第一話 死神と名乗る少女
八月中旬、ある日の夜、夏休み中の優人は一人で地元のニュース番組を見ていた。
「連続通り魔の犯人像はいまだに掴めておらず、警察は夜の外出を控えるよう呼びかけています」
ニュースキャスターが六月に入ってから優人の住む田舎町、花井町と隣町、秦尾町で突如起きた連続通り魔事件を伝えていた。
死者二名、重体一名、犠牲者の全員が夜に鋭利な刃物で一刺しされるこの恐ろしい事件は、静かで平穏だった田舎町を恐怖に陥れていた。
「早く捕まればいいのにな……」
一人つぶやきながらニュースを見ていると家の外から、人の叫ぶ声が聞こえてきた。
優人の家は花井町の中でも人里離れた場所にあり、周りに他の家は無く、夜になると人通りすら無くなる所だった。
不審に思った優人は、声の主を確認しようと家の外に足を運んだ。
月明りを頼りに辺りを見渡すと、小さな人影が見えた。
その人影は漆黒のローブ姿にフードを被り、右手に長い棒のような物を持ち、左手には手鏡のような物を持っていた。
人影がゆっくりフードを下げると、素顔があらわになった。
(えっ、外国の女の子?)
それは十代前半ぐらいの少女だった。優人はさらに近づき、その姿をじっと見つめた。
端正に整った顔立ちに陶器のような白い肌、碧く澄んだ瞳に桜色の唇、そして星のように光り輝く金髪のショートヘア。月明りに照らされた少女は凛々しく、そして美しかった。
「なんだお前、なにジロジロ見てるんだ」
優人の視線を感じ取った少女は、威圧的に言い放った。
「えっ、いや、その……」
優人が言葉を詰まらせながら、少女の持つ長い棒の先に目を向けると、そこには緩やかな弧を描いた巨大な刃が付いていた。優人はそれが身の丈を越える巨大な鎌であることに気づいた。
(なに、まさかこの少女が通り魔!)
すぐ目の前に通り魔がいる。二人の命を奪った人殺しが!
言い知れぬ恐怖に優人の足はすくみ上がり、心臓は早鐘を打った。
(こんな年端もいかぬ少女が通り魔だったなんて……逃げないと殺される!)
優人はゆっくりと後ずさりしようとしたが足がもつれ、その場に尻もちをついた。
「なにやってるんだ、お前?」
少女は無表情のまま、優人に近付いて来た。
「んぎゃ、来ないで来ないで、殺さないで!」
情けない声をあげながら、優人は今にも泣きそうな顔で命乞いを始めた。
「なに言ってるんだ、お前?」
「君、通り魔でしょ、僕のことを殺すんでしょ。お願い、どんなことでもいうこと聞くから命だけは……」
怯えながら、優人はとうとう涙を流し始めた。
「こらっ、泣くな、男の子だろ。なにか勘違いしてるみたいだけど、私は通り魔じゃない、死神だ」
少女の手に握られていた大鎌の刃は不気味な光を放ち、優人を更なる恐怖と混乱に陥れた。
「死神ってなに、どういうこと? その大鎌で僕を切り裂くの? お願いどんなことでもするから命だけは、命だけは……」
優人は泣きながら、必死に命乞いを続けた。
「おい、もう一度いうぞ。私は通り魔じゃない、死神だ。だからお前を殺さない。わかったか?」
少女は優人の情けない態度に苛立ちを覚えながらも、はっきりとした口調で殺意を否定した。
「本当に僕のことを殺さない?」
「ああっ、殺さない。約束する」
「本当の本当に殺さない?」
「本当の本当に殺さないから、安心しろ」
「本当の本当の本当に殺さない?」
「本当の本当の本当にって……いい加減にしろっ!」
オウム返しのようなやり取りに怒りを爆発させた少女は、優人の足元に大鎌を振り下ろした。
「ぎゃっ!」
震えながら優人は、泣き叫ぶように悲鳴をあげた。
「泣くなっ! よし、わかった。お前、私の言うこと聞け。そうしたら殺さないでやる、わかったか?」
「はっ、はい……」
少女の剣幕に圧倒された優人は、裏返った声で言葉を返した。
「早速だが私の言うこと聞け。私、今ものすごくお腹が空いてるんだ」
少女のお腹が、グーと鳴った。
「えっ、それってまさか僕のことを……」
