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86.フェアと神の試練

今回の試練はちょっとホラーテイストなんで、苦手な方は読み飛ばしても大丈夫です

 リシュの店はどちらも今日も大繁盛で、日本食が人権を得て来ている。このまま日本食コーナーも作ってみたらどうだろうかと案が出る。出来ればスプーンやフォークで食べられるように、魚はフライか骨を抜いた物を焼くか、いっそ鰯のつみれのように骨を潰してしまうか。学校の弁当には(いわし)を煮たものなども出てきたが、骨ごと食べるのに慣れないシュネーやマルクス君には戸惑った顔をされたので一旦案を降ろしている。水と紅茶とコーラ以外に、緑茶が増えた。


 心配していた日本食用食材もきちんと出雲と取引して、高くならないように原価+関税+ほんのちょびっとの手間賃だけで売っているので、お客も買いやすいようだ。それぞれ昆布や鰹節や煮干には出汁の取り方のメモが付けられているし、米の炊き方もメモに書いてある。家で親子丼食べたんだ!という声も学校で聞いた。


 出店の串焼きにも、タレが増えて美味しくなった。全てリシュ様のお陰である。

 出雲食フェア、という企画でお萩などのデザートも込みでやりたい、と言うので私はカツ丼に1票入れておいた。勝負の前に食べると縁起が良いという文言付きでお願いします。


 なので、最近のお弁当は試作品が一杯である。


「あー…美味い…とり天もアリかもな~」


「でもとり天1品だけって出し辛いのよ~。揚げ出し茄子とか焼いた厚揚げとかとセットならいけるかな~」


「そのセット、普通に食いたいわ」


「後は中華をどの括りに入れるのか、なのよね~。こっちには中国っぽい国も中華料理もないでしょう~?」


「炒飯は正義です」


「私は天津飯の方が好きー!でも中華と言えばやっぱりラーメンかな?」


「ラーメンもおうどんも、こちらの人には食べ辛いじゃない?パスタでもう困ってる人が居るくらいなのに」


「でもうどんもラーメンも出して欲しい…ので、箸が使える人限定の裏メニューにするのはどうだろうか?」


「エビチリなんかはもう最初からエビの皮を剥いちゃえばいいんだけどねえ~エビマヨもいいね~」


「裏メニューって(ツウ)ってカンジがちょっと自尊心を(くすぐ)る響きじゃない?わたしはいいと思う」


「このハッポウサイ?って言うの物凄く美味しいんだけど…」


「その八宝菜を(あん)に、ご飯と合わせて中華丼、揚げた固い細麺と合わせてかた焼きそば、ってメニューもあるぞ。でもかた焼きそばは箸使えないと厳しいと思う」


「ねえ寿司とお刺身は?」


「ここら海辺じゃないから新鮮な魚介は無理だと思う~。一回獲って来れたとしても、それが継続になるとしんどいとおもうよ~」


「何気に日本食も中華も、麺が多いのが悩みどころよね。全部裏メニューって訳に行かないし。裏メニューはきつねうどんとチャーシュー麺でいいと思う」


「えっきつね?私は掻き揚げ乗ってるのが好き」


「掻き揚げも悪くないけど、ちゃんとうどんを味わって欲しいからきつねがいい!」


「あー、そっか、うどんもリシュが仕込むなら味わって欲しいなあ…掻き揚げは存在感ありすぎるか…」


「出雲と中華、一緒くたでいいと思う。どうせこっちの国じゃ馴染みのない味だし。なんて名前にするかは難しいけど」


「出雲中華フェア?」

「中華出雲フェア?」

「いっそ故郷の味めぐりとか?」


「故郷何処なんだよって話になったら面倒じゃない?」


「それなー…」


「あ。そういえばカレーに必要な香草(スパイス)揃ったよ」


「まじですかリシュ神様!!カレーライス食べたいです!!お願いします!!カツカレーがいいです!」

「私もカレー食べたい!」

「明日のお昼に皆で食べて意見聞くことにするよ。で、これも日本食って言っていいのかな…」

「誰もインドが解らないんだから日本食でOK」


「あ。そういやなんでオムライスないの?」


「店でやるなら半熟卵の方でやりたいんだけど、クリーン使ってアルコールで拭いたりしてもどうにも不安で…シーザーサラダも目一杯気をつけて出してるよ~。マリー、毎朝卵浄化してくれる?」


