第三十七章 初めての恐れ
処断は、進んだ。
速度は保たれ、
統一は維持され、
外は沈黙した。
沈黙は、承認だ。
だが、ある夜、直弼は目を閉じられなかった。
理由は明確ではない。
疲労ではない。
後悔でもない。
昼の議で、
一つの文が机を通った。
内容は軽い。
危険とも言えぬ。
だが、「整理」の枠に入る。
直弼は、ためらわずに裁いた。
それが、怖かった。
かつては、線を引くとき、
必ず一瞬の逡巡があった。
いまはない。
刃が、迷わない。
迷わないことは、
強さではないかもしれない。
直弼は、庭に出る。
夜は冷たい。
踏みしめる足音が、はっきり響く。
恐れているのは、
外ではない。
内でもない。
自分の変化だ。
広げたのは、自分だ。
主導を握るために。
だが、主導とは、
止める者がいなくなることでもある。
迅速派は、支持する。
議重派は、沈黙する。
反対はない。
反対がないことが、
初めて重く感じられる。
象徴は、
誰かに止められることで、
均衡を保つ。
いま、止める声はない。
川路は沈黙している。
批判もしない。
賞賛もしない。
その沈黙は、理解だ。
理解されていることも、
恐れになる。
直弼は、初めて思う。
――止まれぬのではないか。
外が求める前に、
内が揺れる前に、
自ら広げた。
だが、
広げることが目的になっていないか。
秩序を守るため。
そう言い続けている。
だが秩序は、
刃を持つことでしか守れないのか。
恐れは、
答えを求めない。
ただ、
自分の歩幅を疑わせる。
夜風が枝を揺らす。
直弼は立つ。
刃はまだ手にある。
だが、
初めて、その重さを
純粋に感じた。
朱は、鮮やかだ。
だが、
その色は、血にも似ている。
直弼は、目を閉じる。
恐れは消えない。
だが、
まだ止まらない。




