下牢は、湿り気を含んだカビの匂いが充満していた。唯一の明かりは、通路に置かれたランプだけだ。
背中を押されて牢の中に倒れ込む。ガシャンと無機質な音と共に施錠された。
起きあがろうにも、手が使えなくてなかなか上手くいかない。冷たい石畳が、体温を奪っていく。
「俺は国家反逆罪なんて犯していません」
見張りの騎士に訴えかけても、彼は俺にずっと背を向けたままそこに立っているだけだ。
しばらくすると、コツコツと靴音を鳴らしながら誰かが地下に降りてきた。騎士はそちらに目を向けると「隊長、ご苦労様です」と敬礼をした。
ルシアンが来てくれたのか、と期待したが、全く知らない厳格そうな男が現れた。俺はこっそりと息をついた。
「フレッド・ビアス。寝転がりながら話を聞こうとは、良い御身分だな」
好きで寝転んでいるわけではない。騎士に突き飛ばされて、仕方なくだ。
俺はうつ伏せになって膝を曲げると、背筋を使って体を起こした。慌てて立ち上がり、鉄格子に触れるほど近付く。
「お願いします。ルシアンを呼んでください」
隊長は眉をピクリと動かした。
「やはり共犯か……」
隊長が漏らした言葉に眉を顰める。
共犯? 俺とルシアンが?
隊長は咳払いをすると、こちらに手のひらを見せた。俺の作った護石が握られている。
「これは王都の装飾品店に売っている護石だ。作ったのはお前で相違ないか?」
「はい。間違いまりません」
俺は聞かれる意味がわからなかったけど、正直に答えた。護石と国家反逆罪になんの関係があるのだろうか。
「先日、魔族の国との国境付近で、魔王軍を見かけた。全員がこれと同じ護石を所持していた。魔族と内通して売り捌いているということで齟齬はないか?」
ユーリのパワハラ営業を通して売ったことには間違いないが、国を裏切るような腹づもりなんて、一度も持ったことはない。
「確かに俺が売りました。お願いします、ルシアンをここに呼んでください」
ルシアンなら俺のことを弁明してくれるはずだ。
「ルシアン・ハーヴァードは逃げた。行方が分からない」
俺は目を瞬かせ、口をぽかんと開く。
隊長は嘘を言っているようには見えない。しばしの沈黙の後、彼は話を続ける。
「お前を捕らえた後に、親交のあるルシアンにも話を聞こうと、ヤツの執務室に騎士を向かわせた。だが事情を説明している間に、窓から空を飛んで逃げた。うちにはルシアンに追いつけるような者はいなくて、見失った」
「……なんでルシアンが逃げるんですか?」
「お前と一緒になって、国を裏切った以外にあるか? 今は行きそうな場所をしらみつぶしに探している。お前に心当たりはあるか?」
ミリウスのことが頭に浮かぶが、それは騎士団だって真っ先に思い浮かべただろう。二人が深い中だということは、王都中の人が知っているのだろうから。
張り詰めた空気を割るように、再び靴音が響いた。
若い騎士が隊長に耳打ちをすると、すぐに戻っていく。
「ルシアンはミリウス・オルコットを連れ出したようだ。教会の子供たちがそう証言している」
ルシアンとミリウスは一緒にいる。その後はどこに向かうだろうか。
頭を捻っている途中で、隊長が静かに口を開く。
「お前は鳥を飼っているか?」
「あっ、はい。鶏を一羽飼っています」
急に話が飛んで、戸惑いながらも答えた。
「お前の家に隠れている可能性を考えて、捜索に向かわせた。誰もいなかった。だが、間違いなくお前の家に寄った」
「なぜわかるんですか?」
「鶏小屋には真新しい餌や水があった。中も綺麗に清掃してある。にも関わらず、いるはずの鶏がいなかった。自分で逃げ出したのではない。施錠がしてあるのだから。誰かが連れ出した。ルシアンたちが非常食として持っていったのではないか? となると、もう王都を出ているかもしれない」
……いや、違う。ルシアンは逃げたんじゃない。ユーリを連れ出してくれたんだ。誰もいない理由はそれしかない。
ユーリが騎士団に見つからなくて、安堵の息を吐く。
「お前は処遇が決まるまで、ここでおとなしくしていろ」
隊長の靴音が遠ざかり、見張りの騎士だけが残された。
俺はその場に座り込み、瞼を下ろして俯く。
ユーリはきっとルシアンとミリウスと一緒にいる。無事であって欲しいと願うしかできない。
早く帰るという約束が守れなかった。