「いいぞ。卵掛けご飯の出番だな?」


「マヨネーズも安心して常備できるよ~ありがとう~。マリーに浄化されたり、聖水が入ってると、凄く安全で長持ちするみたいなの~」


 流石にマヨチュッチュするほどではないが、マヨネーズは好物だ。普通に嬉しい。


「麻婆豆腐とかいいなあ…」


「もう~!そういうのばっかり増やしすぎたらもう洋食店じゃないからね!ファミレスでもちょっとキツイからね!」


「で、出雲・中華フェアでいいの?中華って何か突っ込まれたらどうする?」


「オリジナルです!で通しちゃえ」


「あー、一番角が立たないか。そういう方が」


 メニューの案は沢山出たし、後はどれを選んでフェアとしてメニューに組み込むかはリシュ様の胸先三寸である。


 私は早朝、卵の浄化をする仕事が増えた。

 浄化するだけで半熟卵とか温泉卵とか卵掛けご飯が食べられるならやりますとも!

 全部の休み時間を使って色々話し合った結果、リシュ様の中で輝いた案はどれなんだろうか。わくわくである。


 あー、餃子と春巻きを言い忘れた~!これは痛い…。まあ家帰ったらリシュに言ってみよう。


 前回、人の話を聞かずに私を猿人扱いしたお姉さんからこっち、天秤教からは音沙汰がない。なくていいんだけど。


でも溜め込んでどばっと変な人を量産して送って来られるよりは、1人づつの方が気が楽だと思う。



 その頃の天秤教は、サヘラントロプス・チャデンシスという猿人を探してあちこちうろついていた。




「ただいまー」


 帰宅と同時に白い部屋に連れ込まれる。


『これより先、世界には敵しか居ない。48時間生き抜け』


 ざあっと白い部屋が解放されたように元の世界に良く似た風景が広がる。裏路地みたいな場所で、人の気配はない。


そこへ、腰の曲がったお婆さんが通りかかった。


「あ、すいません、此処は何処ですk…」


 老婆はかたかたとぎこちない動きでこちらへ振り返る。


「お…おお…おね…お姉さん」


 にちゃあ、と背筋が粟立つような笑みを浮かべた瞬間、凄い勢いで頭部が伸びて私を頭から食おうとした。すれすれで避けてしまった所為で腕を持っていかれる。老婆はそれを美味そうにくちゃくちゃと食べている。


 ヤバい。私あんまりホラーに強くないんだ。こういうの心臓に悪い…!

 そっとグレーターヒールで腕を生やし、踵を返して逃げ出す。道が解らない。せめて空からマップを確認したいが、ヒール系以外の魔法が使えない。


 誰かに道を聞きたいが、それ以前に自分は何処に行きたいんだろうか。そこが解らない。アイテムボックスに非常食は常に入れてあるが、ゆったり食べられる場所なんてあるのか…?


「痛ッ!!?」


 脚に痛みを感じて振り返ると、しゃがんだ姿勢の5歳児くらいの子供が私の脚に齧りついて肉を食べていた。


 口の周りを私の血で真っ赤に染めながら、にい、っと笑った。


 ここもダメだ。グレーターヒールを掛けて走る。

 鍵が掛かって、1人になれる場所…何処だ…レンタル倉庫かトイレくらいしか思いつかない。

 スーパーやデパートには近づきたくない。辺鄙(へんぴ)な所に何処かレンタル倉庫はないか?限られた人数づつしか入れない場所に陣取ったら、後は撫で斬りにすればなんとかならないか?


