85.ゴリラじゃなかった。猿人だった。
一番古い猿人の名前が、オランウータンなどから1つ進化した、サヘラントロプス・チャデンシス、との事です
その日学園から戻ると、門扉の所で暴れている綺麗なお姉さんが居た。
「…誰だあれ」
「マリーも知らなかったのか…。ずっとゴリラを出せって叫んでるんだが意味が解らなくて困っておったんだ」
「ゴリラ…?」
何故か全員の目が私に向けられる。
「ちょ……皆私の事ゴリラだと思ってたのか!?」
「いや、そうじゃなくて、以前来た偽シスターが言っておったから、そちらの関係者じゃないか?と思ってな」
ああ~居ました。居ましたね、そんな敵。殺したくなかったけど、鑑定されてたから見逃す訳に行かなかった奴。
耳を澄ますと、結界越しに聞こえる。
「私の可愛い妹、メルティちゃんを殺した躾のなってないゴリラを早く出しなさい!全く、ゴリラを聖女に選ぶなんて、これだから女神教は!!!く…ゴリラの張った結界の癖になんて硬いの…」
ゴリラ連呼すんな!仕方がない。私が出て行くしかないだろう。黒曜は勝手に付いて来る。
すっと門扉までの距離を瞬歩で駆け抜け、結界を叩く手を取って投げ飛ばす。
「誰がゴリラだ、このクソ天秤教」
投げ飛ばされた衝撃から暫く痛みで立ち上がれなかった女が言う。
「進化…?メルティちゃんが嘘を言う訳ないわ…貴女ゴリラから進化しましたのね!?」
天秤教はこんなんばっかりなのか?
「ゴリラからこんな一足飛びに人間に進化するヤツが居たら動物園も大混乱するわ!」
「どう…ぶつ、えん?」
「そこはもうどうでもいいんだよ!!アンタの言うメルティちゃんとやらをヤったのは私だ。何か言いたいこととかやりたい事があって来たんだろう。目的を言えよ」
「ハッ…んんっ」
咳払いをすると、女は立ち上がり、胸を張ってポーズを決める。胸でけえな。羨ましい。
「メルティちゃんの敵を取りに来たに決まっているでしょう!!そこの元ゴリラ!私と戦いなさい!」
「ゴリラじゃなくてマリーと呼んだら戦ってやってもいい」
「貴女、ゴリラだった癖にやたら可愛い名前を付けて貰ったのね…きっと可愛がられてたのね」
「だからゴリラから進化するならサヘラントロプス・チャデンシスあたりだろう!?」
「あら。そんな人類も居たのね。サヘラン、私と戦いなさい!」
「誰がサヘランだ!!」
ダメだ話が通じない。
「バインド」
「っぐむううううう」
口周りを中心に、バインドを掛ける。
「ホーリーケージ」
「アポカリプス」
あまり情報を持って帰られると困る。さくっと倒した。と、思いきや、残りの体が蝙蝠になる。吸血鬼・真祖だ。
「ホーリージャッジメント!」
3分の2ほどは削っただろうか。元の人間の体に戻った時には幼女になっていた。
「崩壊の雨」
体積が小さいので、直ぐに女の体は崩壊を始める。焦ったように蝙蝠や狼になって逃れようとするが、蝙蝠などが出た端から崩壊していく。
「…っ邪神様!!敵はゴリラではなかったですわ!サヘラントロプス・チャデンシスでしたわ…!!」
訴える口を刀で裂いて余計な事を言えなくし、九の型・無限乱刃でその体を微塵に砕いた。
「ファイアブラスト」
残った肉片も塵になるまで焼き払う。
「どれくらい情報が渡っただろうか…」
『サヘラントロプス・チャデンシスだった、という事くらいしか伝わっておらんから安心するがよい』
「猿人じゃねえか!!!!」
『お主が言ったんじゃろうが』
「言ったけどそうじゃなくて…ぅああああああああ天秤教面倒くさい!!!!」
門扉の中から様子を伺っていた家族は腹を抱えて笑っていた。許さない。
黒曜は真面目な顔で傍に居たが、何気に肩が震えている。頭にチョップをかますと、ぶふっと吹き出しながら笑った。
その頃、天秤の神は、ゴリラから進化した、と猿人の名を上げられてますます混乱していた。
黒曜が吹き出した辺りで、白い部屋に連れ込まれる。見る間に日本の我が家へと周囲が変じる。
何故か記憶が曖昧だ。午前中は会社に行かなければ、といつものスーツを取り出して着ていると、美鈴が訪れて目を丸くしていた。