優人は大鍋でグツグツと煮られる、自分の姿を想像した。
「僕なんか食べても、美味しくありません」
「はぁ? なに訳のわからないこと言ってるんだ。お前なんか食べるわけないだろ。ここお前の家だろ、なにか食べさせてよ」
あきれた表情で、少女は優人の家を指さした。
「はっ……はい……」
勘違いに気づいた優人は、力なく言葉を返した後、ヨロヨロと立ち上がり、少女を自宅に招き入れた。
「今、食事の準備するから少し待ってて」
「それより人の気配がないけど、一人暮らしなのか?」
「僕は一人暮らしなんだ……」
「いいな、こんな広い家で一人暮らしなんて」
「そうでもないよ……」
優人は一瞬表情を曇らせた。
「ねえ、誰もいないなら、シャワー借りたいんだけど?」
「うん、いいよ」
優人は少女をバスルームに案内した。
「このタオル使っていいから」
「うん、わかった。覗くなよ」
「覗かないよ!」
そう言い残すと優人はキッチンに向かい、手際よく料理を作り始めた。
炊飯器から蒸気が立ちのぼるころ、湯上りの少女がTシャツとショートパンツというラフな姿で現れた。
「ああ~、いい湯だった~。ご飯まだ?」
「もう少しでできるけど……」
そう答えながら優人の眼は、ショートパンツから伸びる少女の健康的に引き締まった白い足に釘付けとなった。
「なにジロジロ見てるんだよ!」
「えっ、いやその、ごめん。もうすぐできるから、リビングで待ってて」
その場を誤魔化すように、優人は少女をキッチンから追い出した。
(子供相手になに欲情してるんだ。僕の馬鹿、僕の馬鹿!)
優人は激しく自己嫌悪しながら料理を完成させ、リビングに運んだ。
「おいしそうだな、頂きます~」
少女はテーブルに並べられた見事な出来栄えの料理を、冬眠明けの熊のようにモリモリガツガツと食べ始めた。
「美味しい~、お前料理人か?」
「いやちがうけど、料理するの得意だし好きなんだ~。そういえば自己紹介がまだだったね、僕は文月優人、花井高校の三年生で十八歳、一応受験生。君は?」
「私は、ティナ・ヒメール、死神だ。ティナって呼んでくれ」
名乗りながらもティナはペースを落とさず、もぐもぐと食べ続けた。
「じゃ、僕のことも優人って呼んでくれる?」
「わかった。優人、おわかり」
ティナは茶碗を突き出した。
「はい、お待たせ」
優人がおかわりを用意すると、ティナは笑顔で食事を再開した。
(しかしこの娘、外国人みたいだけど、こんな時間になにしてたんだろう?)
優人は自らを死神と名乗り、深夜に通り魔騒動の渦中にある田舎町を漆黒のローブ姿で徘徊するティナの行動に疑問を抱いた。
「ティナはどこから来たの、何してたの、あと歳は?」
「私は冥府から来た。今は昇進試験中だ。それとレディーに歳は聞くな、おかわり」
ティナは少し不機嫌そうに、茶碗を突き出した。
「えっ、まだ食べるの? もうないんだけど……」
「なに、無いだと! 私もの凄くお腹空いてるって言っただろ、この満たされない気持ちと、お腹をどうしてくれるんだ!」
「そんなこと言われても、もうご飯はないし、あるのは買い置きのお菓子ぐらいしか……」
優人が弱々しく言うと、ティナは力強く言葉を返した。
「食べるっ!」
ティナは用意された数種類のお菓子を、口いっぱいに頬張り幸せそうに食べた。
「ゆっくり食べてて、僕は食器を片付けてくるから」
優人はキッチンで、食器を洗い始めた。
(ティナって何者なんだろう。小っちゃい体の割によく食べるし、自分のことを死神とか言うし、コスプレイヤーかなにかかな?)
そんなことを考えながら洗い物を済ませリビングに戻ると、ティナはソファーの上で横になり、気持ち良さそうに目を閉じていた。
「寝ちゃったの?」
優人の問いかけに、ティナは小さな寝息を返した。
「しょうがない、今晩は泊めてやるか」
ティナのお腹にタオルケットをかけ、優人はリビングの灯りを落とした。
「おやすみ」
そっとつぶやいて、優人はリビングを後にし、二階の自室で床についた。