 ふと腕に時計がついているのに気付く。残り46時間35分。このカウンターが0になったら解放されるのだろう。


 音が近い。バイクの駆動音だ。真っ直ぐに私に向かって走ってきたバイクを、瞬歩で避けて横様(よこざま)に思い切り蹴り倒した。運転手はボロボロの体で立ち上がり、ゆらゆらとこちらに迫ってくる。


「…にくぅ…に、ににく…」


 殺した場合どうなるのか。試していなかった。一区画に陣取って全滅させて行けば持つかも知れない。


頭落(かぶりお)とし!」


 ぼたりと青年の頭が落ちる。落ちたその頭から凄い音量の声が上がった。


「ォオギャアアアアアアアアアアア!!!」


 こいつ…仲間を呼んでる!?ダメだ、殺すとどんどん集まってくるだけだ。

 私はその場から逃げ出した。


「黒曜ぅ…」


 この試練、私は駄目かも知れない。怖い。

 危険だから怖いんじゃなく、生理的に怖い。


 怖さで脚が(すく)む。嫌だ、追いつかれたくない。正面から来た主婦を瞬歩で避けて通る。走って追いかけては来るのだが、ここの住人はあまり脚が早くないようだ。胸ポケットから増血剤と特製スタミナポーションを出して(あお)る。


 段々と陽が暮れて来る。今は周囲に人影はない。そっと山裾(やますそ)に隠れようとすると、脚に痛みが走る。

 元凶を()ぎ離して投げると、どうやら兎のようだ。齧りとった肉をくちゃくちゃと食べている。


「グレーターヒール…」


 兎が駄目なら森は敵の塊みたいなものだ。リスやイノシシやシカやクマなんかが(たか)って来れば最悪だ。そっと山裾を後にする。誰も居ない田舎道を暗闇の中で歩いていると、たったっというランニングの音が聞こえる。私は道から外れ、畑の方へ逃げる。ランニングの主は私の居た辺りで動きを止め、ぐるぐると周りを見渡しているようだ。そう、暗闇なのだ。私にもランニングの主の姿は見えない。あちらにも見えない筈だ。早く通り過ぎてくれ!


「みつけた」


 急に背後の間近から声が響き、身を捩った所為で首筋の肉を持っていかれる。


「ぅああああ!!」


 殺しはしないが、鳩尾にきついのを入れてやって気絶させる――いや、気絶していない。首筋から齧りとった肉の咀嚼音(そしゃくおん)が聞こえる。


「ぐ…グレーターヒール…っ」


 なるべく音を立てないよう、道に戻って必死に走る。嫌だ、嫌だ、嫌だ、怖い、怖い、怖い…!黒曜!なあ黒曜!!傍に居てくれよ黒曜――!


 結局常に移動して居る方が、遭遇時にも対処しやすく、逃げやすいという事が解った。

 朝日が見える。暗闇から出て来るんじゃないかと怯えなくて済む。ぼろっと涙が零れた。夜はもう一度来るんだ。これで終わりじゃない。絶望が胸を(ふさ)ぐが、夜間は歩きで足音に注意していればなんとかなる、と自分を励ます。


 早起きの人の良さそうな顔をした農家のおじさんが作業している。気付かれないようにそっと走り抜ける。


 ぐるんとおじさんの顔が180度回って此方を見る。


「に…にく」


 そのまま走って追って来るが、此方の方が足が速い。途中で振り切った。

 鉄の箱に入りたい。鉄の箱に入って膝に顔を埋めていたい。鍵は黒曜しか持って居ない方が良い。

 涙と共に本音が溢れる。


 口には出さない。出したら全て諦めてこいつらの餌になってしまうだろうから。生きながらに体中の肉を食われるなんて地獄でしかない。


 48時間マラソンなんて聞いた事もないが、今の私のスタミナならばなんとかなる。ずっと走っていれば、なんとかなる…!走っていると、道の先に数人の人が居る。これは避けられない。道を変えるか――林業従事者であるらしい青年達がぐるりと此方を見た。私は畑を踏み荒らしながら脇へ逃げる。畑を抜けた逆側にも道がある。ほっとして先を見ると市街地だ。入りたくない。市街地方向から踵を返し、追って来ていた林業の青年を全員投げ飛ばす。少し肩の肉を持っていかれたが、それで済んだ。グレーターヒールを掛ける。ループするようで嫌ではあったが、辺鄙(へんぴ)な場所のままでないと一気に人口が増えてしまう可能性が高い。人が居たとしても(まば)らな此方(こちら)の方が生存確率は高いだろう。