「あなた~。今日はお休みでしょぉ~?」
「えっ…あ、ああ、そうだったな。ちょっと寝ぼけたようだ」
「朝ごはん出来てるから、パジャマでいいから早くね~?」
着かけたスーツを戻し、パジャマのままでダイニングへ行く。2人の娘はそれぞれおはよう、と挨拶してくれる。
私もおはよう、と返していつもの席へ腰掛ける。
美鈴がホームベーカリーで作ったパンは美味しい。バターと苺ジャムを乗せて頬張る。うん、美味しい。
ポテトとチキンとサラダもある。バランス良く食べないとな。早紀はサラダが好きじゃないようでいつも食べない。
「早紀、サラダも食べなさい」
「え――…はあい…」
しっかり者の亜紀は言われずともバランス良く食べている。早紀はしぶしぶ、といった風にサラダを齧る。
「パパ、パジャマのまま怒っても迫力ないよ?」
ぷっと亜紀が吹き出す。
いつもなら、道場に昼から待機する予定だったが、今回は家族サービスがしたくてそちらも休みにしたんだった。
「ねずみの国に行こうかと思うんだが、早紀、亜紀、予定空いてるか?」
「あたしパス~。友達と遊んでくる」
「私は行くよ!彼氏とは来週デートの約束してるんだ」
「彼氏?」
「やだパパ忘れたの?留学生のシュネー君と付き合ってるって話したじゃん」
「そうそう、今のところはね~」
早紀が茶々を入れると少しだけ亜紀の顔が強張った。
「…亜紀?」
少し沈んだ何とも言い難い表情でこちらに振り向く。
「う…ううん。ねずみの国楽しみだなー!」
良く見ると、彼氏に貰ったんだ、と嬉しそうに話していたチョーカーが早紀の首に掛かっている。
「早紀、それは亜紀のものだろう?」
「五月蝿いなあ、お姉ちゃんがくれたの!」
「…彼氏からのプレゼントを、他人にあげたのか?亜紀」
「………てない…あげてない!いつも何処かに行ったと思ったら早紀が持ってるの!!」
チッと舌打ちが聞こえる。
「早紀。謝りなさい。そしてそのチョーカーを返すんだ」
早紀は乱暴にチョーカーを毟り取るとぽいっと床に落す。
「早紀!!」
「へーへー、悪ぅございましたよ」
軽めに早紀の頬を叩く。本気を出すと歯が折れてしまう。
赤くなった頬を押さえ、涙ぐんだ早紀は、私を睨み付けると朝食の途中に走って家から飛び出した。
チョーカーは無理矢理毟り取った為、金具部分が破損していたが、これなら修理出来そうだ。
ふと亜紀の顔を見ると、ぽろっと涙が零れた。滅多に泣かないアディが……アディ?誰だ?
まりー。まりえーる。誰の事か解らない名前が幾つも脳内を交差する。
リシュ、マルクス、ソラルナ、ラライナ、リクハルト、…黒曜
黒曜?なんで隣に居ない。ずっと一緒だって言ったくせに。
「黒曜が居ない現実なんて現実じゃない。此処は嘘で出来ている!」
ガシャン!!!
ガラスの割れるような音が響き、白い部屋へ戻っていた。
『懐かしくも帰りたくもあったろうに、良く戻ってきてくれた、愛し子よ』
「懐かしいとは思うが、帰りたいとは思わないよ。黒曜がいないからな」
「カカカ!これはまた惚気られたもんじゃの。この世界を大事に思っておくれ、愛し子よ」
「思ってるよ。此処は私や黒曜が暮らす世界だからな」
『少々アチラが手間取っておる。もう認めても良いだけの攻撃を喰らいながら…はぁ。我は少しあちらで戦闘を止めて来る。また試練で逢おう』
ふっと意識が戻る。黒曜の方も戻ったようだ。舌打ちしかねない雰囲気に、どうしたのか訊いて見た。
「力を認めさせるどころか途中から殺し合いに発展してな。一度竜を殺してしまった。認める気がない相手に不毛な戦いをしてしまったぞ」
ああ、あの竜、黒曜相手でも同じだったか。反省してないな…。
「その竜なら私も殺した。同じだな」
この、虐げられた記憶くらいしか持たない男に、一体どんな幻影を見せる心算なんだろうな。
それだけが気がかりだった。
まあ、場所が変わってもファムリタさんはファムリタさんですね。今世よりマシですが
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