 走りながらスポーツドリンクを飲む。棒飴も齧る。それだけで生き返ったような心地だった。

 時計を見る。あと25時間。先ほどは通らなかった道の為、気付かなかったが、(ひな)びた駄菓子屋があった。


 子供が数人たむろしている。大人よりは避けやすい筈だ。ここらにはわき道がないのだ。一気に瞬歩で子供の居る辺りを通り過ぎる。が、足元を見てぎょっとする。

 2人の子供が両足に1人づつしがみ付いている。にやぁとその口が笑った瞬間、私はどちらの子供にも全力で顔面に掌底を入れる。


「にぐにぐにぐにぐ!!!!」

「にくくくく…ににく!!」


 飛ばされた子供はまるでダメージを受けた様子もなく、此方へ走り寄ってくる。慌てて私は其処から逃げる。民家なんか見たくない、道だけ続いていればいいのに!そんな願いも虚しく、ぽつ…ぽつ…と山に埋もれるようにして民家が点在する。その前の道を通ると、当然のようにその家の一家が追いかけてくる。追われては振り切って、を繰り返すと段々陽が暮れて来る。また、夜がやってくる。車道もないような田舎道だ。そっと足音を忍ばせながら早足で歩く。


 擦れ違う方向に、たす、たす、と足音がする。瞬歩で其処を避けるように通り過ぎる――重い。何かが背に乗っている。慌てて背に居る者の襟首を掴んで投げ飛ばす。背中の肉をいくらか持っていかれた。グレーターヒールを掛けながら、走り去る。明らかに私の頭を狙っていた。ぞっとする。振り切った後も怖くて歩いていられない。振り切れる速度でずっと走り続ける。朝日が差し込んでくる頃には人の気配はなかった。道の先は――


「行き…止まり…?」


 崖にぶち当たった道は、其処で途切れていた。後ろからはこれまで避けてきた人が追ってきているのが解る。足音が近くなる。時間がない。私は崖から跳んだ。今の身体能力なら、このくらいの高さは大丈夫な筈だ…!


 バシャァン!と音を立てて着陸した先は川だった。川の中に居ると機動力が出せない。登れる場所を見つけて川から上がる。釣りの道具を持った少年と鉢合わせる。考える前に手が動いた。襟首を掴んで投げ飛ばし、走る。ガードレールはあるものの、車が走っているとは思えない道を走る。市街地じゃない。良かった。


 あと、5時間。大丈夫、走れる。首輪のついていない犬が追いかけてくる。思い切り蹴って明後日の方向へ飛ばす。


 道がまた人で塞がれている。良く見ると全員が私の肉を食った人達だった。何も考えず、畑を踏み荒らして別の道を探す。何故か警官も一緒だったが、嫌な予感しかしない。必死で逃げるが、警官は結構足が速い。ありったけの力を脚に込めて逃げ惑う。ガラクタで(ふさ)がれた道に入り込んでしまい、警官とさっきの人達が迫ってくる。これ以上下がれない。


「君、そんなおお美味しそうなに、にくが。駄目じゃないか、逃げちゃ…」


 警官の顔が私の頭上へとやってくる。そう、この人たちは最初からずっと頭を狙っていた。


 ぎゅうっと目を瞑ると、さっと辺りが明るくなった。白い部屋だ。私は失敗したのか成功したのかも解らずに女神を探してきょろきょろする。


『ギリギリじゃったが、48時間、逃げ切れたな。おめでとうマリー』

「ひっ…」


 人影が怖い。黒曜、黒曜が居れば。


『ちと後遺症があるようじゃな…まあ恋人に癒して貰うと良い』


 ふわっとした感覚と自宅の前、という事が解った。隣に居るのは黒曜だ。


「黒曜!黒曜!!黒曜~~~~~ッ」


 泣きながらしがみ付く。すると、黒曜は不思議そうな顔をした。




「おねえちゃんだあれ?」

神の試練が2人の精神を壊しに掛かってきましたね。がんばれ2人とも!

読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!

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